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ある脇役の選択  作者: 梅雨子
彼女の知らないエピローグ
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 人口が数十人の鄙びた村は、森と畑、それに民家しかない。さらに、長男を残し、若者は街へ稼ぎ手として出て行ってしまうこともあって、働けなくなって出戻った年配者の多い寒村であった。

 その、寂れた村境にある大きな森の丸太小屋に、まだ村の中では比較的若い夫婦ともうすぐ十歳程の幼い子どもが暮らしていた。

 小屋は夫婦の持ち物ではなく、畑仕事のできなくなる冬にのみ、村人が狩猟やきこりをするために在った。

 ゆえに、夫婦は空き家となる時期だけ、そこを使わせてもらえるよう金を払い、借り受けていた。


 夫婦は、流れ者だった。

 銀の髪と灰色の瞳の夫は見目麗しく、その振る舞いは貴族となんら遜色のないもの。博学さは村の長老をも凌ぎ、けれど驕った素振りは一切見せなかった。

 一方妻は、亜麻色の髪と蒼色の瞳を持つ女性で、目鼻立ちは整っていたが、惜しむらくは頬に散ったそばかすの存在だろうか。しかし彼女も、夫同様多くの知識を持っていた。

 二人の間にできた子どもは、やはり神の造形と呼べるほどに愛らしい少年で、母から継いだ亜麻色の髪と、父から継いだ灰色の瞳を有していた。


 隙間風が吹く小屋には、寝台とテーブル、それに数冊の本、食器、水晶玉が置かれた棚しかない。食事は野外で調理し、食す。

 ちなみに現在、テーブルでは、少年が読書をしている。

 眉間に皺を寄せ、分厚い本を必死に読んでいた彼は、やがてドサリとテーブルにそれを置いた。

 部屋の隅に腰を下ろし、生業である薬作りに励んでいた父は顔を上げる。

「クロード、もう飽きたのかい?」

 父は片眉を上げ、ついで立ち上がってクロードの向かい席に座る。

 クロードは唇を尖らせた。

「……ぼく、歴史よりも魔法学の方が好き。それに、ほかの子はみんな、勉強なんて文字と算術しかしてないって。ぼく、文字書けるし、算術だってできるからもういいでしょ? みんなと遊びたいよ」

 むすっ、と顔を歪め、窓へと顔を向けた。

 時刻は夕暮れ時。

 村には子どもが少ないものの、クロードと同世代の子どもは五人ほどいる。

 クロードは昼過ぎから村の子ども達と遊び、太陽が傾き始めたら家に戻ることが常となっていた。子ども達は月が見え隠れしての解散であるから、彼はいつも途中で抜けることになった。それが不満なのだ。

 不機嫌な息子に、父は苦笑しながら亜麻色の髪をくしゃりと撫でる。

「そうだね。君はよくできるし、僕にとっても、奥さんにとっても、自慢の息子だ」

 父は目を細め、自分によく似た双眸を見つめた。

 不思議なことに、父は妻のことを名ではなく、”奥さん”と呼んでいた。それを、クロードは不思議に思わないわけではなかったけれど、慣れてしまっていた。

 そうして、父は「――でもね」と続ける。

「いつか、君のためになることを願って……というのは、僕の傲慢だけれど……いつか――いつか、どうか君の役に立つことを願っているんだ」

 そう、切なげに、目元を和ませる。

 クロードは小首を傾げた。

 歴史の勉強が、自分の人生にどう役に立つというのか。

 そも、少年は父の教えによって、算術、文学、地理、魔法学と、様々な分野の学問を学んできた。得意不得意があるから、すべて頭に詰め込めたわけではないけれど。

 また、クロードと父は魔法が使えるが、役立ちそうな魔法の実技ではなく、これまで知識としての魔法しか指導されることはなかった。それについて、父は「もう少し、大きくなったらね」と先延ばしにしてきた。

 村では、街に出た時に必要となる算術と文字の勉強しかしない。

 他方で、クロードは高度な学問を教育された。それはおそらく、街に行ったとしても恥じることのない、相当高等なものだ。

 その知識自体、なぜ父が有しているのか甚だ疑問だが、父は頑として理由を語ろうとはしない。母も多くの知識を持っているのに、その理由を口にしない。思えば、息子であるクロードにとっても、二人の過去は謎に満ちていた。

 そんな二人は、村で生きるならば、必要のない知識を息子に詰め込もうとする。

 ――確かに、クロードの一家は流れ者だ。

 ゆえに、町を転々としてきたし、例えば前回は流れ者と異国人の多い海沿いにある貿易街の宿に逗留していた。

 一つの場所に一年といたことはない。まだ、今の村にも、春に来てから三ヶ月ほどしか経ってはいなかった。

 でも、クロードは少ない時間しか過ごしていないこの村が気に入っていた。

 ゆっくりと流れていく時間、美しく豊かな自然、優しい村人達、おいしい作物。ずっとこの村で暮らしてもいいと思うほどに、好きだった。

 クロードの胸に、不意に不安が過ぎる。

「……また、流浪するの?」

 少年の揺れる瞳は、父を恐る恐るといった風に見つめる。

 どこか怯える様子に、父は目を丸くしてから口角を上げた。

「この村が、気に入ったのかい? まだ、この村から出る予定はないよ。君が望むのなら、許される限り・・・・・・でこの村にいようか」

 幼い彼は、この時、ただ単純に「うんっ」と喜ぶ。どの道、狩りが始まる季節には小屋を離れなければならないのだ。少年自身、それまでが期限だろう――そう思っていたから。

「さて、じゃあ勉強の再開だ」

「えー」

 父の言葉に口をへの字に曲げたクロードだったが、先ほどの言葉を思い出し、機嫌を取り直して再び本を持ち上げた。




 ――世界の歴史とは、侵略の歴史である。

 そう、父は語る。

 クロードのいた世界は、まさに父の言葉の通りであった。

 その世界の知識層によれば、世界は三百六十五面体で構成されているという。

 それは、”惑星の形”という意味ではない。また、次元の話でもない。

 異世界を含めた”世界”の個数が三百六十五あり、正三百六十五角形で存在している、ということである。

 そして、世界には”命数”というものがあるらしい。人では年齢、木では樹齢、世界では発生した順番がそれに当たる。つまり、クロードの世界は命数二十六とされ、全”世界”の中で二十六番目に生まれた世界ということになる。

 また命数は、同じ数で繋がりあっており、その引力によって異世界渡りがあるのだと、学者は本に残す。

 クロードの世界で、”学者”とは神官を指す。彼らは知識を文字にするが、国語を用いず特別な言語で書くために、神官や高位身分の者にしか読み解くことができない。ゆえに、本を手にしたとしても庶民には理解できない代物であった。

 今、クロードが手にしている本も、その特別な文字で記されている。

 そして、その本を読むための言語は、父から教わった。

 そういったことから、クロードは父が神官であったのかもしれないと、いつしか推測するようになった。


『この世界の始祖は、異世界の民だったそうだ』


 父は本の文章を指さしながら、説明する。

 いわく、始祖の世界では異世界人の召喚や異世界渡りによる侵略を繰り返した。しかし、やがて奴隷として扱われていた異世界人の反乱によって、その世界は滅びの道を歩んだ。

 だが、一部の人間――異世界渡りや召喚の知識を持つ魔術師達は、命からがら異世界へと渡った。始祖は、その魔術師の数人を指し、皆この世界へ渡った当時は二十六歳であったという。つまり、この世界の命数が二十六だということだ。

 元々、この世界に魔法が使える者はいなかった。ゆえに、原住民にとって不可思議な能力を持つ始祖らは、原住民に神として扱われ、やがて王となった。それが、この世界で最も大きな帝国の初代皇帝であり、クロードのいる国の、皇帝の先祖ということになる。

 初代皇帝は、自分の世界を反面教師とし、魔術師の人口を増やす政策をとった一方で、召喚と異世界渡りを禁じた。異世界からの迷い人も、問答無用で処刑させた。


『迷い人は、この世界の住人に出会ったら最後、罠に嵌められるんだ。もしこの世界の魔術師よりも強大な魔法が使えたら困るから。迷い人は言語が通じないという共通点があるから、見つけ次第優しく保護して、歓迎し、飲み食いさせ――けれどその食べ物には睡眠薬を仕込んで。彼らが眠った隙に、お役人に通報して引き渡す。そうすることで、引き渡した者は金銭を受け取ることができる』


 そうして、異世界からの侵入を許すことなく過ごしてきた世界だった。

 だが、数百年前、その決まりは変更される。

 始祖らが増やしてきた魔術師の人口が減少し、さらには天変地異に見舞われるようになったから。

 天変地異は自然の問題だが、魔術師がある程度対応してきた。しかし、その魔術師自体が人口減少に陥っていた。

 思えば、始祖の行った魔術師を増やす政策には無理があった。この政策は、”魔術の素養を持つ者の継承”に主軸が置かれたこともあり、魔術師同士の婚姻が推奨された。そうすれば、彼らの子どもは百発百中魔術の素養を持った子が生まれるのだ。

 だが、魔術師とそうでない者の子は、五割か、それ以下の割合でしか魔術の素養を持つ子は生まれない。突然変異による魔術の素養を持つ子の誕生もまた、例にない。この理由から、魔術師とそうでない者の婚姻は許されることはなかった。

 ゆえに、魔術師同士の結婚を奨励した結果、近親婚が増えてしまった。近親婚は、遺伝病を持っていると、その病気を子が受け継ぐ可能性も高くなる。そして、魔術師は減少に向かっていったのである。

 以上の経緯から、当時の皇帝は、魔術師に頼らない方法を考えた。

 その方法が、百年に一度、国の繁栄のために、大神官によって行われる”神子”の召喚だった。

 これまで、異世界の知識や技術を取り込むために、数人の娘が召喚された。召喚時に、魔法の使えない女であること、と条件を付して。

 異世界の知識や技術によって人心を得た異世界の娘は、”聖女”として崇められ、王の妃に迎えられることとなっている。


『それが、この世界だ』


 クロードは、歴史の勉強が好きではなかった。

 それは、知れば知るほど、この世界が酷く歪んで思えてならなかったから。



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