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人類はだんじょんに引きこもりました零  作者: 伊澄浩一/旧古時計
ぼーい・みーつ・ほーぷれすねす
3/5

やはり彼は情けない

少女の言葉とは裏腹に、ジオの日常は何一つ変わらなかった。

いつものように15階層に侵入してくる魔物を倒して生きるための金を稼ぐ。

ただそれだけの代わり映えのしない日の連続だった。

そんな日が何日か続いたときの15階層からの帰りにハンスが言った。


「おい、ジオ。お前最近動きがよくなってきたんじゃないか」

「そうか? 言われてみれば体が軽いような気がする」

これは日々剣を振っていてなんとなく感じていたことだった。

だが、些細な変化だったので気には止めていなかったし、今も大して気にしていない。

そんなことよりも、今日の夕飯の方が気になっていた。


「おっさん、晩飯食って行こう」

「ああ、そうするか」

ジオはよくハンスと共に行動する。

ハンスはある程度腕利きの戦士で、幼い頃からジオとは交流があった。彼はジオの父親の友人だったらしく、父親が亡くなった後、ジオを気にかけてくれているのだ。

この間の14階層行きもまとまった金欲しさから参加したのもあるが、ハンスの度重なる自慢話の影響も大きい。


「おぉっ、ハンスの親父とジオじゃんっ」


夕飯を食べに行こうとした二人に声をかけてきたのはライと呼ばれる大剣使いの優男だ。

魔物に親を殺されてからはジオと同じようにたまにハンスに面倒を見てもらっていた。

彼もよく夕飯を共にとる。いつも明るいライがいると15階層のような危険な区域にいても、少し気が楽になるのでジオは彼ととる食事が好きだった。


夕飯をいつもの店で済ませようと店の入口をくぐったところ、今日はいつもとは店内の雰囲気が違う。

多くの客がいつもより殺気だっていた。


「聞いたか? 何でも因子持ちの奴等が最近よく集まって何かしてるらしいぜ」

「ああ、因子持ちなんて言ってしまえば魔物と同じだ。何しでかすか分からん。あんな奴等殺しちまえばいいんだ」

「外に続いてこの迷宮の中まで奪われたら俺達は生きていけねえ」


そんな会話が飛び交うので、ふとジオはこの間の少女のことを思い出した。

強い炎を灯した瞳の因子持ちの少女を。

彼女は言った。もう今までのようにはいられないと。

それはもしかしたら先程の会話のように因子持ちが待遇の悪さのあまり反乱を起こすということなのだろうか。

だとしたら、自分はどうしたいのか。

そんなことを考えてジオは首を横に振る。


「おい、ジオ。何ぼーっとしてやがる。とっとと席に座るぞ」

ハンスに声をかけられ、ジオも席へと移動した。

先程考えていたことなど意味がないので忘れることにする。


今は夕飯に集中しよう。

自分には何もできないし、何もしないのだから。


考えたって無駄なのだ。


「おねーさん、俺、日替わり定食でよろしくねっ」

「俺も同じものを頼む」

「僕もそれで」

席について、注文を取りに来た店員にいつもと同じものを頼む。


「なぁ、おっさん」

「何だ?」

「おっさんは外の世界を見たことがあるんだったよな」

「ん? ああ、あるぞ」

「どんなとこだった?」


そう尋ねると、ハンスはあからさまに怪訝な顔をした。


「そりゃぁ、ここよりはマシなとこだったが。どうしたんだ急に?」

「いや、なんとなくだよ。なんとなく気になったんだ」

「繰り返すとこが怪しいな」

「何なにっ? ジオはお外に興味があるのかい? 外は憧れるよねっ。魔物をいーっぱい殺せるから」

ライは満面の笑みでそう言った。彼はジオの知り合いの中でも魔物を強く嫌っており、魔物を殺すことに生き甲斐を感じている。


「いや、僕は外にいるような強い魔物とは戦いたくない。ただ、人間が住んでた頃の外が少し気になって」

「なーんだ。そっか」

「それならいいんだが」


ハンスは相変わらず怪訝な顔をしたままだったが、会話はそこで中断された。

突然悲鳴が上がり、店の入口の方から人が飛んでくる。腰から上だけの状態で。

次の瞬間には人一人よりも巨大な斧で入口付近のものは、テーブルから人、さらには食べかけの料理まで凪ぎ払われて土煙が上がる。


「何で警報が、鳴らないんだよ!?」

誰かが叫ぶ。


このダンジョンでは15階層に魔物が侵入する度に交代制で見張り台の上にいる人間が鐘をならす仕組みになっている。

ところが今回はそれが鳴らなかったのだ。


「は、ハンスッ!! どうしよう!?」

ジオは突然の状況に困り、ハンスを見る。

するとそのハンスはこの非常事態に笑っていた。


「ハハッ、こりゃー34年前の惨劇を思い出すな」

「そんな呑気なことを言ってる場合じゃっ!?」


目の前に映った魔物を見て、ジオは唖然とした。


ジオ二人分はあるかという巨体をもった隻腕の牛頭の魔物がそこにはいた。一般にミノタウロスと呼ばれる魔物だ。

雄々しいその魔物の姿にジオは自分など、この魔物にとっては羽虫も同然だと知る。


「嘘だろうっ」

流石のライも動けていない。ジオの隣りの席で座ったままだ。


「隻腕の王」

ハンスがそう呟いた。


「逃げないと」

だが、ジオの足は動かない。

目の前で人が肉の塊になっていくのをただ眺めるだけだ。


ゆっくり、ゆっくりとミノタウロスはジオに近づいてくる。


「く、来るな!?」

動こうとして椅子から転げ落ちた。

その間もミノタウロスは止まらない。

いつの間にかハンスはいなくなっていた。ライは床を這って逃げようとしていた。


「い、嫌だ。死にたくない。誰か、誰か僕を助けて」


ついにミノタウロスはジオの目の前までたどり着いた。

巨大な斧がふりあげられる。


「嫌だああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


めいいっぱい叫ぶ。

だが、そんな叫び声など意味を為さず、死と隣り合わせの毎日を歩んできたジオ ラターチは随分と呆気なく死んだ。



◇◆◇



女の子が泣いている。

あの子を泣かしてしまったのは自分だ。

何故だかそう思う。

知らないはずの子だ。見たこともない。そのはずだ。


ここには熱も色も音もない。


女の子が何か叫んでいる。

でも聞こえない。何も聞こえない。

何でだろう。この光景を見たことがある気がする。

あの女の子のことを知りたいと思った。知っていたような気がするのだ。


あの女の子を笑わせたい。

あの子の笑顔が見たい。

声を出そうとしても声がでない。

動こうとしても動けない。


だんだん視界が霞んできた。

たぶんもうお別れなんだ。


「 ……ディンッ!!」


音が無いはずの世界なのに、最後の部分だけ確かにそう聞こえた。

自分の名前ではないのに何だか凄く懐かしい気がした。



◇◆◇



「んぅ」


目が覚めて真っ先に感じた地面の固さと異臭にジオは呻く。

体を起こして周りを確認する。


「何だよ、これ」


夕飯を食べようとしていた店は原形をとどめていなかった。

それどころか、さっきまで客だったものがあたりを赤黒く彩っている。

元凶のミノタウロスの姿は確認できない。


「嘘だろ……ジオなのか?」

ライの声がした。


振り替えると、それは間違いなくライだった。

だけどいつもと違い、彼の目は驚愕と憎悪に彩られている。


「ライ?」

呼びかけても反応がないので、近づこうとすると大剣を構えられた。


「寄るな、化け物。お前、俺達をずっと騙していたんだな」





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