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村の荷馬車よりも幾分乗り心地の良い、それこそ貴族のために拵えられた、クッションのついた座席にクロードは横たわる。
彼の手足には鎖のついた枷が嵌められ、それは魔力の発動を封じる魔法がかけられたもの。
枷は鉛が多く配合されているのか、重たく、体力を失った身体では身動き一つするのも不自由を感じた。
両親と引き離されてから、抵抗し暴れ、叫び続けた。涙を幾筋も流し、また怒鳴る。
それでも大人の力には敵わず、枷を嵌められて馬車へと押し込まれた。
馬車には座席が四人分。向かい合わせに設置されているため、クロードの前にはサーシャと黒髪の青年が座っている。
青年は、異国風の面差しをしており、黒髪と褐色の肌、それに鮮やかな青い瞳を持っていた。クロードの国は帝国であるから、おそらくどこか属国の出身だろうか。彼はクロードに興味がないのか、ただ窓から外を眺める。
――カタカタと馬車が揺れる。
しかし、衝撃はクッションが吸収してくれるし、車輪も村の荷馬車とは違うのか、大分揺れは少ない。
腫れた目を開けることも辛くて、クロードは目を閉じる。声は既に嗄れ、泣き続けたせいか頭が朦朧とし、痛みを訴えた。
そんなクロードに、サーシャが話かける。
「起きてる?」
その喋り方は、大神官がいた時とは違う、ただの娘のよう。
クロードはぼんやりと瞼を押し上げ、姿勢は横たわったままサーシャを見やった。
視線を受けた彼女は、皮肉げに嗤う。
「……あんたとあたし、どっちが悲惨かしらね」
サーシャの口調は、街娘を演じていた時とも、大神官の前とも違うものだった。もしかしたら、これが本当のサーシャなのかもしれない。
それから、サーシャは身の上話をクロードに聞かせた。まるで残酷な童唄のように。
「あたしの母さんは、紅の舞姫って呼ばれる有名な踊り子だった」
その一文で、サーシャがこれからなんの話をしようしているのか気づいたのだろう。隣席の青年が「サーシャ」と静かに窘める。
だが、彼女はやめなかった。
「知っても知らなくても、彼の運命は変わらないよ。……この子は、顔立ちがきれい。それがどういうことか、あんたにもわかるでしょ? それがいいか悪いかは微妙だけど」
サーシャの言葉に、青年は溜息を吐き、再び窓の向こうへと視線を戻した。
「話は戻るけど、あたしの母さんは城に呼ばれたの。それで踊った。それはそれは色んな人に賛辞を送られて、たくさんの人が気にいってくれた。それを教えてくれたのは大神官様だけどね。でも、結果、どこぞの魔術師に気にいられて――犯された」
サーシャは笑みを絶やさずに顔を歪める。
「その時の行為でできたのが、あたし」
そして、彼女はどこか遠くを見つめた。
「母さんは、狂った。好きでもない男に襲われて、いらない子を――非合法の、禁忌の子を産んで。でも、あたしは魔法の素養があったから、国に引き取られた。それからは地獄っちゃ地獄だし、まぁそれでもご飯に困ることなく育ててもらえたんだから幸せだったともいえるのかな。あたしのような子が集められてつくられるのが、裏で仕事をする集団。催眠術から暗殺術、催淫術まで色んな魔法を習うし、気配の消し方から聴力の特殊な訓練まで死に物狂いで憶えさせられる。成長してからは色仕掛けも殺しも偵察も、なんでもしてきた。で、その聴力使ってあんたが夜な夜な魔法の訓練してるんだって知った。あたしが街にいたのは三ヶ月くらいだけど、あんたの村の噂を聞いてから、夜に偵察のやつらがあんたの家を張ってた。まぁ、あたしらの存在をあんたの両親は知らないし、特別な訓練も受けてないから、気づいてなかったみたいだけど」
虚ろな目で睨み上げてくるクロードを、サーシャは嗤う。
「あたし、あんたが嫌いだった。同じ禁忌の子なのに、両親に愛されて、村人に愛されて、幸せそうに笑ってるんだもん。だから、絶対に任務を遂行してやろうって思った」
クロードの胸中を、憎しみが染め上げていく。目の前が真っ赤に色づくように、頭に血がのぼる感覚がした。それでも、動くのも億劫なほどにだるくてたまらない。
サーシャは嘲笑いながら、ぎりりと奥歯を噛み締めるクロードを見下す。
「あんたは血筋だけはいい。大貴族で代々神官の家系の父親と聖女の母親の子だもん。あたしと同じなのに、あたしとは違う。――可哀相な子」
――カラカラと、馬車が揺れる。
窓から入る光は明るいのに、その光すら憎い。
クロードにとって、血が沸き立つほどの負の感情を抱いたのは、これが初めてだった。
「あんたの父親は、国境に役人が手配されててやばいって気づいてたから、誰も知らないような村を転々としたんでしょうね。……まぁ、いつかは捕まるって覚悟はしてたみたいだけど。――さぁ、問題。あんただけ両親と別に護送される理由、わかる?」
それまで憎しみに囚われていたクロードは、怪訝な表情を浮かべた。
なにを言いたいのか、問い質したかった。彼女は両親が今どうされていて、これからどうされるのか、きっと知っている。そう思った。
でも、声が掠れて音にならない。もどかしい悔しさに顔を歪める。
サーシャはそんな彼を憐れむように笑む。それまでの嘲る彼女とは異なり、慈悲すら感じさせるように目を細めて。
「……そう、そうね。知らない方が幸せよ」
そうして、彼女は口を噤んだ。
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