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人口規模の小さい寒村ということもあり、年貢を納める時期くらいしか役人は村に来ないし、旅人が滞在するようなところでもない。
今でこそ農産物の収穫量が増えたものの、もともとは貧しい村だ。従って、領主も役人も特別関心を示すことはなかった。
そういった理由もあり、クロード一家にとって、その村は過ごしやすく、村人の穏やかな性質もあってあまりに居心地の良い場所だった。居心地が良すぎて、警戒心を緩めてしまうくらいに。
その日、両親とクロードは村人の収穫を手伝っていた。
畑は、葉菜類や根菜類、果菜類の野菜が様々実り、赤や黄緑に色づいて鮮やかだ。勢いづいた葉がクロードの背丈を追い抜こうとしているかのごとくよく伸び、順調に育ったことが窺える。
クロードは比較的体力を要さない野菜の収穫を担当し、果菜類の野菜の赤い実を採る。
他方、両親は村人と共に、野菜の中でも体力を必要とする物の収穫を手伝う。こちらは刃物を使ったり、土を深く掘って無理に引き抜かないといった注意が必要で、きれいな形のまま収穫せねば商品価値は低くなるために大人の仕事とされた。
そうして一時間ほど作業していた時だった。
ガラガラと、木製の車輪特有の小石を弾きながら進む音と、馬蹄がした。その音で、皆その正体が荷馬車だとわかった。村を毎日行き来するのは、街に野菜を卸している荷馬車くらいだから。
収穫作業をしていた面々は曲げていた腰を伸ばし、音の方へと振り返る。
「おかえり、カール」
それまで畑で作業をしていた村人 トムが片手を上げた。少しひょろっとした体型に、歳相応の皺を刻む日に焼けた顔の彼は、にこやかにカールと呼ばれた青年を迎える。
それもその筈、カールはトムの息子なのだ。カールの大きめの鼻は、父親ゆずりといったところだろう。
カールは木板を組み合わせただけの荷馬車から地面に降り立つと、「旦那さん、奥さん、ちょっといい?」と手招きした。旦那さんはクロードの父、奥さんはクロードの母のことであり、村人は彼らの名前を知らないため、皆こう呼ぶ。
クロードはカールに続いて荷馬車から降りた娘に気づく。
十代半ばの、母のようなそばかすを散らした頬、少々日に焼けた肌にチリチリと細かく波打った赤い癖毛の少女。彼女は村娘のように薄汚れた、色の大分落ちた簡素な服ではなく、街娘らしいスカーフを巻いた、色味のある服を着ていた。それでも、どこか残る田舎くささは、街といっても地方の小さな街だからだろうか。
クロードは放浪していた頃に港街などにも滞在していた経験から、彼女を一目で街娘だと判じた。
(……街の人がなんの用だろう)
首を捻る。
そも、村人が街の市場に野菜を卸すために出向くことこそあれ、街人が村に来ることなどない。
訝るクロードを他所に、両親はカールと街娘へと歩む。クロードも二人の後を追って、街から来た二人へと近づいた。
「はじめまして、旦那さん、奥さん。アタシ、サーシャっていうの。よろしくね」
サーシャは太陽のような笑みを浮かべた。
「ああ、よろしく」「よろしくね」と両親も笑みを返す。クロードはただ、そのやりとりを見ていた。
「旦那さん、サーシャとは街で会ったんだ。この村の収穫量が増えたから、その秘訣を知りたいんだと」
カールが簡単に説明すると、サーシャが言葉をついだ。
「アタシの村……あ、ここよりずっと西にあるんだけど、かなり寂れてて、食料にも困る所なんだ。アタシ、弟妹多くて、長女だからさ……出稼ぎで街に出てきたんだ」
少しだけ笑みに翳りを見せる少女に、両親は頷いた。
「そうなんだね。村のために、畑について知りたいんだね?」
父の問いかけ。サーシャは「うんっ」と瞳を輝かせて答えた。
「アタシ、いつか村に帰りたいんだ……。いっぱい野菜が作れる方法知ってたら、きっと村に帰る理由になるでしょ?」
はしゃぐサーシャ。一方、苦笑しながらカールは街の噂を口にした。
「街で話題になってんだ。この一年で収穫量がグンと上がったから。どうやって栽培してるんだって」
頬を掻くカールに、父はにこりと口角を上げた。
その父の笑みに、クロードは違和感を抱く。それは、愛想笑いだったから。
(父さんなら、二つ返事で頷きそうなのに……)
なぜか、父は了承の意をはっきりと示すことはなかった。
そうして、昼ご飯をとるために親子三人で家に戻った時。
父は言った。
「……明日の未明、この村を出よう」
母は何も言わず、ただこくりと真剣な顔で頷いた。
ただただ、クロードだけが驚いたのだった。
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