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その終焉に手向けの花を  作者: Hatsuki
第2章 緑陰の調律者

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03.癒しの先





 予想はしていたけれど、やはり緑陰に入って行ったか。


 遠目に緑陰の中へと駆け込んだルリアネの姿を確認したロウェリーは、ふぅと小さく息を吐いた。


 ここなら問題に巻き込まれることはないだろう。

 それにしても、彼女の足の速さは意外だった。

 まさかあんなに速く走れるなて……。

 2階の窓から外へ逃げ出したことといい、常人よりも身体の使い方が上手いのかも知れない。


「アルシェさん。隠れていないで出てきてください」

「!……」

 

 しばらくして物陰からじっとこちらの様子を窺っている小さな影へ、ロウェリーは落ち着いた声で話し掛ける。


 こんなに早くロウェリーに見つかるとは思っていなかったのか、アルシェは驚いたように肩を振るわせると、決まりが悪そうな表情で物陰から出て来た。


「アルシェさんもルリアネさんを追いかけて来たのですか?」


 ロウェリーは地面に膝をつき、目の前にまで来た少女の視線に高さを合わせる。


 翠光の間を出てすぐ、後を追いかけて来るこの少女の気配に気付いてはいたが、主君の命の下、ルリアネさんを優先したが、無事にアルシェもここへ辿り着けた事に安堵する。


 まあ、()()()()()を持ったこの子が危険な目に遭う事はそうないかもしれないけれど……。


「私たちも中へ入りましょうか」

「……」


 こくりと小さく頷き、アルシェはロウェリーと共に緑陰の中へと入った。

 緑陰の建物内に足を踏み入れた瞬間、まるで清らかな森の中に入ったかのような清々しい空気に包まれる。


「あら、アルシェさんとロウェリーさん。こんにちは。

お二人でお越しになるなんて、なんだか珍しいですね」


 緑陰の中に入ってすぐ、ロウェリーたちは書類を抱えたラリナと鉢合わせた。


「こんにちは、ラリナ。ルリアネさんは中に?」

「ええ。なんだか切羽詰まった様な、泣きそうな顔をして、精霊の揺籃(インキュナブラ)の方へ走って行きましたよ。今はおそらくオルトゥスの間でアーキビスト様と話してるかと」

「オルトゥスの間に?」

「ええ。普通ならこちらからの意志では入れないはずなのですが、ルリアネさんは自分の意志で入れたみたいです」


 それともアーキビスト様と約束があったのかしら?

とラリナは首を傾げた。


「とりあえずルリアネさんが戻って来るまで、ゆっくりして行ってください」

「ありがとうございます。そうさせていただきます」


 ラリナに促されるまま、ロウェリーとアルシェはロビーの椅子に腰を下ろした。


 


 ◇ ◇ ◇


 


 透き通るような新緑に囲まれ、心地いい風が頬を掠める。

 暖かい陽の光に照らされ、木陰から零れ落ちる光が舞う。


「まだ、泣き止みそうにないな」

「……うん。……ごめん、もう……少し、かかるかも」


 まだ溢れ出す涙を服の袖で拭う。


 泣き止みたいのに涙が止まらない。

 どうして、こんなにも悲しい気持ちになるんだろう。

 それに忘れていた何かを思い出すような、この感覚は何?


 精霊の揺籃(インキュナブラ)の根元に背中を預け、膝を抱えて顔を埋める。


 私が異世界から来たことを知っているのはルジストとリティスだけだから……ついここに来てしまった。


 リティスとは気配というか、どこか繋がってるような感覚はするけれど、まだ依代がないから、いつまた姿を現してくれるかわかないから──


 まだ嗚咽を繰り返すルリアネにそれ以上言葉を掛けることなく、ルジストは隣で淡々と作業を続けた。


 


 ◇ ◇ ◇




「すごい顔になっているぞ」

「ゔぅ……そんなにかな?」


 長時間泣き続けた事により、目元と鼻頭を赤く腫らしたルリアネの顔を見るや、その両頬を両手で挟み、ルジストは物珍しそうに見つめた。

 一方のルリアネはされるがまま、抵抗する気力も残っていなかった。


 どうして、こんなにも胸が張り裂けそうな感覚になったんだろう?


 この世界の事やフィオネス家……ひいてはフィオネス家当主のことなんて、全く知らない筈なのに。

 どうして、とてつもなく大切な者を失った様な感覚になったんだろう……。


 正直、ルジストに初めて会った時に、元の世界には帰れないと言われた時よりもショックだった。

 どうして、見ず知らずの人の筈なのに、こんな気持ちになったんだろう──


「……ルジスト。そろそろ離して。もう帰らないと」


 いまだ頬に触れたままのルジストの小さな手にルリアネは自分の手を重ねる。


 ここに来て何時間経ったのかわからないけれど、そろ

そろ戻らないと心配するかもしれない。


 そう思った矢先、ルリアネはピタリと動きを止めた。


 心配するって、一体誰が?


 この世界に()を知っている人は誰もいないのに──


 ふいに恐怖にも似た、どす黒い孤独感に包まれるような感覚に、ルリアネはそれを断ち切るように、ぎゅっと目を瞑った。


 いけない。

 泣いてメンタルもかなり弱くなってる。

 このままダメなことばかり考えるよりも、もっとこれからのことを考えないと。


 折角、緑陰に来たんだから、クレイヴさんのところに行って、装備とあのピアスとイヤーカフを受け取らないと!

 依代が完成したら、きっとリティスも来てくれる筈だから。


 挫けそうになる心を必死に鼓舞して、ゆっくりと目を開くとルジストの若葉色の瞳と目が合った。


 見た目6歳児くらいの可愛い顔に、少しだけ毒気が抜けた様な気がする。


「お前、その顔で帰るつもりか?」

「?そうだけど」

「うむ……これは、このままその顔であのガキの元へ戻すとなると、今度こそ、ここに乗り込んでくるかも知れない」

「?」


 ガキって……。

 一体誰の事を言っているんだろう。


 ルリアネが首を傾げていると、不意に視界を小さな手で塞がれた。


 驚いて非難の声を上げようとした途端。

 じんわりとあたたかいものが、小さな手から流れて込んでくる感覚に、ルリアネは動きを止めた。


 その温もりはやがて全身に馴染むように染み渡り、やがてゆっくりと消えた。


 それと同時に小さな手が離れ、再びルジストの顔が間近に現れる。


 不思議と、さっきまで重かった瞼が軽くなった様な気がする。


「いま、のは……?」

「あまりに酷い顔だったから、治しておいた」

「治しておいたって……今のが、魔法?」


 そんなひどい顔だったのかな?と自由になった顔を指でなぞるルリアネにルジストは自慢気に鼻を鳴らした。


「ああ。治癒魔法だ。さっき、お前の中に何かが流れ込んでいく感覚がしただろう。それが私の魔力だ」

「魔力……?」

「そうだ。魔力とは、神がすべての生命に与えた祝福(ギフト)だ」





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