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ある脇役の選択  作者: 梅雨子
ある脇役の選択
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2の(1)

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 スノー・ブルック。本名 小川オガワ ユキ

 白いながら黄みを帯びた肌と黒髪黒瞳を持つ、れっきとした日本人女性である。

 その世界は、異世界からの迷い人が多いため、養子縁組の制度が整っていたし、異世界人が迫害されることもなかった。というのも、異世界人はいずれもその世界の人と姿形、生体など大きく異なることがない、というのも要因だろう。

 ユキは、日本人らしい彫の浅い顔立ちをしており、身長も日本人女性の平均並みであった。

 生憎、ユキのいる国は西洋人に近い容姿の人々が多数を占めるため、彼女は小柄に分類される。


 その世界と地球とで大きく異なることがある。

 それは、この世界には魔法が存在するということだ。

 魔法は医療・戦闘において主に使用されるが、この世界の住人皆が皆使えるわけではなく、素養を持つものしか扱えない代物。さらにいうならば、当然ながら魔法が存在しない地球の元住人であったユキに、それは使えないのである。

 ”大きな力”といえる魔法は、使い方によって悪しきものにもなりうるから、魔法の素養がある者は、国立学院へ入学せねばならない。そこで、理から制御、果ては治癒から攻撃魔法まで、様々なことを学ぶ。


 さて、話が飛んでしまったが、ユキはその国立学院高等部の教師をしている。

 専門は地理歴史。

 国立学院高等部では、主に公務員の養成を目的とし、魔術師を養成する魔術科、騎士を養成する騎士科、官吏を養成する普通科とがある。

 ユキは魔法が使えず、騎士の訓練も受けた事がないため、普通科に所属し、一年を担任にもつ。とはいっても、教科としては魔術科、騎士科一年の地理歴史も受け持ってはいる。



「……ユングくん、今は歴史の授業中だから、歴史の教科書を開いてほしいのだけれど」

 普通科一年の教室。

 ユキの困惑した声が静かに響いた。

 ”ユング”と呼ばれた少年は、ユキを一瞥することもなく、読んでいた本の頁を捲る。

 彼の手にある本は分厚く、なにかの専門書であることは見てとれる。自主的な勉強は好ましいことだが、今は授業中である。自習の時間ではない。

「ユングくん」

 もう一度、名を呼ぶ。今度は少しだけ声を大きくして。

 その最中も、教室内では皆二人のやりとりを興味なさげに見やるか、はたまた教科書やノートに視線を落としている。もう既に、いつもの光景となってしまったからだ。

「ユングくん、先生が困ってるわ」

 助け舟を出したのは、かわいらしい鈴の音のような声を持つ少女。

 彼女はリリィという名の女生徒で、クラスのアイドルである。男女問わず好かれる彼女と、彼女を取り巻く周囲を初めて目にした時、(本当に逆ハーレムなんてあるんだ)と妙に関心したものだ。これがカリスマ性というやつなのかもしれない。

 すると、ユングは大きく嘆息したかと思えば、本を閉じて席を立つ。

「……体調悪いんで、保健室へ行きます」

 底冷えした声で告げ、彼はそのまま扉へと歩んだ。

「ま、待って!」

 追いかけたのは、リリィ。彼女は、クラスに馴染もうとしない彼をいつも気に掛けている。だから今回も、放っておけないのだろう。

「あ、ユングくん、リリィさんっ」

 ユキは慌てて声をかけるが、二人の姿は既に教室になかった。

 二人の消えた出入り口を見つめる生徒達。しかし、一部の生徒は冷ややかに授業の再開を待っていた。

(……胃が痛い)

 教師生活一年と半年。初めて担任を受け持って、半年。

 昨年の教師生活一年では、さほど苦労もなかったが、今年はそうもいかない。なんといっても、ユキのクラスにはトラブルメーカーが二人ほどいるのだ。それはこの半年で嫌というほど分かった。

 リリィは学科学年問わず男子生徒から人気があり、さらに一部を除く女子生徒からも憧れの眼差しを向けられる。いわゆる、逆ハーレムを築いているのだ。真面目で明るく、天然。いつも一生懸命な姿は好感が持てる。クリーム色のような淡い金髪はふわふわと緩やかなカーブを描き、小動物のような愛嬌を感じさせる。ただし、彼女はおせっかいという欠点も併せ持ち、結果、いつもトラブルを引き起こすか、巻き込まれる。担任教師としては、悩みの種の一つだ。

 次に、ユング。彼は大人に対し冷笑的な態度を示す。彼の家庭が原因らしい。ユングの家は古くから続く伝統芸能を継承する一族で、ユングを一族の型にはめようと雁字搦がんじがらめに、それこそ将来から結婚相手まで縛り付けているそう。それが彼のためだと口にしながら。ユキが潔さを感じたのは、ユングの両親は仮面夫婦を演じることなく、それこそ厳しく彼に接する在り方。ユングは厳格な両親から愛情を感じ取ることができないのだろう。けれど、結局一族の手中から抜け出すことのできない彼は、ささやかな反抗を繰り返すのだ。

 ――つまり、この二人の担任であるユキは、幾度となく、この二人によるトラブルのために校長、教頭、関係者の親からお叱りを受けてきた。


 ユキは生徒たちに悟られないよう、鳩尾にそっと手を当て、小さく溜息を吐く。

 リリィとユングを追いかけることは、すなわち授業を放棄すること。つまり、授業は遅れるし、リリィとユングのために他生徒の学ぶ権利を害することに成り得る。

 キリキリシクシクと痛む胃。心因性のもの。この痛みもあと半年は付き合うことになりそうだ。諦めるしかあるまい。

「……授業を再開します」

 ユキは、二人を除く生徒たちを選ぶ。

 歯を食いしばることで苦痛に耐え、まっすぐ正面を向いた。




***   ***   ***




 昼休みになると、ユキは決まってある場所へと向かう。

 保健室である。

 ガラリと扉を開けると、「いらっしゃーい」「お疲れー」という複数人の声が出迎えた。

「~~お疲れ様です、皆さん」

 くしゃりと顔を安堵の色に歪めながら、部屋の中央に置かれたソファへと腰を下ろす。

 この学校の保健室は二部屋からなり、一部屋は病人・怪我人用の寝室、もう一部屋は主に養護教諭が常在する面談部屋となっているため、養護教諭用の仕事デスク以外に、テーブルとソファが用意されている。

 ちなみに、昼休み、いつも保健室にいるのはユキを含め四人。ユキ、養護教諭 ウィル=トーマ・ダントン、魔術科二年の担任 キルシェ・ベル、騎士科三年の担任 フェルゼン・ヴァルトである。それぞれ担任らは悩みを抱え相談に訪れ、ダントンは悩みを聴くのだ。

 いつもこの時間、このメンバーで集まり、各々の悩みを吐露する。

「……鬱だ、死のう」

 そう言ったのは、ヴァルト。三十代前半のなかなか理知的な容姿だが、槍術や剣術を教えるのではなく、騎士道といった知識面を教授する立場であるため、筋骨隆々ではない。

「どうされたんですか、ヴァルト先生」

 穏やかに、ダントンが問うた。彼は四十代後半のふくよかな体型で、サンタクロースのような人である。

 購買で買ったであろうカニクリームコロッケパンを頬張りながら、ヴァルトは嘆き始めた。

「また……また、教頭に呼び出されまして。うちのクラスのキャロルがまた、男子生徒に迫られたそうで。ていうか、キャロルは男ですよ? 騎士科は男所帯ですが、一割くらい女子生徒もいます。現に、逆ハーレムを築く女子生徒もうちのクラスにいますが、彼女は女王のようなタイプなので、教頭に呼び出されるような事態にならないんですよね……。だから安心していたのに……まさか……まさか男子生徒のキャロルが狙われるとは……っ」

「ああ、キャロルくんって、ヘタレ系の男の子よね」

 思い出したように呟いたのは、ベル。彼女は二十代後半、勝ち気な外見で姐御肌の、優秀な魔術師である。今は若干やつれ気味ではあるけれども。

「そうです。今年で五回目! なんで毎回教頭をはじめとした、見られちゃいけない人に見られるかな……。ていうか、騎士科ゲイ多すぎ……」

「げ、元気出してください。大丈夫ですよ! 私もよく教頭先生に怒られてます!」

 なにがどう大丈夫なのかわからないが、ユキはとりあえず慰めた。

「そうですよ、わたしもよく怒られてるし!」

 ベルも続く。

 が、直後、三人して沈鬱に俯いた。三人の周辺だけ、空気はどんよりと暗く、重たい。

「ブルック先生のところは、リリィさんとユングくんだっけ……」

 ベルの問いに、ユキは頷いた。

「……はい。今日も二人で授業の途中いなくなっちゃって。案の定、二人共保健室に来た気配ないし……。ベル先生のところは」

「カノンよ。あの男、スカした顔してハーレム築いてんのよ。しかも取り巻きの女子生徒、倫理観おかしい! 『彼に抱かれるなら、遊びでもいいっ』って!! ないわーほんっとないわー主に夢が! 白馬の王子に一夫多妻は認めない!! そもそもこの国は一夫一妻制じゃボケェッ!! 愛人か!? 愛人なんかゴルァアアア!!!!」

 食堂の魚介たっぷりパエリアを貪りながら激昂するベル。

 一方、ヴァルトはこそっと暴露した。

「ベル先生、最近彼氏に捨てられたらしくて。二股どころか六股かけられてたそうです」

 ユキは手製弁当を口に運びつつ、小さく驚くのみに止める。ダントンは返答せずに苦笑を漏らす。

 とりあえず、三教師の悩みは尽きないのだ。

 この三教師の唯一の救いは、講義タイプの授業は午前のみ、午後からは演習や実習、研修という時間割になっているため、午後は問題児たちとホームルームまで関わらずに済むことだろうか。



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