おまけ1 冬のこたつと絵葉書
現在仕事や様々なことと並行していて本文に集中しにくいため、短編です。
本当は本編に入れたかったのですが、すっかりこのエピソードを忘れていました。しかも現在本編『下』は、年越ししてしまったのでおまけとして加えました!
「……うわ。尚香さん何してるの?」
金本家の居間のこたつで、余計なことを言うのはいつものこの男。
「……見て分からないの?」
「……俺、その世代じゃないし。知らないし。」
「…………ばかみたいに昔の文化も知ってるくせに何言ってるの??」
「え~。知らなーい。」
尚香が作業しているのは、来年の年賀状である。
お父さんの趣味仲間で毎年絵手紙を送り合っているのだ。相手が目の衰えや加齢で辛くて年賀状を出さなくなっても、喜んでくれる人には出している。ただこの時代、おじいちゃん世代でも、返信はレインで来る場合も多い。
お父さんが特殊な紙に絵を書いたので、住所を確認してお年玉付きの年賀切手を尚香が貼るのだ。
「章君はこたつに足入れないで。」
「え?それ何の拷問?寒いんだけど。」
「女の人は冷え性が多いの。章君はどうせ冬でも外走ってるし、丈夫でしょ?」
「か弱いよ?」
「じゃあ、走って来たら?体温まるよ。」
「なら一緒に走ろうよ。」
「………」
絶対に嫌である。
足を延ばさないということでこたつは許してもらった。
「章が来るなら、長方形のこたつにすればよかったな。」
高座椅子のお父さんが言うも、このこたつはもう15年以上前の物で、章が現れるなど予想もしていなかったのだ。
「ねえ、切手ってのりで貼るの?俺、手伝うよ?」
「………いい。章君はそこでみかん食べてて。」
この男のヘタクソな字を思い出し、絶対に手伝わせたくない。
「僕もしたいよ?」
「………」
尚香は無視する。
「………ねえ。……ねえ。」
「……………」
「ねえってば!」
「うるさいんだけど!!!」
「わっ!?」
章だけでなく、お母さんも驚く。
「………尚香。何をそんなに怒るの?やらせてあげればいいのに。」
「……」
この家ではだいたいみんな章の味方である。ムカつくが仕方ない。うるさいよりはいいだろう。
「………なら余計なことしないで、言われたとおりに貼ってね。」
「わーい!!」
「ねえ、これ舐めるの?」
「今の時代はあんまそういうことはしないと思うよ。スポンジに水含ませたから、それに付けてこうやって貼ってね。」
と1枚見本を示した。
「お父さんがきれいな絵を描いてるから、反対のこの場所にこの見本の通りにキレイに貼ってね。間違えないように。見本の通りね!」
念を押す。
「尚香さん怖い……。お局さん?」
「……………」
やはり無視をしておく。
それを聞いて葉書の裏を見ると、きれいな花や野菜が描かれていた。
「……………」
章はじっと見ている。
「これ、おじいちゃんが描いたの?」
「そうだぞ。」
鉛筆と水彩画のような書き味。
「すごいね………。俺、この魚のと、お茶のが好き。家にあるのだ!」
この家で使っている、急須と湯呑みだ。
「これだ!」
目の前にある、尚香の湯呑みである。そんな物が絵になるなんてちょっと楽しい。
「これは、カリンジュースの瓶!」
「こっちは章のヴァイオリンだぞ。」
「………ほんと?」
1枚を見ると、章のケースに入ったままのヴァイオリンが描かれている。
「それは道さんに。」
「……!」
うれしそうだ。
「おじいちゃんありがとう!」
「…………」
しかし尚香、この男のすることすることに、不満しか湧かない。
「………あれ?章君、何してるの?」
「……見て分かんないの?切手貼ってる。」
「……あっ!ちょっと、やめなさい!!」
「あっ!」
と言って、取り上げるももう水を付けてしまったので、不意を突いて他のはがきに切手を貼る章。
「あーーーー!!!」
と尚香、叫んでしまう。
「尚香、何なんだ。先から騒がしい。」
「だってお父さん、章君斜めに貼るんだよ!!」
「え?だって、ずっと同じだからちょっと斜めのがあってもオシャレかなって。」
「そんなん、誰も思わないっ!」
「そう?」
「信じられない!人の作品に!!あ!これ、横向きに貼ってある!!」
信じられないことに、文字に対して完全に横向きである。
「………なんで怒るの?」
「なんでって、章君は頼まれたことが普通にできないの??」
「だって90度だよ?1枚くらいそういうのがあってよくない?」
「何言ってるの?1人には1枚しか届かないのにっ。章君は自分の音楽作品に、勝手にカスタネットとか入れられてもいいの?」
「……カスタネットも好きだよ?」
「~~っ!」
何を怒っているんだろうという、とぼけた表情の章に、何を言い返せばいいのか分からず沸騰する。
「…………。」
嫌がらせではなく、章、なぜ尚香がそんなにも怒るのか全然分からない。
「章君!」
「尚香、もういい。」
「だって、お父さん!」
「……出来たのを見せてくれないか。」
とお父さんが言うので、切手を貼ったものをお父さんに渡した。
「………」
1枚1枚、それを見ていくお父さん。
「………尚香。いいじゃないか。3人の共同作業だよ。位置は切手の位置だから、郵便局も困らないさ。」
「……でも……。葉書からはみ出てるのもあるんだよ……」
なんと、3ミリほど葉書からはみ出ている物もある。
「ちょっとだろ、大丈夫。捺印も押せるし。」
「今は、機械処理するって聞いたけど。年賀状減っても繁忙期には間違いないし。困るよ。」
「…章。物によっては明確な規定があるものもあるから、ちゃんと言われたとおりに貼るんだぞ。」
「……はい。」
小さくなっている。
意志を持ってしているけれど、わざとではない。一生懸命何かを頑張っていると、いつの間にか違うことをしているのである。その都度注意を受けないと、同じことをしていられないだのだ。
落ち込んでいるので、いい事を思いつくおじいちゃん。
「そうだ。これとこれは日舞の貴世さんや、岡田さんのところだから章も一言書くといい。」
「お父さん!章君、字、すっごく下手なんだよ!それこそ枠内に書く気もないから!」
「まあいいだろ。貴世さんだから。そこの空いているところに、一言お礼か何か書いたらいい。」
「……!」
うれしそうなので、向かいで尚香が嫌な顔をするも、放ってはおけないのでまずは聞く。
「何書くの?」
「『ありがとうございます。今年もよろしくお願いいたします』」
章にしては非常に常識人なセリフだが、こんな長い文を書かせてはいけない。
「『新春』か『賀春』って書いて、『章より』にしておいたら?」
「…………」
何で尚香さんが決めるの?と不満そうな顔だが、確かにこんな狭い所に長文は、章には危険だ。
「『慶春』がカッコいいから慶春にする。」
「あ、そう。」
尚香に言われるので一旦鉛筆で下書きするも、おじいちゃんの差出人に掛かってしまった。
「なんで、たった2文字がきれいに書けないの?」
「だって、慶春ってすっごく複雑な字だし!」
「……章君、もう新春にしたら?」
と、尚香も怒るのに疲れてて、普通にアドバイスをしておいた。しかも、下書きをしたのに全然それに沿って書かず、やはりヘタクソに書いていた。
「できたー!!」
いつもの倍、疲れた尚香である。
しかし、この男はまた余計なことを言う。
「おじーちゃん。俺も年賀状描きたい!」
「お、そうか。畳の部屋の絵の棚、尚香、分かるだろ。その戸棚に、練習の固形絵の具のパレットがあるからもって来てあげてくれ。青いケースだ。」
こいつ、また余計なことを。と思うも、楽しそうな顔をしているので仕方なく準備する。
「章君、そこのお豆腐の空のパックにお水入れて。」
「……何するの?飲むの?コップでよくない?水耕栽培でもするの?」
「………」
この男、なぜこれが筆洗器だと思わないのか。筆を洗うだけだ。
お母さんも、プーアル茶を淹れ直してこたつに座るので、章が注目される。
「……みんな、見ないでほしいんだけど。」
「何、照れてるの?さっさと描けば?」
と尚香が言うも、数分悩んでいるので他事をして戻って来たら、何か描き終わっていた。
「……章君、それはなあに?コップ?」
「スライム君。」
「……スライム?」
コップらしき黒の線画にエメラルド色のスライムが描かれているも、黒と滲んで汚い。
「……なんか、黒い……」
「そっちの絵の具は不透明アクリルだから、上から描けるぞ。」
と言われ、乾いてからキレイな色を入れると、どうにか顔つきスライム君のコップの絵に仕上がった。
「俺が、家で使ってるコップの一つ。プレゼント。」
「ふーん。」
「あら、かわいい。」
お母さんが喜んでいる。
「章、最後に赤でこういう感じに仕上げよう。その朱肉色。」
「……うん。」
朱印風の名前も書くが、添え物でなく、絵を侵食するくらいデカく書いている。
「…………」
いろいろ言いたい尚香だが、黙っておく。
「尚香さん、これも切手貼っていい?お金出すから。」
「別にいいよ。余ってるからあげる。誰に出すの?」
「与根。」
「あ、与根君ね。唯一のお友達だもんね!」
「…………」
それは言われたくない。章は小中高で与根しか友達がいない。けれど掲示板で、『与根がいるだけで、でも太郎は幸福。俺はいない』と書かれたので、章は幸せ者なのである。
ただし、この葉書では半分嫌がらせであろう。下手過ぎる。
「でも、住所知らないや。」
「名前とか書いて、そのままお正月に渡せばいいよ。」
「この番号は宝くじじゃないの?」
「くじ自体は、切手が使われてなくても大丈夫だから。」
「そうなんだ。でも、投函したい。」
と、スマホで住所を聞いていた。手紙を出すとは言ったが、年賀状ということはサプライズだ。
「あ、尚香さんにも書こうか?」
「………いい。」
これからまた、めんどくさいことをしてほしくない。
時計を見ると、もう夜の7時半だ。冬の夜は深い。
「章君、お腹空いた?鍋焼きうどん作ろうか。」
「食べる。」
4人分のアルミ鍋焼うどんを作るも、それだけでは足りないだろうと、またお母さんが冷凍のフライドチキンを出してくる。章が来るようになってから、ガッツリ系の冷凍食品やパウチの肉がたくさん冷蔵庫に入っていた。お父さんが運動の散歩がてら買ってくるのだ。
「章君、きつね?かき揚げがいい?」
「私のかき揚げをやるから、きつねにしろ。」
「もういいよ。お父さんはお父さんの食べて。」
「全部食べるともたれるんだ。尚香が食べたいか?」
「……章君にあげて。」
そんなふうに、食卓に温かい湯気が湧く。
「尚香さん、クリスマスライブ来てよ。今年はするよ。」
「……いい。忙しい。」
「年末年始は?カウントダウンコンサートもあるよ。」
「去年は仕事だったから、今年の年末は家でゆっくり過ごすから忙しい。」
と、そっけない。
「忙しくないじゃん。」
「尚香、いいぞ。家は気にせず行って来い。」
「お父さんお母さんと年越ししたいの。」
「………ライブ、この前みたいにあそこまで激しくないよ?」
「今年は家で過ごします。」
「…………」
取り敢えず、これまで3回誘ったのであきらめる。
「尚香さん………」
章は優しく笑う。
「…………」
「いつか来てね。真理ちゃんも待ってるし。」
尚香も少し困った顔で、目を合わせずに笑った。
「………うん。いつかね………」
この年、章が金本家に来たのはその日が最後。二人で外のポストにゴムでくくった年賀状を投函した。
道は続く。来年に。
金本家の時計の秒針がチクタクと音を刻む。
それが壁掛け時計なのか、仏壇の腕時計なのか。
けれど、ゆっくり、ずっと、
チッ、チッ、ヵチッ、カチッ、カチッ………と、心拍音のように。
ずっと、ずっと…………
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