第5話:表情
レジに立っていると、 顔を見るつもりがなくても、 目に入ってしまうものがある。
声の調子とか、 歩く速さとか、 商品を置くときの手の動きとか。
意識して覚えているわけじゃない。 ただ、毎日見ていると、 少しずつ違いが分かるようになる。
あの人も、その一人だった。
同じ時間に来て、 同じ棚に向かい、 だいたい同じものを買う人。
今日もレジに来た。
「お願いします」
いつもと同じ言葉。 同じ声。
なのに、 なぜか少しだけ印象が違った。
何が違うのかは分からない。
急いでいるわけでもないし、 特別機嫌が良さそうでも
ない。
ただ―― 少し楽そうに見えた。
理由は、思いつかなかった。
疲れていないように見えた、 とも違う。
肩の力が、 ほんの少し抜けているような。
そんな感じだった。
会計を終えて、 商品を渡す。
その人は軽く会釈をして、 いつも通り店を出ていった。
自動ドアが閉まる。
それだけのことなのに、 しばらく視線が入口に残った。
人の表情なんて、 ちゃんと見ているわけじゃない。
変わるものでもないと思っていた。
でも、 さっきの違いは、 気のせいじゃなかった気がする。
理由は分からない。
分からないまま、 次の客の「すみません」が聞こえて、 意識はすぐに戻った。
レジの前には、 いつも通りの日常が続いていた。




