竜の咆哮と、銀の沈黙
言語は、神から人類へ授けられた特権である。
魔術の詠唱、精霊との契約儀式、術技の発動――この世界のあらゆる力には「言葉」が必要であった。
それはメリクリウス教団の教えであり、この地に生きる人間にとって、疑いようのない普遍の真実である。
言語の統一、魔法体系の確立、そして戦闘技術の発信。
世界の均衡化を果たした絶対的な宗教組織。
その実績こそが、メリクリウス教団が世界〈アイテリウス〉の実権を握る理由に他ならない。
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大陸南部、セウロハのヴァル領に一人の悪徳貴族がいた。
領民から絞り上げた税を湯水のごとく私欲に注ぎ込み、異を唱える使用人は容赦なく追放する。周囲に置くのは、己に阿る者ばかり。
嘆願を握りつぶし、苛烈な悪政を敷き続けていた――だがその時、絶望が空から舞い降りた。
竜の来襲。
その報を受けた領主が取った行動は、自らが逃げ延びるための盾として、領民と騎士を強制連行するという暴挙であった。
竜とは、すなわち天災である。
狡知と暴虐が翼を得たその怪物は、街や国を一夜にして消し去ると伝えられている。大陸の二大国でさえ、竜の出現報告があれば即座に剣を収め、停戦に合意するほどの脅威であった。
「さっさと行け、この下民が!」
「無茶です、我々では竜に太刀打ちできません!」
「うるさい! 僕が逃げる時間を稼ぐことくらいしろ!」
領主はプライドばかり高く、指揮能力も剣の腕も論外。しかし、竜に対抗するには魔法と聖剣の力が必要であり、持たざる一般人はただの餌に過ぎない。
竜の黄金の瞳がヴァルを見据え、この地が地図から消えることを誰もが確信した瞬間――空が割れた。
虚空に浮かぶ文字。天から降り注ぐ光。
雷の雨が竜を穿つ。
人々が呆然と見上げた先には、一人の人影があった。
全身を黒いローブに包み、青年というには華奢で、少女というには背が高い。少年のような、儚い影。
「セウロハ騎士団だ! 第一部隊、残りの竜を『慟哭の聖剣』殿と共に討て!」
救出に現れたのは王都騎士団。そして、教団が授けた最高位の称号『七聖剣』を冠する者――アレクシス・ボルク。
言葉を発することなく魔術を展開するその姿は、神の特権を否定するかのような禁忌の異端。
世界の断りから外れた、ドラゴンスレイヤー。




