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ある脇役の選択  作者: 梅雨子
彼女の知らないエピローグ
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プロローグ

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 満月がきれいな夜だった。

 けれど、彼はその月が大嫌いだ。不意に、忌まわしい記憶が蘇ることがあるから。

 ゆえに空を見上げることなく、黙々と帰路を辿る。

 魔術省所属の医療魔術師であるクロードの仕事場は、街の中心部に位置する。街は、伝統ある建築物が密集し、古い街並みを今なお残す国の首都。

 彼の家は近郊にあり、仕事場からはさほど離れていないため、魔力によって動く列車と徒歩で通勤している。

 街路樹の並ぶ道から住宅街に入る。彼の家はもう間近だ。

 やがて視界が捉えたのは、供給される魔法によって灯る明かり。彼の家の玄関は、それによって照らされる。

 この明かりは、見ているだけでほっ、と心が温まる優しい光に感じられる。人工光だとしても、月明かりよりもよほど。


 クロードは玄関扉を開けた。

「ただいま」

 声を掛ければ、パタパタと慌しい足音が近づいてくる。その音の正体を知る彼は、相好を和ませた。

「おかえりなさい、クロードさん」

 柔らかい笑みを浮かべて出迎えたのは、ユキ。彼女は退職後、しばらく体調を整えようと家事を担いながら、休養をとっている。

 両手を差し出したユキに、クロードは鞄を渡す。

 最初こそ、彼女が出迎えを始めた時に伸ばされる両手の意味がわからなかった。クロードが首を捻り問うたところ、「私の国の、国民的ほのぼの家族アニメで、旦那さんを出迎える奥さんがやってたの。一度、やってみたくて」とはにかんだ。その照れ笑いが妙にクロードのツボに嵌り、以来彼も便乗するようになった。

 ユキに鞄を持ってもらっている間に、靴を室内履きに履き替える。

 そうして、鞄を再び受け取った。

 ユキは夕飯作りに戻り、クロードは自室へ行くためだ。

「お夕飯できたら、呼びにいくね」

 そう言って踵を返したユキの背中を見送り、自室へと歩を進めた。




 季節は春。

 今、ユキとクロードは婚約中にあり、入籍及び結婚式はもうすぐ。

 入籍にあわせ、邸内の部屋も移動する予定だ。


 クロードは自室に着くと、鞄を机に置く。

 彼の部屋は殺風景なもので、本棚・机・ベッドしかない。

 インテリアにさほど気を遣わないため、オブジェといった類は置かれていない。――ただ一つ、手のひら大の水晶玉を除いて。

 必要最低限の物しかない部屋だからこそ、イレギュラーなその水晶玉は際立つ。机の隅に置いてあるだけにも拘わらず。

 水晶玉に触れる。

 ひんやりとした、鉱物特有の冷たさと硬さが指に伝わった。

 今は、使うことのなくなったそれ。かつては、お守りのように。もしくは、精神安定剤のように。

 大切な、大切な物だった。

 ――クロードが唯一、自分の世界から望んで持ち込んだ物であり。

 ――ただ一つの、両親の形見。

 睫毛を伏せる。拍子に、灰色の瞳が陰った。


 ユキは、知らない。

 ――クロードが、彼の世界にいる頃からずっと、ユキを見つめていたこと。

 そして。

 ――ユキは、今いる世界に迷い込んだわけではなく、クロードが召喚したこと。

 ゆえに、普通の迷い人は異世界渡りした時に言語が通じず、保護されるまで困り果てるが、ユキは世界を渡っても言語に困ることはなかったのだ。クロードは、ユキが言語に困らないよう、召喚魔法陣に言語の魔法を組み込んだから。

 そのことを――クロードはきっと、ユキに話すことはない。

 なによりも、ユキに嫌われることを恐れる彼だから。



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