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02 貴婦人ヅラが気に食わない



アニーは最低限必要な荷物をまとめた後、唇に赤い紅を引き、簡素だが相手に失礼にならない白いワンピースを着た。

まるで死に化粧だ。

厳しい門を通され、入ってすぐの所に人影があり思わずびくついてしまった。

杖を付いた男がこちらへ近づいてくる。


「お前が新しい奴か。てっきりまた男が来ると思ったが」


薄暗い屋敷内の、天井まである窓から差し込む光が男を捕らえる。

鳥のくちばしの様な鼻。ついでのように付いている小さな口。

ぎょろりと剥いた目は何を見ているのか分からない暗さがあり背筋が寒くなる。

クセのあるこげ茶色の髪は手入れがされていない様子で、がさがさしていた。

若くも無いが初老という年齢でも無さそうだ。容貌が容貌ゆえ、図りかねた。

アニーは眉間に皺が寄りそうになるのを必死で堪えて、これから自分の主人になるであろう男の目を真っ直ぐ見返す。

醜さゆえに国を追い出された輩だ。

もしその容姿に何かしら意見や不満など呈しようものならどんな仕置きをされるか分かったものではない。

来て一日目で死にたくなど無い。


「アニーと申します。これから使用人として誠心誠意、勤めさせて頂きます」

「誠意など塵程も期待しておらん。お前は労働を提供すれば良い」


返された言葉に内心で舌打ちをした。

それを悟られないようにアニーは、顔に無表情を貼り付ける。

領主が大声で誰かを呼ぶと、細かな装飾の施されたドレスを纏った貴婦人が奥から姿を現した。

ふわりと微笑んだその人は確かに絵になるような美しさだが、美しすぎてどこか空々しく、特に瞳などあまりにも綺麗すぎる飴色で、その完璧さがガラス玉のような印象を持たせる。

金の髪を後ろに束ね、しとやかに歩くさまはまさにお貴族様そのものだが……。

こんな身分の高そうな女が、なぜ没落貴族もいい所の領主の傍に居るのか。


「わたくしはイライダ・ベクマン・シチェルビナ。

 イライダと呼んで頂いて結構よ。貴女のお部屋に案内するから、付いていらっしゃいな」


アニーの返事も待たずに貴婦人は歩き出すので、慌てて後を追う。

時間を置いて気付いたが、なぜ屋敷内だというのにイライダは日除け傘を差しているのだろうか。

時折遊んでいるかのように白く清楚な傘がくるくる回る。

両隣に庭を挟んだ風通しの良い廊下を過ぎると、飾り気の無いドアが無機的に並んでいた。

出口手前から2番目がアニーに充てられた部屋のようで、アニーより一足先に到着していたイライダがアニーを待つようにその扉の前で佇んでいた。


「ありがとうございます」


お礼を言って部屋に入ると、予想していたよりも数段整っている部屋にアニーは混乱した。

物置のようなカビ臭い場所へ案内されるものとばかり思っていたのに、随分と待遇が良い。

それに対して微妙な居た堪れなさを感じイライダの方を向き直す。

だが向き直った直後、首元の服を掴まれ壁に押し付けられた。

大きな音を立てて壁にぶち当たった背中は咽そうな痛みを訴えている。

アニーを押さえ付けながらイライダは、その美しい顔をぐしゃぐしゃに歪め今にもアニーを殺さんばかりに睨み付けていた。


「殺す。覚えておけ。ご主人様にご不便な思いをさせたら殺す。危害を加えたら殺す。害意を少しでも持っていたら殺す。――色目を使ったら殺す。てめぇみたいなガキが、わたくしのご主人様に近づくこと自体が腹立たしいが、人間でなければ出来ない加減というものがあるとご主人様が言うから生かして置く。だが殺す。お前が妙な動きを見せればすぐ殺す」


お分かり?と問われてなんとか「はい」と声を絞り出し、答えた。

そこでようやく開放される。

痛みと吐き気が同時に襲ってくる感覚がまだ残っていて自然と涙が出そうになる。

だがその涙を、口の中をめいいっぱい噛んでアニーは耐えた。

ここで泣いてしまうのはあまりに惨めだ。


「さっさと動きなさいな。貴女の仕事はぼんやりしている事ではないでしょ?」


また先程のような柔らかな対応になるイライダ。

出てって欲しいなら出て行くけど、と喉まで出掛かった言葉を飲み込む。

一日でも長くここに、私は居なければならない。

頭が狂っているというだけで領主も人間なのだ。いずれ寿命が来る。

アニーは14。

40歳まで働けるとして、26年は稼げる。

いや稼がねばならない。

領主が死ねば生贄を差し出す必要性が無くなる。そうすれば、村人はもう何も恐れなくて良い。

早く死ね。

アニーは痛みが収まるのを待たず立ち上がる。

こいつも領主もさっさと死ね。

それまでせいぜい、私が面倒を見てやる。

だから早く死ね。

微笑を機械的に浮かべたままの貴婦人を視界の端に捕らえながら呪いのように繰り返す。

頭が沸騰していて、その時のアニーはイライダの言った「人間でなければ出来ない加減」という言葉の意味を深く考えなかった。

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