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ある脇役の選択  作者: 梅雨子
彼女の知らないエピローグ
30/53

4の(1)-2

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 そうして、どれくらい経った頃だろうか。

 コツ、コツ、という、硬い床を歩く靴音が耳に届く。遠くで、会話のやりとりも交わされているのか、声が数人分聞こえた。

 それから、カチャリという開錠されるような音がして、クロードは顔を上げる。

 数歩分の靴音の後、大きな人影が真横に立っていた。

 絹糸で細かな刺繍がなされた、純白の長衣を纏う初老の男。クロードの記憶から、彼の情報が引き出される。

(――父さんと母さんを捕らえて、どこかへ連れて行った男)

 クロードの目は、驚きに見開かれ、直後に滲む憎しみで歪む。

「なんの、用だ」

 体調が思わしくないために、声が掠れた。それでも、忌々しいと物語る声が発せられる。

 初老の男こと大神官は、クロードの傍で膝を折った。ともすれば、クロードの視線と彼の視線はおおよそ同じ高さである。

 大神官は静かに手を持ち上げると、クロードの首に嵌められた枷を撫でた。

 そして不可解にも、憐憫の色を宿した目を細める。

「……せめて、食事だけは摂れ」

 ――クロードにとって、この男は両親の仇に他ならない。

 今、両親がどうしているかわからないが、一家三人を離散させたのはこの男だ。

 ゆえに、憎悪と嫌悪に、クロードは首にある大神官の手を払う。汚らわしい手で触るな、といわんばかりに。

 けれど、大神官はクロードの反発に怒りも悲しみも見せはしなかった。ただただ、真摯な瞳でクロードを見据える。

「――生きてほしいと、お前の両親は最期まで願った」

「……さい、ご?」

 意味が、わからない。頭が、心が、大神官の言葉の意味を理解することを拒む。理解してはいけないと、壊れそうな心が叫ぶ。

 だが、無情にも、瞠目したクロードに大神官は告げた。

「お前とは別に、お前の両親は馬車に乗せられ――そのまま処刑場で処刑された」

 刹那、クロードの目は極限まで見開かれる。

 頭の中が真っ白になって、言葉が出てこない。喉が詰まって、呼吸すらも儘ならない。

(処刑、された?)

 脳裏に過ぎる、サーシャの言葉。


『――さぁ、問題。あんただけ両親と別に護送される理由、わかる?』

『……そう、そうね。知らない方が幸せよ』


 ――最後の両親との別れの言葉。


『君を愛しているよ、クロード。幸せをありがとう』

『あなたを産めて、私はとても幸せよ。ありがとう、クロード』


 まるで。まるで、今生の別れの言葉のよう。

 思い至れば、不安が胸に忍び寄る。もしかしたら――もしかしたら、両親と二度と会えないのではないか。どころか、両親はこの世にいないのではないか。

(ま……さか。そんなわけ――)

 ない、とどうして言いきれるだろう。

 あの時、馬車の中でサーシャは言外に匂わせていたではないか。両親も、生涯の別れを覚悟したかのような言葉を口にしたではないか。

(嫌だ。認めたくない。認められないっ)

 拒絶の気持ちを示すように、クロードは火事場の馬鹿力で、俊敏に大神官の胸倉を掴んだ。

「そんなわけないっ!! 父さんも母さんも、生きているに決まってる!」

 必死に大神官を睨みつける。敵愾心も顕わにさらけ出した。

「大神官様っ」と、遠くから複数の足音が駆け足で近づく。その複数人で、魔法の使えないクロードを取り押さえることは容易であるのに、大神官は首を横に振った。

「大事無い。下がれ」

「そんなわけない」と繰り返すクロードの相貌を見つめかえし、大神官は睫毛を伏せた。

「生きてほしいという両親の願いを、叶えてやれ」


 その言葉は、クロードにとって後々まで重く圧し掛かかることになる。



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