04 時間帯を考えろ
夜。アニーは震える身体を縮こまらせながらベットに寝ていた。
昼間あの子供に殺されかけた記憶を何度も想起していっこうに眠気が来る様子が無く、心臓が痛いくらいに鳴っていた。
暗闇の中、扉を一点に見つめひたすら朝が来るのを待つ。
キシリと音がして飛び起きる。
アニーは息を潜めじっくりと周りを見渡す。
暫く時間を置いて、ただの家鳴りだったと確認しまたベットに潜り込む。
今晩はこの繰り返しだった。
ずっと同じ体勢を取っていたので次第に窮屈さを感じたアニーは、屈めていた身体を伸ばす。
するとひやりと冷たいものが肩に当たった。
その感触を認識し叫ぶよりも早く口を塞がれ数秒間、息の仕方を忘れてしまった。
「私はご主人様にルシオ・ディ・リエンツォと呼ばれている物である。私はアニーと交友関係を結ぶべくこの部屋に赴いた。危害を加えるつもりはなく、提携を望んでおり、対立することを良しとしていない。理解は可能か?」
静かに張り詰めた空気の中、抑揚の無い声がアニーに言う。
アニーは硬直した脳に空気を送るべく停滞していた呼吸を再開させ、小刻みに頷いた。
すると緩慢な動作でアニーの口を塞いでいた手が離れる。
一呼吸置いて少し冷静さを取り戻すと、冷たい夜風が肌に当たるのが分かった。
どうやら窓から侵入して来たらしい。
はためくカーテンから月明かりが入り込み相手を照らす。
体躯の良いその男は体中に布を巻いていて、夜の闇に溶け込むような不気味さを醸し出していた。
「コゼット・バルディーニがアニーの生命維持を絶とうとした事を私は遺憾に思う。よって今後、
コゼット・バルディーニの行動を抑制する役目を私が担うことでアニーの精神的苦痛を収拾、緩和させることを提案する。アニー、回答を」
「い、あっ……回答?」
「私は私が完璧に近付く過程で人間の存在を必要としている。私はアニーの勤務継続を望む」
「……守って、頂けるんですか」
「その認識で問題無い。アニーが存在することによって私が得られる利益を私は最優先事項と考える。故にコゼット・バルディーニからアニーを保護する事もやぶさかではない」
「そ、うですか。良く分かりませんが、それなら…」
お願いします。
ぼんやり答える。
巻かれた布の間から鋭い目がアニーを捉えた。
「了解した。私は私の利益のためアニーの生活に支障をきたさない事を確約する」
慣れた動作で男は窓の外へ姿を消した。
アニーは判然としないまま、それでも何かしらの後ろ盾が出来たことをなんとなく理解した。
それが安定したものだと思えないが、憔悴しきったアニーの脳はそれ以上考える事を放棄したかのようにぷつりと意識を途絶えさせた。
そして泥のような眠りがやってきた。
小さい頃からアニーは本が好きだった。
村の人たちから色々な話を聞いたり本を借りたりするのが好きだった。
文字という文字を、文章という文章を消化するのが好きなアニーはいつの間にか「こまっしゃくれたガキ」と皆から言われるようになった。
誰かと口喧嘩になれば、相手が年上の人でもアニーは必ず相手を言い負かすことができた。
「人生は本のように上手くはいかんもんだ」
色々な話を聞かせてくれる近所のサンドラお婆さんは、アニーにお話しをしてくれた後必ずそう付け足した。
アニーは物語を聞き終えた後そんな話しをされると盛り上がった気分に水を差されたようでとても不愉快だった。
――そんな思い出を閉じ込めたような夢の中で、サンドラお婆さんがアニーの頭を撫でる。
「人生は本のように上手くはいかんもんだ」
いつもの台詞を優しく伝えながら。