真夏の夜の怪異
僕の名前はキンタ、此の小学校に住み着いてる子狸の霊。
昔、お母ちゃんお父ちゃんと逸れてキュンキュン鳴いていたとき、心無い酔っぱらいに蹴り飛ばされて殺された。
殺された時、偶々学校の敷地内を巡回していた金次郎お兄ちゃんに保護されたんだ。
酔っぱらいは金次郎お兄ちゃんに怒鳴られて悲鳴を上げながら逃走したんだけど、途中で肥溜めに落ちてくそ塗れになってたって後から金次郎お兄ちゃんが教えてくれた。
キンタって名前は金次郎お兄ちゃんが付けてくれたんだけど、最初は金次郎お兄ちゃんの金から付けてくれたんだと思ってたんだけど違ったんだ。
子供たちが歌ってた、「〜きんた○〜風も〜」を聞いて、まさかねと思いながら念の為に金次郎お兄ちゃんに聞いたんだよ、そうしたら金次郎お兄ちゃん僕の問いかけに答えずに目をスーと逸らしたんだよ、失礼しちゃうよね。
此の学校には金次郎お兄ちゃん以外にも、学校に通う子供たちにオバケって言われている物の怪が多数いる。
理科室にいる人体模型の人さん、音楽室で夜になると勝手に演奏を始めるピアノのPちゃん、夜の帳が降りたあと階段の段数を数えると、何度数えても同じ数にならない階段のダンさん、トイレの扉の下側から覗いているトイレの花子さん、1階の全校生徒の靴箱の近くに身だしなみを整えるように置かれている大きな姿見鏡の鏡お姉さん、お姉さんだからね、間違ってもBBAって言っちゃ駄目だからね。
後は、体育館にいる夜になると勝手に転がったり飛び回ったりしているボール君たち。
こんなにいるんだけど、皆んな夜しか活動しないんだよ。
だから朝だろうと夜だろうと遊び回っていたい僕は昼間は凄く暇なんだ。
それで仕方が無いから昼間は天井裏や床下から子供たちと一緒に授業を受けている。
何十年も1年生から6年生までの授業を繰り返し受けているから、今6年生のテストを受けさせてもらえれば結構良い点取れると思うんだ。
僕が一番楽しみにしてる時間は放課後。
校舎と校門の間の花壇の中で子狸姿でキュンキュン鳴いていると、優しい子供たちが給食の残りのパンを分けてくれたり、撫でてくれたりするからなんだ。
でも中には、僕を見つけると石を投げつけたり棒で殴ろうとしたりする者もいる。
此奴らはそれを止めさせようとする優しい子供たちに、暴力を振るったり虐めたりするから何時か此の虐めっ子グループに仕返ししてやろうと思う。
その機会は直ぐ訪れた。
僕たちは学校に住まわせてもらっている物の怪だから、ちゃんと学校に貢献してるんだよ。
夏休みに入ると子供たちのグループが、学校探検とか学校のオバケ退治だとかって名目で夜忍び込んで来るんだ。
子供たちが忍び込んで来ても、子供たちがその名目通り探検してる間は僕たちは大人しく見守っているだけなんだけど、何も面白い事か起こらないって分かると大抵の子供たちは悪戯しようとする。
学校の備品を壊したり悪戯書きをしたり、備品や他の学年やクラスの子供たちの忘れ物を持ち帰ろうとしたりとかね。
それは僕たち学校に住まわせてもらってる物の怪にとって看過出来ない事。
だから子供たちがそれを始めたら僕たちは懲らしめる為に動き出すんだ。
それでさっき言った虐めっ子のグループが、夜、学校に忍び込んで来たんだよ。
最初は今まで探検に来た子供たちのように、理科室や音楽室など校舎のアチラコチラを見て回っていただけだったんだけど、何も起こらないって分かって目的が悪戯に変わった。
「何も面白いこと起きねーな」
「ナアナア、どうせ来たんだから先生たちの机に悪戯書きしてやろうぜ」
「あ、それおもしれーな、やろうぜ」
虐めっ子のグループは職員室にゾロゾロと入って行く。
「なに書く?」
「面白おかしく似顔絵書こうぜ」
「それ良いな」
虐めっ子グループのお喋りを断ち切るように音楽室から、『ポロロン〜』とピアノの音が聞こえて来た。
「オイ、今、ピアノの音聞こえなかったか?」
「聞こえた、誰かいるのかな?」
「誰か見てこいよ」
「1人で行くなんて嫌だよ、皆んなで行こうぜ」
「そうだな、皆んなで行こう」
今度は校舎の外から金次郎お兄ちゃんが怒鳴る。
「コラー! 誰かいるのかー!」
その怒鳴り声を聞いて、虐めっ子グループのリーダーを先頭に虐めっ子グループは慌てて職員室から出て行こうとした。
だから僕は大狸に変身して虐めっ子グループが出て行こうとした扉の前に陣取る。
扉が開けられ僕のお腹に虐めっ子グループのリーダーの顔が突っ込む。
リーダーは「何だ来れ?」って言いながら僕のお腹を触って来たんで、身を屈めてリーダーを睨みつけ大きな牙を見せつけるようにしながら怒鳴った。
「オイ! 小僧! 儂の腹をくすぐるな!」
リーダーは驚愕な顔で身体を硬直させて僕の顔を凝視したあと、白目になって泡を吹きながら後ろに倒れ込んだ。
リーダーに続いて職員室から出ようとしていた虐めっ子グループの他の子供たちは、倒れ込んで来たリーダーをその場に放り出し。
「「「「ギャアァァー!」」」」
悲鳴を上げながら他の扉から転がり出ると、てんでんばらばらに逃げ散って行く。
校舎内の巡回を日課にしてる人さんに追いかけ回されているのか、虐めっ子グループの悲鳴が校舎のアチラコチラから響き始めた。
ダンさんが階段の段を無くしてスロープにした所為で、滑り台のようになった階段を転がり落ちる子供の悲鳴。
体育館に逃げ込んだ子供が、飛び回るボールを全身に受け悲鳴を上げながら逃げ回る。
出入り口近くまで逃げ出せた虐めっ子の1人は鏡お姉さんの鏡の中に引きずり込まれ、悲鳴を上げながら無限に続く廊下を出口を求めて何処までも走って行く。
トイレの個室に逃げ込みホッと一息付いた子供は、隣の個室の隙間から覗き込む花子さんに悲鳴を上げた。
虐めっ子グループの子供たちに悲鳴を上げさせている僕たち物の怪の面々を鼓舞するように、音楽室からワグナーのワルキューレが校舎内に響き渡る。
その学校中から響く虐めっ子たちの悲鳴を聞きながら僕は、泡を吹いてひっくり返ったままピクリとも動かず腰の周りに水たまりを作っているリーダーを、リーダーの持っていたスマホで撮影していた。
校舎のアチラコチラから悲鳴を上げていた虐めっ子たちの悲鳴が校舎の外からの物に変わったと思ったら、最後に金次郎お兄ちゃんに怒鳴られて虐めっ子グループの子供たちは校外に逃げ散って行く。
職員室でひっくり返っているリーダーを見捨てて。
小便漏らして小便小僧になったリーダーを写した写真はちゃんと、学校中の先生方のパソコンに送っておいたよ。
此の写真を先生方が持っている限り、もう悪さなんて出来ないんじゃないかな?
此の後、虐めっ子グループの子供たちの親がお巡りさんと学校に来たけど、結局、悪戯目的で侵入した子供たちが良心の呵責から何かを見間違えて校舎内を走り回った、って事にされる。
そんなんで良いのかな? って思ってたら、金次郎お兄ちゃんが理由を教えてくれた。
僕は覚えてなかったんだけど、そういう事に無理矢理した市長さんも市の教育長さんも、警察署の署長さんも皆んな皆んな過去に学校に忍び込んで僕たちに追いかけ回された事があって、その時の証拠が歴代校長先生が管理している金庫に保管されているから、僕たちが公にされる事は絶対に無いんだって。