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ある脇役の選択  作者: 梅雨子
彼女の知らないエピローグ
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2の(2)

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「ただいまっ」という元気の良い声と共に、玄関扉が勢いよく開く。同時に飛び込んできたのは、母だった。

 彼女が手に抱える籠には、たくさんの野菜が入っている。

「おかえり、母さん」

「おかえり、奥さん」

 目を丸くしながら答えたのは、薬草を作る父と勉強中の息子。

 驚く二人に、母は少女のように笑うと、籠を傾けて中身を示す。にんまりと口角を上げるその様は、どこか自慢げだ。

「見てちょうだい! 村のみんなから、たくさんお野菜もらっちゃった。そうだ! こんなに新鮮なんだもの、一部のお野菜はサラダにしましょう」

 ご機嫌で鼻歌を歌い、水汲み場へとつま先を向けた。

 母は、明るく愛嬌のある人で、村人から愛された。

 また彼女も村を愛し、なにか役立てはしないかと自らの知識を村人に授けた。

 父は、魔法学や文学といった教養に長けた人であるが、母は農業に関する知識に詳しかった。

 母が村に来て最初にやったことは、土の成分分析だ。

 クロード一家が村に辿り着いた当時、畑の土は干からび、一目で痩せた土地だと判別できた。特別、雨量の少ない場所というわけではない。ただ、その土と比例するように、野菜の取れ高も決していいものとはいえなかった。

 母いわく、多くの野菜は酸性より塩基性の土の方がよく育つらしい。土の成分を調べる際は、なにやらぶつぶつ言っていたが、その内容はクロードに理解できないものだった。結局、森の中で採取した赤紫色の花や黒っぽい青紫色の木の実から液を作り、分析していた。

 次いで、母は貝殻を砕いて畑に撒いたのだが、上記含めた母の提案を活かした栽培は、収穫時期になるとこれまでとは比べ物にならない収穫という成果を収めたそうだ。

 そうして、村人の心を掴んでいった彼女は、頼りにされるようになり、収穫時にはお零れを貰うようになったのである。




 そんな母が、である。

「あら、またそばかすが増えちゃったわ」と言うかのごとく、爆弾を投下した。

「クロード、ずっと秘密にしてたけれど、実は私、異世界から来たの」

 ――それは、クロードが十歳になった日のことだった。


 村に来て、およそ一年。

 冬前までの滞在予定だった一家だが、村人の好意によってもう少しだけ村で過ごすことが決定していた。

 その日も、クロードはいつものように、村の子ども達と遊び、日が傾き始める頃に帰宅した。

 家に帰ってからは、日課の勉強に勤しむ。傍らには父がおり、わからないところは教えを仰いだ。

 なんらいつもと変わりのない時間である。

 ところが、だ。

 母は頑張る息子と夫に、香草茶を淹れ、自身もテーブルにつくと――上記の通り、爆弾を投下した。

 クロードは呆気にとられた。目と口をあんぐりと丸くし、呆然と母を見つめる。

 頬杖をつきながら、ふふふ、と笑う母。「おやおや」と言わんばかりの、温かく見守る父。

 両親の反応に、クロードは片眉をピクピクと動かした。

 驚いているのが自分だけ、という出し抜かれた気分に、なんとか平静を装う。

「母さん、確か異世界人は見つかり次第、罠に嵌められて処刑されるんじゃなかった?」

 訝りながら問えば、母は頷いた。

「ええ、そうね。でもほら、私、運命の出逢いしちゃったから」

 ね、と母は父へと視線を送り、父は相槌を打つ。

 クロードは自分の顔が引き攣ったことを自覚した。

 そも、少年は自分の両親になんらかの理由があって旅をしていると悟っていた。父は母を”奥さん”と呼び、母は父を”旦那さん”と呼ぶ。名前ではなくそう呼びあうわけも、なにかあるのだろうと勘付いていた。

 それでも、詳しい事を訊かなかったのは、知ってはいけない気がしたから。

 色々訊かなければならないことがあるはずなのに、頭が真っ白になったクロードは質問が浮かばなかった。

 眉間に皺を寄せる息子に、父は棚に置いてあった水晶玉をテーブルに置く。テーブルがきれいな平面であれば水晶玉は転がりそうなものだが、木製であるために、丁度よくところどころに節目の窪みや穴が空いているから、そこにあわせれば問題ない。

 水晶玉は、ずっと放置されていたがゆえに埃が積もっていた。

 父は適当に手で磨くと、手のひらをそれに翳した。そうしてそこに浮かび上がってきたのは、クロードの知らない世界。

 クロードは目を丸くした。

 多くの人が行き交う街は、クロードの知るものとは異なる。青・黄色・赤の光るもの、高層の建築物、高速で走る乗り物、様々な服装の人々。石畳の道はクロードの世界の街と変わらないのに、構成するものがまるで違う。

 一目でわかった。

 ――この世界よりも、遥かに文明が進んでいる。

 母を仰ぎ見たクロードに、母は微笑む。

「ここが、私の故郷の国、イギリスよ」

「いぎ、りす?」

 戸惑いながら言葉にする少年。

 母は懐かしそうに目を細めた。

「そう。確か命数は……」

「二百七十五だよ」

 父が補足すると、母は頷く。

「そう、二百七十五。だから、二百七十五歳にならないと、あそこへは万一の確率も帰れない」

 少しだけ、しんみりとした空気が流れる。

 それを断ち切ったのは、父だった。

「クロードに魔法の実技は行っていなかったね」 

 クロードは父を期待の眼差しを以って見上げる。

 少年は、ずっと父から勉強を教わってきたが、それは魔法の使い方や法則、魔法陣についてであった。

 クロードの世界では、魔法は素養のある者が生まれながらに魔力を有している。そして折り良くもクロードや父も魔力を持って生まれた。しかも、魔法の素養を持つ者の中でも、クロードは強大な魔力を持っている。それは、父からの遺伝によって。

 これまで、学問としての魔法を教育されてきたが、実技に関してはまだなにも教わっていない。ゆえに、クロードは魔力をどう引き出し、魔法とすれば良いのかわからなかった。

 父は好奇心に満ちた息子の眼差しに苦笑する。

「十歳になった君に、そろそろ教えようと思ったんだ。――奥さんの世界のこと、魔法のこと」

 そうして父は語る。

「この魔法は、異世界しか水晶玉に映すことができない。でも、異世界といっても広くてね……例えば奥さんの故郷の世界でも、細かい情報がなければ見たいものは見られない」

 クロードは意味が掴めず、首を捻る。

 今度は母が言葉をついだ。

「私の世界にはたくさんの国があるけれど、国の枠を超えて、たくさんの星もあったの」

 すると、水晶玉は一つの街、一つの国、大陸を、やがて暗闇に浮かぶ青い星を映した。

 クロードの世界にも、宇宙と星、という概念はある。だが、目にしたのは初めてだ。星が丸い、ということすら知らなかった。

「異世界の情報がなにもないと、他の物を映しちゃうこともあるの。ほら、この月とか」

 水晶玉に現れたのは、砂漠のような月面。

「だから、せめて世界の命数だけではなくて、星の情報もいる。そうでなければ、月どころか宇宙を彷徨うことになるから。水晶で宇宙旅行というのも面白そうだけどね」

 少女のように、唇に弧を描く母。

 そうして、父は説明を続ける。

「今、僕やクロードがいる世界は、三百六十五面体の一面だから、この世界を映すことはできない。しかし、平行世界、といったらいいのかな。他の面にある世界ならば、観る事ができるんだ。そうだな……背格好が同じ人が数人一列に並んだとして、一番右端の人は一番左端の人が見えないだろう? でも、違う列からならば見える」

「……うん? わかったような、わからないような」

 父は柔らかく相好を崩し、クロードの頭を撫でた。

「ゆっくり理解すればいい。……いつか、君の役に立つかもしれないからね」

 こくり、とクロードは頭を縦に振った。

 ――母は異世界人で、異世界は情報さえあれば水晶玉から覗くことができて。

 それだけでも、クロードにとっては夢溢れるものだった。

 けれど、どうして父がクロードに過ぎるほどの教育を施すのか。その理由を、クロードはまだ考えることすらしていなかった。



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