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太陽が昇っている時間、クロードは家庭教師から教育を施された。
初めの一年は言語を中心として、その後は文化や地理、この国の常識について教えを受けた。
この国で、家庭教師という存在は富裕層であれば珍しくないようで、クロードの師は義父の同僚の紹介ということだ。
厳しい雰囲気を纏う家庭教師は、黒髪と青い瞳を持つ中年の男だが、口数少ない一方で時たま冗談を真顔で言葉にする、少々不思議な男だった。
言語についていうならば、クロードにとって発音自体はさほど難しいものではない。幸い、母国と似ているため、最低限の単語と文法を憶えればなんとかなるだろう。
そうして、およそ二年をかけ、クロードは完璧に言語と一般常識を身につけた。
歳相応の本が読めるほどに言語力をつけてからは、図書館へ通う。
魔法について、少しでも知ろうと思ったのだ。
一人、街を歩く。
言語を習得してからも、他の学問のために家庭教師がついているから、学校へ行くこともない。
従って、家庭教師の都合により授業が休みの平日や公休日、城下町にある国立図書館まで歩く。
街は、王宮を中心として、その周囲を城下町が囲む。かつては城を守るように貴族邸が建ち並んでいたらしいが、水面下では別として、貴族が過去の存在となった今、旧貴族は郊外の住宅街に家を建て、そこで暮らしている。
道のり、菓子屋から漂う甘い香りや飲食店の芳ばしい肉の焼ける匂いなどが鼻腔に届く。
石畳みの道は平日にも拘わらず、人が多い。
クロードは道を挟むようにして並ぶ店のショーウィンドウを眺めながら、図書館へと向かった。
ショーウィンドウの向こうに広がる宝石が散りばめられた宝飾品。装飾品店はクロードの世界にもあった。
しかし、目新しい発見もある。珍しい茶の専門店や、クロードの世界にはなかった魔法を使った機器の修理屋などの存在である。
自分のいた世界と共通点を探せば少しだけ、違いを探せばたくさん見つかった。
例えば、道行く人々も、クロードの国とは服装が違う。豪奢で布をふんだんに使用した貴族らしいドレスでもなければ、薄い布で仕立てられた野暮ったい村人の服でもない。ならば、街の服装に近いかといわれれば、今いる世界の方がそれぞれ多種多様な色形をしている。
思えば、ユキや母の母国の服装に近いのだが、クロードの国と母の母国の服装を足して二で割ったようなものだ。
(ユキと一緒に歩けたら、楽しいだろうな)
妄想にも近い願いに苦笑した。
国立図書館は、円塔の建物だ。
クロードの捕らわれていた動物園を数階建てにしたくらいに大きいそこは、一日で周りきれない。
受け付けの司書に案内をしてもらい、魔法関連の書籍置き場へと向かう。一度二度来ただけでは、広大な図書館内では迷ってしまうからだ。
一歩一歩図書館の奥へと踏み入れるたびに、インクと紙の匂いが濃くなる。
娯楽本から専門書まであるため、置き場によって人はまばらで、学者らしい容姿の人は専門書置き場に集まっているし、料理本置き場には奥様層が多い。
そうして、魔術本置き場は三階にあった。
司書に礼を述べ、クロードは自分でも読めそうな初心者向けの本から手にとる。
――クロードが図書館へ通うようになってから、知ったことがある。
この国――もしかしたら世界――の世界に関する知識は、クロードの世界ほど探求されておらず、明らかにされてもいない。異世界渡りの事実を把握し、戸籍まで用意して受け入れているにも拘わらず。
クロードの世界は、始まりの歴史ゆえに異世界渡りの知識があったのかもしれない。が、この国では異世界渡りの条件一つすら解明されていなかった。ゆえに、異世界召喚の術もない。
さらに、魔法も性質から異なる。クロードの世界では、血脈によって受け継がれる魔力によって魔法の素養があるか決まるのに対し、この世界の魔法は自身に魔力はなく、自然界の魔力を利用して活用するのだ。魔法を扱う際に才は問われるにしても、根本から違う。
これが世界の差か、とクロードは思う。
――だが、魔法の性質の違いは、クロードにとって嬉しい事実だった。
どれだけ時間が経過しても、忘れないことがある。それが両親の残したものならば、思い出にするのではなく、記憶として刻みつけ続けてみせる。
かつてクロードがいた世界での魔法は、父が教えてくれたもの。魔法が好きだから、ということもあるけれど、父の形のない形見となってからは、なおさら反芻させ、忘れないよう心がけた。
――異世界召喚の術。
本来ならば、大神官層の命――全魔力――が対価となるか、大神官と数人の大神官補佐の魔力が必要となる術。クロード一人では、命を懸けても失敗に終わるかもしれない。
でも。
(この世界の魔法を応用したら……)
例えば、この世界の魔法が使えるようになったならば。自然界の魔力を利用すれば、クロードは己の魔力を使用せずに済む。もしくは、自身の魔力では補えない部分を、自然界の魔力で補えばいい。
そうすれば、異世界召喚の術は、子どもであるクロードとて、無理な話ではない。
ただ、難点が一つ。
ユキには、ユキの世界と彼女を繋ぐ”母”という存在がいる。
つまりは、今、異世界召喚をどうこうできるわけではないのだ。
それでも。夢見ることは自由だと、クロードは切なく笑む。
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