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太陽の光を遮っていた天蓋は、夜になると開けられ、欠けた大きな月が硝子越しの天にかかる。
月光のもと、大神官は少年の檻の中で困ったように睫毛を伏せていた。
大神官の持って来た食事に、クロードは見向きもしない。
両親のために生きなければ、とクロード自身思うが、大神官の持って来た物に手をつけたくないと頑なに心が拒んだのだ。
「……クロード」
名を呼ぶ大神官に、声を荒げる。
「あんたは! ぼくを種馬にさせるためだけに生かそうとしてるんだ!」
ついで、少年は嗤った。その笑みは、”少年”という年齢に不相応なもの。どこか歪んだ、暗い嗤い。
「その食事だって、なにが入っているのかわかったものじゃない。毒ではないんだろうね。殺したら意味がないから」
目を瞠った大神官の表情。クロードの表情の変化から、心の変化を察したような驚きがそこにはある。動揺と衝撃と悲しみの綯い交ぜになったそれは、どことなく後悔の色が浮かんで見えた。
――それも、クロードの見間違いかもしれないが。
「クロード、それは――」
そう言いながら、大神官が身を乗り出してクロードへと手を伸ばす。だが、皺の刻まれた手は、少年の手に払われた。
拍子に、クロードの手首に嵌められた枷が、大神官の手だけではなく、頬に当たる。
「――っ」
ガツ、という鈍い音が小さくこだました。
金属でできた、硬い枷だ。当たった場所が口に近かったこともあり、大神官は唇から血を流した。
番人にその衝撃音が聞こえたのだろう。足早な靴音が近づく。
「大神官様、お怪我は……っ」
「――大事無い。職務に戻れ」
口元の血を指で拭い、大神官は感情のない声で告げる。
一方で、クロードはその一切を無視した。
大神官に怪我をさせてしまった。でも――大神官は、クロードの両親を奪った。大神官の存在がなければ、クロードと父の魔法で逃げられたかもしれないのに。
憎む相手を怪我させたとして、罪悪感はない。
視線を合わせることもしないクロードは、水晶玉を胸に抱き、物言わず寝台に座ったまま。
そんな少年を、大神官は抱き寄せた。
驚動したのはクロードである。なにがどうしてこういう行動に出るのか不可解でならない。
「放せっ! ぼくに触るなっ」
必死にもがく少年だったが、大神官の掠れた小さな声に、動きを鈍くした。
「――時間を、くれ」
クロードは怪訝に思う。
いつだって、大神官はクロードに理解できない行動ばかりとる。
両親を奪った。ならば、クロードを憎ませる行動だけをとればいい。しかし彼は、温かい眼差しで少年を見守る。自ら食事を運ぶ。この国の中枢について教える。そして――両親の形見を、渡す。
(わけが、わからない)
混乱するクロードの耳元で、大神官は耳打つ。
「お前を、あれらの思う通りにさせはしない。だから。信じろとは言わぬ。――少しだけ、時間をおくれ」
――私は、託されたのだ。……お前を救ってくれ、と。
初老の男の言葉は、反響することなく空気に溶けた。
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