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ある脇役の選択  作者: 梅雨子
彼女の知らないエピローグ
36/53

5の(2)-1

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 水晶玉に映された少女に対する第一印象は、”寂しそうな、年下の女の子”だった。


 太陽の、薄布に遮られた柔らかな光が降り注ぐ。

 その中で、クロードは転がらないよう寝台に水晶玉を置き、自身は床に腰を下ろして寝台の上のそれを一心に見つける。

 水晶玉には、異世界を観賞するための魔法がかけられており、地球の姿が映し出されている。

 初めこそ母の故郷であるイギリスを眺めていたクロードであったが、現実から目を逸らしたい彼は、アメリカ、スペインと覗いていき、最終的には日本ばかり映すようになった。

 母は、クロードの国の国民とよく似た人種である。だが、日本はそれらとは異なり、色白でも少し黄み含む肌、人によってはこんがりと日に焼け茶色の肌をし、髪は黒や茶で彩られていた。元々日本人は黒髪だと、確か母は言っていた。そして、瞳も黒茶色。

 歴史的な文化も、母の母国やクロードの国とは違う。木造の古い建物、砂利を敷き詰めた神聖とされる場所、母の母国とは異なる佇まいの城。すべてが独特だ。

 母の母国は、歴史的建造物がクロードの国のものと似ている。物語を描く色の彩な硝子の窓や、石や煉瓦づくりの城などは、クロードの世界にもある。

 そうして辿り着いた異国情調溢れる日本の映像に、クロードは思いを馳せるようになった。

 クロードは、日本の街や町を見て回った。高層の建築物が乱立する人で溢れ返る街、住宅であろう建築物が密集する町、クロードが住みたいと思った村を想わせる緑豊かな村。様々に水晶玉は映したが、クロードの琴線に触れたのは、寂しそうな少女だけだった。

 彼は幸せな家族を見ると、両親への想いが募り、世界を隔てた家族を僻んでしまう。歪んだ憎しみが黒い感情の渦巻く胸の底から迫り上がり、そんな自分が嫌で、避けた。

 そうして見つけたのが、独りでいる、少女。

 初めて少女を見つけたのは、少女が寂しそうに歩く家までの帰路でのこと。それから、いつでも少女を捜すようになった。

 数日観察して、それまで友達と遊んでいた彼女は、夕日が沈む頃に別れ、自宅であろう建築物に一人で帰るのが日課だと気づく。

 一人ぼっちの彼女は、いつも寂しそうだった。

 家であろう場所に帰った少女。夕日の差し込む部屋でしばしぼぅっとした後、思い立ったように掃除を始めた。それはとても拙い手つきで、うっかり床に置かれた、水の入った桶を足に引っ掛けて倒してしまうこともしばしばだ。

 水晶越しにも拘わらず、クロードが彼女に手を貸したくなるほどに、彼女は庇護欲をそそった。

 思えば、彼女はクロードよりも幼く見える。ゆえに、掃除に慣れるまでは失敗も仕方のないことなのかもしれない。そも、肌の色や手の滑らかさからして、力仕事や労働に慣れているようには思えない。きっといつか、慣れる日もくるだろうが。

 さて、そんな彼女には、家族がいた。

 たった一人――母親だろう人物。

 大人にしては小柄な女性が帰ってくると、少女は深い眠りについていない限り必ず出迎える。その表情の変化は、花が綻ぶ瞬間のようで、クロードは思わず目を奪われた。

 目を三日月の形にして、喜色を浮かべる少女。少し疲れを見せながら、少女を嬉しそうに抱きしめる母。一目でわかる、仲の良い二人に、涙が溢れた。

 ――幸せな家族は、見たくなかった。

 けれど。少女は、いつも寂しそうだった。だから、放っておけなかった。

 最初は、ただ、それだけだったのだ。


 そうであった筈が、少しずつ、クロードの変化と共に、彼の少女へ向ける想いもまた変わっていく。




 クロードに恐れていた事態が起こる。彼が想像すらしていなかったこと。

 それは、時間の経過による変化だった。

 ――時間と共に、薄れていく両親の姿、声。

 ――靄に隔たれていく、恨み、憎しみ。

 ――迫り来るのは、絶望、喪失感、そして諦め。

 ――そんな自分が怖くて、嫌でたまらない。

 動物園にいることが、いつしか当たり前になっていく。両親を忘れていく。両親を奪われた憎悪すら、遠のいていく。

 ――そんなことが、あっていい筈がない。

 クロードが憶えていなくて、誰が記憶に留めるというのか。誰が復讐するというのか。命を奪われた二人の無念を、誰が晴らすというのか。

(……父さん、母さんっ)

 涙が、滲む。

 きっと、と思う。

 クロードが生きることを望んだ両親。そして彼らは、息子の幸せを願った。

 最期の最期まで。

 クロードを、心から愛してくれた。それは、疑う余地もない。

 ――それなのに。

 少年は顔を歪めた。拍子に、涙が頬を伝う。

 ――二人が愛したのは、黒い願いに染まった自分ではなかった。絶望の淵に堕ちた自分ではなかった。

 矛盾が、苦しい。いっそ狂ってしまいたい。

 苦しさに、胸を掻き毟る。

 ――そんな。そんなクロードにとって。少女の存在は、救いだった。

 彼女を見ていると、心が洗われる気がした。健気な、年下の少女の存在に。




***   ***   ***




 ずっと少女を眺めていて、気づいたことがある。

 彼女は、母親しかいないらしい。

 とは言っても、クロードの世界では珍しいことではない。片親がいないどころか、両親揃っていないことだって少なくはないのだ。

 魔術師の治療を受けられるのは貴族や裕福な商人だけであるし、一般の街人や村人は薬師から薬を買うことで治療するしかできないから。

 ゆえに、孤児は病や怪我で親を亡くした場合もあれば、村で流行り病が広がっていく様を役人に見つかり、村ごと焼き討ちられたことによって亡くす場合もある。はたまた、親に捨てられた場合も。

 クロードは両親と共に街にいた際、孤児院や浮浪児を目にして来た。

 その価値観を持つクロードにとって、水晶玉の少女に対しては、片親ゆえの特別同情の対象ではない。

 ただ、寂しそうな表情が一変し、花が綻ぶかのような笑みを見ると、凍りついた心が温まる、そんな気がした。


 少女は、赤くて大きな鞄を背負って玄関を開ける。

 母親は眠たそうに目を擦りつつも、玄関先に立つ。昨夜も少女が寝静まった頃に帰ったようだから、睡眠不足なのかもしれない。

 クロードは朝昼晩と少女を水晶玉越しに観察するが、彼女が眠ると共に、クロードも眠る。従って、彼女の眠りより後に母親が帰宅した場合、クロードは母親の帰りがいつだったのか推測するしかできないのだ。

 少女が母親に手を振ると、母親も同じ行動で返した。朝に相応しい、二人揃って爽やかな笑みを交わして。

 うっとりと眺める。

 自然と、頬が緩んだ。



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