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GOD EARTH  作者:
第一章 生
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(6)

 愕然と座り込んだ智也をしばらく見ていたマリアは、かける言葉を探すようにしばらく押し黙っていたが、しばらくすると部屋のいたるところを黙々ととあさり始めた。そんな行動が目に入っても止めることもせず、ただ目の前の床を茫然と見つめているしかできない。もともと薄かった希望が、ほとんど潰えてしまったようなものだ。


 まるで現実味がなく、どこかロールプレイングゲームの世界に似た罪人の箱庭(ゴッドアース)という世界。本来言葉が通じない人物と何の障害もなく話せ、そしてこの世界ならではのルールがあり、武器が渡され、敵がいる。集めるものを集めれば願いが叶うなど、そんなありふれた物語のような話、最初から信じていなかったのだ、本気では。説明を聞いた後も、どうせ明日にでもなれば夢オチだったと笑い話にできると楽観視していた。頭のどこかで、この状況に焦りを感じながらもどうにでもなると思っていた。

 だが事態は智也の淡い期待を簡単に打ち砕いていった。


 智也は痛々しく主張する赤い烙印へと目を向けた。一度失われると二度と取り戻すことのできない魂の欠片(チェイン)意識(コア)。それを5つも集めなければならないのだ。代替()がない分、敵が狙うのはこの意識(コア)のみ。奪われた瞬間、智也がここから出られる未来はなくなる。

 そんな細い糸をたどっていかなければならないのだ、これがもし、現実ならば。そう考えた智也はその思考を捨てなければならないと唇を噛み締めた。この家にあるもの、この家そのものは偽物のレプリカのような存在だ。だが、智也が触れた感触も、自分の心臓の音も、マリアの手のひらから伝わったぬくもりも、すべてが本物だった。それは間違いようがない現実なのだ。ここが夢の世界だなどという救いを求めてはいけないということくらい、今ならばはっきりと理解できる。


 これから智也は、地球に戻るためにこの世界のルールであるゲームに参加しなければならない。それも、本当に地球に戻れるのかという保証はないのだが。魂の欠片(チェイン)を集め、そしてそれを狙う敵と戦う。


 そもそも敵という言葉が智也にとって一番非現実的だった。

 今まで敵と呼べるものなどできたことがない。少なくとも智也自身の中では。当たり障りなく人付き合いしてきたつもりなのだ。喧嘩もなくいじめにあったこともない。むしろクラスの中では率先して動き、みんなもついてきてくれていた。智也が喧嘩やいじめの仲裁をすればみんなが「お前がいうなら」、とその場を治めようとしてくれた。智也は乱暴や暴言、争い事が大嫌いなのだ。


 だからこそ楽観視していた部分もある。こんなわけのわからない世界に連れてこられて、罪を償わなければならないことをしているわけがないと、そう思っていた。ただ、人間というものが本当は嘘つきでとても弱い生き物であることは、智也もとうに理解できている。どこかで、智也のことを殺したいほど憎んでいる人がいたのかもしれない。

 そして智也に罰を望んだ。


 自分の罪がなんであるのかを、まず見つけなければならない。それがわからなければマリアの言う罪の意識であるとされる魂の欠片(チェイン)を集めることも、集めたあとカミサマに会えたとしても許しを請うこともできない。少なくとも、まだ完全に戻れなくなったと決まったわけではないのだ。たった1%でも可能性があるのならば諦めてはいけない、と智也が昔見ていたアニメのヒーローが言っていた。

 智也は脱いでいたスウェットを再び着るとようやく立ち上がった。


「マリア」

「落ち着いた?」


 机の引き出しを開けていたマリアが顔を向ける。その問いかけに智也は小さく頷きを返した。


「まだ実感は沸かない。ただ、やれることがあるのに、それをしないで諦めるのは嫌だから」


 そう答えると、マリアは引き出しを閉じて身を起こすと腕を組んで智也を見つめた。冷めきったその視線を、智也は真剣に見つめ返す。


「そう。わたしはいろんな罪人を見てきたわ。ここに来たばかりの奴はみんなあんたと同じように自分の置かれた状況に困惑し、必死に現実から目をそらそうとしていた。その度にわたしはこの世界が現実であると突きつけてやったわ。あるものは発狂し、あるものは泣いて神に縋っていた。バカよね、神はわたしたちを最初から見てくれてなんていないのに。その中でもあんたはイレギュラーすぎるわ。それでも、ほかの奴よりは強い。わたしよりもね……」


 マリアがふっと自嘲気味の笑みを浮かべる。自分の過去でも思い出しているかのような、笑みを深めるとそのまま表情の奥へと閉じ込めてしまった。


「だいたいみんな目覚めた時にはカミサマの使いがいて、理不尽なゲームの説明を受けて、武器をもらって……自分の罪の記憶に苦しみながら、罪人の箱庭(ゴッドアース)で目覚めるのよ。そして絶望するの、続く苦しみに……」

「待って、マリア」

「なにかしら」


 口を挟んだ智也を、伏せられていたマリアの視線が捕える。


「自分の犯した罪の記憶があるの?」

「えぇ、みんな自分の罪に苦しみながらここにいる。救いを求めて、必死に魂の欠片(チェイン)を集めているわ」

「僕には、ない……」


 そう言った瞬間、マリアの眉がひくりと動いた。それがまた、智也がイレギュラーな存在なのだと明確にした。まるでゲームに紛れたバグキャラのような存在に見えてくる。なぜ智也はここに連れてこられたのだろう。と最初に抱いた疑問へと戻ってきてしまう。


「あんた、一体何なの?」


 マリアが口にした疑問は、まさしく今智也が問いたいことそのものだった。

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