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GOD EARTH  作者:
第一章 生
3/64

(2)

 出来るだけ音を立てず、それでいて目一杯早く階段を駆け上がり、寝室の前へしゃがんだ。

 耳を済ませるが物音は全くしない。また不気味な静寂に包まれてしまった。自分の気のせいだったのか、と思わず眉間に皺を寄せる。どくどくと脈打つ自分の心臓の音がやけに大きく響き、からからに乾いた喉が呼吸をするたびに張り付くように痛んだ。

 しばらく息を潜めていたが、なんの物音も気配もしない扉の向こう側に身を潜めている意味を見出せずに、ため息とともに立ち上がると寝室の扉を開けた。


 その先にあったのは何年も見てきた両親の寝室だ。この部屋にも当然両親の姿はなく、そして他の部屋と同じようにレプリカのように生活感がない。住宅展示場のモデルルームの方がまだましだろう。だが、そんなことを考えることさえも疲れた智也は黙って音を立てた物の正体がなんなのか確かめるべく、辺りを見回す。といっても、そこまで広い部屋でもないため、軽く見回せばそれで特に変わったところはないことはすぐに分かった。

 諦めて退室を決めた瞬間、派手な音を立てて窓ガラスが割れるとともに、外から何かが飛び込んできた。


「……っ!」


 飛び散るガラスにとっさに顔を庇って扉まで下がる。俯いたまま目を恐る恐る開ければ、足元にまでガラスの破片が飛んできていた。何事かとそのまま顔を上げると、侵入した何かが壁に激突して床へベタッと落ちたのがかろうじて見えた。ガラスに埋もれているその何かは、ただの黒い塊だった。微動だにもしないそのスライムのような物体を、より近くで見ようと身を乗り出す。影より濃い黒色の丸い物体は、動くことはなかったがそこに命を持つ特有の気配のようなものを感じて智也は身を屈めて手を伸ばした。

 指先が触れそうになった瞬間、背後で鳴ったガラスを踏む音に肩を跳ねさせて振り返る。2階の窓からいったいどうやって入ったのか、少女というには少し大人びている女が部屋へ何のためらいもなく入ってきた。


「バーカ、触ってどうすんの。魂の欠片(チェイン)取られたいの? それとも新人?」


 ボブヘアにまとめられた金色の髪をさらりと指先で流し、見下したような目で智也を見る。見た目ではどう見ても年下にしか見えないが、初対面でその高圧的な態度をとられても不快感はない。強気なその目が彼女らしさなのだろうが、智也自身が視線に対して困惑した表情を向けることしかできないのも要因の1つなのだろう。智也には何が起きているのか、何を言われたのか全く理解できていない。今自分のしている行動でさえ、正しいのか判断すら出来ないのだ。叱られてもある意味では仕方ないという諦めとともに、人間に出会えた安心感が前面に押し出ていた。

 ただ無遠慮に土足で踏み入る少女には、文句をつけたくは思っていた。それも随分と場違いな発言だろうが。しかしその文句も、彼女が手にしている大きな鎌を見た瞬間、喉の奥へと引っ込んでいった。


「き、み……それ」

「ん? ……ほんとに新人くんなんだ。もしかして武器も持ってない?」

「武器?」

「あなた、カミサマに何も聞いてないの?」

「カミサマ……って、あの神さ」

「……っ、どいて!」


 何を言われているのか全く理解できず、問われた言葉をそのまま返した。その言葉と重なるように、ぞわりとした悪寒が駆け抜け、鋭い少女の言葉が未だ身を屈めている智也に突き刺さった。

 あまりの剣幕に呆然と見ていると、キィイと甲高い鳴き声がした。それは鳴き声というよりは叫び声、そしてただの音のようにも聞こえる。黒板を引っ掻いた時のあの嫌な音だ。言いようのない嫌悪感と背筋を走る悪寒に、智也は思わず耳を塞いで身を守るように屈めた。耳の鼓膜を破りそうなその甲高い声に顔を歪めた瞬間、素早く反応した少女に引き剥がすように突き飛ばされていた。


 どこにそんな力があるのだろう、と思うほどにあっさりとクローゼットに叩きつけられ、噎せながらなんとか顔を上げると少女が手にしていた身の丈ほどの大鎌を振り下ろしたところだった。鈍い音がし、先ほどまで身じろぎもしなかった黒い生き物に、鎌が容赦無く突き刺さっている。黒い生き物から伸びた触覚のようなものは、一直線に少女の鎖骨へと伸び、触れる寸前でぴたりと固まっていた。

 しばらく互いに動かず睨み合っていたが、やがてキュゥ……と弱々しい声をあげて黒い生き物は塵となって消えた。


 目の前で起こっているよくわからない何かに、智也はまるで自分が映画の世界にでも来てしまったかのような錯覚を覚える。突然現れたよくわからない物体と、少女。映画などの世界でしか見たことのない、塵となって消えていく現象。恐怖と不安でいっぱいになった脳みそは目の前の出来事を必死に夢だと言い聞かせはじめていた。

 そんな混乱の最中に放り出されている智也を尻目に、完全に生き物が消えたその場を少女が何かを探すように眺めている。「ここにもないか」と小さく独り言を漏らした後、思い出したように振り返った。


「あぁ、そうだわ。改めて……罪人の箱庭(ゴッドアース)へようこそ、罰を与えられた罪人さん」


 そう言いながら鎌の柄にもたれかかり、親しげに手を伸ばしてきた。

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