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ある脇役の選択  作者: 梅雨子
彼女の知らないエピローグ
47/53

7の(2)-1

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 魔法陣から発せられた閃光は、熱を孕んでいたのか、雪にくっきりと跡が残される。

 光が収束し、魔法陣周辺に集中していた魔力は、召喚魔法が成功すると共に分散されていった。

 魔法陣の真ん中には、煤で汚れぐったりした様子の少女と、彼女を抱き起こす少年。

 はらりはらりと、舞い落ちる雪が、少女の頬で融ける。少年、ことクロードは、少女 ユキの頬に降った雪を手で払い、微笑んだ。

「――もう、大丈夫だよ」

 様々な気持ちと意味を込めて囁く。

 これまで、少女は野ざらしにされるように生きてきた。家族に守られることで、きれいな世界のみと接することができる時期に、彼女はその家族によって汚い世界を目の当たりにした。

 ずっと水晶玉越しに見守るばかりで歯がゆい思いをしてきたクロードにとって、やっとユキを傍で守ることができるのだ。なにからも、どんなことからも、守ろうと思う。

 柔らかい声音に、顔を歪ませたユキ。まるで、痛みを堪えるように彼女は目を細めた。それでも、少女の目から涙が零れることはない。枯れてしまったのは、涙か心か。それすら痛ましい。

 火事の痕跡として、頬だけではなく全身が所どころ黒く汚れている。

 少女は、どこまで気づいているのだろうか。クロードはユキの表情から思案する。――クロードがユキを召喚できたということは、ユキの母親はあの炎の中、息絶えたということだ。

 疲れ果てて眠るように、ユキはクロードの腕の中で目を閉ざす。どうやらまだ、彼女はそこまで思考が至っていないらしい。瞬く間に生死を分ける忙しない状況だったと思えば、それもそうだろう。

 クロードは、包みこむかのごとく、ユキを抱きしめた。

 腕の中のぬくもりは、本物のユキがすぐ傍にいるという証。それがとめどなく嬉しい。心が震えるほどに歓喜している。

 しかし、眠りについた彼女はひどく心が傷ついているということが手にとるようにわかった。あまりに彼女が儚く見えて、えも言われぬ不安が過ぎる。

 だから、腕に力を込めて、彼女を抱きしめ続けた。二度と、離さないと胸に誓って。

 背中に刺さる義父の視線は、気づかないふりをした。




***   ***   ***




 目を覚ましたユキは、怯える子猫のようだった。

 不安げに揺れる瞳は、一見黒く見えるが実は焦げ茶色。震える睫毛が彼女の心情を示している。

 雪の積もる庭園で意識を失ったユキは、その後義両親の部屋に運ばれた。ベッドに寝かされ、煤で汚れた顔や手は義母によって濡れたタオルで拭われる。

 ユキを手厚く看護し、現在少女の手を握るのは、義母。同性であり、母性溢れる彼女が、見知らぬ場所で不安になるだろう少女を慰めるのに最適だろうと、義父が判断したためだ。

 ――本当は、誰よりもクロードがユキの一番傍にいたかったけれど。

 迫り上がる欲に蓋をして、ユキのためだと席を譲る。

「こんにちは。言葉はわかる?」

 眉尻を下げ、ぼんやりと義母を見つめるユキに、義母は微笑んで問うた。

 少女は視線を彷徨わせ、義母、義父と眺めていく。彼らの背後に控えるため、陰に隠れてクロードの姿は見えないのか、ユキの視線が自分を捉える事はない。そのことに、心内で落ち込んだ。

 ユキは目をぱちぱちと瞬き、こくりと小さく頷く。

 安堵するように頬を緩めた義母は、言葉をついだ。

「庭に倒れていたから、家の中に運んだの。詳しくは後で話すけれど、まずは元気になりましょうね」

 ユキの布団を掛けなおし、手の甲で少女の頬を優しく撫でた。

 義母を真似するように、ロシェットが枕元に歩み寄り、小さな手でユキの頭を撫でる。

 ロシェットへと場所を譲った義両親の隙をついて、クロードもロシェットの隣に並んだ。

「ロシェット、お姉ちゃん今は疲れているから、ゆっくりさせてあげよう?」

 擽ったそうに表情を和ませるユキに、つい、手を伸ばす。

 ――ずっと、触れたかった。触れたくて仕方がなかった。

 目の前にいる彼女が幻ではないと知りたくて。彼女の心を慰める役目は、自分でありたくて。ユキの頭をゆっくりと撫でる。繊細な心を傷つけないほどに、そっと。

 ユキの視線が、クロードに向けられた。

 背筋にぞくりとこそばゆいものが走る。鼓動が大きくはねた。

 暗い色味の瞳に、自分が映る愉悦。ようやく逢えた嬉しさに、手が震える。

 心が躍った。

 クロードは、義両親がいることも忘れ、笑む。この上ない幸せを滲ませて、凄絶に。


 ずっとそうして傍にいたかったが、義父がクロードを手招きした。

 ユキの傍に控える義母とロシェットを残し、クロードは渋々義父のいる部屋の扉へと歩む。

 義父は、顎で行き先を示し、部屋を後にする。クロードもそれに続くが、部屋を去る時、義母の「名前は、答えられる?」という問いかけが耳に届いた。

「雪。……小川 雪」

 掠れた、小さな少女の声音。

 ――それが、少女の名前だと知った。



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