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スリーライティング・上 Three Lighting  作者: タイニ
第十一章 捕まえた時計ウサギ

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87 見付けたのに掴めない




目立たない格好、目立たないように端っこに。



そう何度も繰り返し、帽子を整え、洋子は校庭の隅に入る。



日焼け防止と顔を隠すための、つば広の帽子。

無地のパンツスタイルのセットアップに、運動靴。カバンもカジュアルな化繊のショルダー。

サングラスを掛けて、リップもくすんだ色。

爪もベージュ系でイヤリングもしていない。



完璧だった。洋子の中では。


けれど、それが場違いのように目立っていたのだ。



座っていいのかなと、観覧席らしきところの最後尾の椅子に座るのだが、それが既にモデルだ。整った真っ直ぐな長い足。



そわそわじっと待っていると、良子の演目が始まる。

目はいいので、座ったままどうにか娘を見付けた。けれどもう少ししっかり見たくて、少しだけ席を立つ。


そして、良子が気が付き目が合った。

『!』

洋子は嬉しくなり、わあ!手を振ると、良子もサッと手を振る。なんてかわいいいだろう。なんて大きくなったのだろう。




そして、良子は演目後に駆けてきて、洋子に抱きついた。

『ママ!!』


そこまで大きな声だったわけではないが、周りが騒めく。


子供たちが騒ぐ。

『ねえあれ、良子ちゃんのお母さんだって』

『え?お母さん?向こうにいる人じゃないの?』

『すごいねー。きれいで強そうだねー!』

『映画に出てくる人みたい』

『千奈ちゃんのお母さんもあの人なの?』


親たちも噂をする。

『良子ちゃんって親が違うんだ……』

『知らないの?旦那さん子連れ再婚だってば』

『ほんと綺麗な人だね…』

『あんな人と夫婦だったんだ……』

『すっごい奥さんだったんだね……。ちょっと女性でも目がいっちゃう。』

『結婚に向かなさそうな感じ』

『良子ちゃんは犬みたいにコロコロしてるのにね』



親世代の祖父母の代から都内にいるような人も多い都内私立の小学校だったので、親たちのつながりも深い。子供たちの間では、良子ちゃんのママかっこいー!としばらく噂されるくらいであった。

そして、日本のことをよく知らなくて、個別に小さなお花のブーケを良子に渡していたのも問題になった。帰国子女もいるので、先生からは後で軽く注意を受けただけだが、良子ちゃんのママはステキだねと女子たちが喜ぶ。



けれどそれに面目を潰されたのが、同じ運動場にいた保護者会役員の千奈の母親であった。洋子はまともに子育てもできず、全部人任せな人なのに。


そしてもう一人、まさに噂の的になった、千奈である。



学校の子供たちも、父兄も悪気があったわけではない。おそらくほとんどが。でも、周囲に知らせていなかった親が違うという話がこんなふうに広まったことも、洋子と比較されているように思えたことも耐えられなかった。


良子は、何を聞いても『ふ~ん。あれがママだよー』と、ただ母親が来てくれたことがうれしかったが、その夜、和司(かずし)夫婦は大ゲンカになった。



『あんな風に呼ばなくてもいいのに!』

『俺は言ったんだ!目立つなよって、後ろで見てろって!!』

『あの人はいつもそう!!自分で苦労せず、大地のことは全部うち任せなのに!!』

『そんなこと分かって結婚したんだろ!!』

『あなたの息子なのにそんな言い方!』


小学生の良子にも、和司が口止めを忘れていた。その横の部屋で小さな巻と抱き合って大泣きする良子と、別の部屋に閉じこもってしまった千奈。




そして後日、和司からお咎めを受けて「何が?」と言ってしまい、洋子は怒鳴られる。


洋子には、何が何だか分からなかった。

ちゃんと目立たない格好で行ったのに。後ろの方で見ていて良子の番が終わったらちゃんと帰ったのに。小さな声で話したのに。



和司の妻を相当怒らせたようで、「良子の誕生日を今年は私にお祝いさせてください」なんてとても言えなかった。正二は親戚の勧めで寮のある学校に行ってしまう。


しかも、和司を通さないと子供に会えないのに、妻が、夫と洋子が会うのを非常に嫌がりはじめたらしい。なぜ?子供の面会のためだけなのに。




自分の何がそんなにいけないの?


どうして?


今までだって、正一(しょういち)の親族たちにも責められた。役立たずのお飾りの嫁だって。

来る人に頑張って挨拶もした。挨拶もできないのかと言うから挨拶を頑張ったのに、今度は挨拶しかできないのかと言われる。

不愛想だから少しは笑えないのかと言うので、ニコニコしていると男に愛想を振り撒いてみっともないと言われる。子供の面倒も見られないのかと言うので、正一の実家で子供を見ていると、あんたは遊びに来たのかと責められた。



分かってる。


世の中には本当は、もっとしなければいけないことがあるって。

私ができないことは誰かがしてくれてるって、分かってる。ごめんなさいと思ってる。





だから、赦して。



みんな、怒らないで―――




洋子は駆けて行く。


もう道は分からない。




あれから何年経っても、自分の懐には何も残らない。道子への居場所はなくなってしまった。私が頼ってばかりいたから?

正一さんの元には戻れない。彼は再婚し、彼は死んでしまったから。それにもう自分の夫じゃない。


二人ともいなくなったのは、もしかして私のせい?



和司さんは?なんで結婚して、なんで離婚してしまったのだろう。全部が分からないうちに終わってしまった。

でも、彼は嫌いだ。怖いから。感謝はしているけれど、とっても怖い。



誰かの元に戻りたいわけじゃない。ただ、少し足を休めたいだけ。


言いたいことを言って、少しお茶も飲んで。誰か教えてほしい。立ち位置を整えてもらって、バミリを貼って、ちゃんとした普通な歩き方を。足並みを揃えたら、もう頼らないように頑張るから。






『道子?』



あの日の驚きは忘れない。


章の新しいお母さんは道子と言うらしい。なんだか運命な気がしてとっても会いたかったのに、ダメだと言われたのだ。あんたには常識がないと。それに、彼女もあまりいい人ではないからと。




―――。



どこで間違えたんだろう。


道子に、正一さんに、心労を掛けなかったら、まだ二人は生きていた?





でも、でも………

あなたは?


章とプライベートでお話ができるあなた。



あなたは誰?






―――






「……ママ?ママ?」

「…あ………。」

「ママ、大丈夫?」


洋子が気が付くと離れた席にいた三人も集まっていた。章は少し後ろにいるが。



「私たち、まだ最後まで見るしミーティングもあるし、お父さんが迎えに来るから。」

巻は明るく言うが、父和司は外で待っているのか、ここまで来るのか。洋子と会わせない方がいいのではないか。さっさと退散すべしと尚香は思う。


章も尚香を呼ぶ。

「尚香さん、今日はありがとう。仕事帰りだよね、送るから。」

「じゃあ、洋子さんも……」

「いいよ。あの人は。」

「……え?」

それはひどい。こんな冬の夜に。

「勝手に帰るよ。あの人も俺の車に乗りたくないだろうし。」

「何言ってるの?じゃあ私が洋子さん送ってから帰るから。」

「え?なんで?車じゃないよね。ほっときなよ。」


「ママかわいそう……」

良子が泣きそうになる。

「章兄、乗せてってあげなよ。洋子おばさん、ほっとけるわけないし。」

「…………はぁ。………なら行こ。」

巻に言われて、挨拶をしてからしぶしぶ歩き出した。




大人三人を見送ってから妹たちは思う。

「ねえ、良子姉。尚香さんって、道おばさんと同じ家政婦さん?」

「会社員って言ってた気がするけど……ママと来てたから、ママのお手いさん?あれ?お友達?」

「マネージャーさんじゃないよね?」

「…違う………と思う……。あれ?章兄ともお友達だったけ?…でも、前にママが一緒にショッピングしたってた言ってた人……かな?」

娘っ子たち、こんがらがる。


「ねえ、巻~!良子~!!」

「あ、みんな。」

そこにチームメンバーたちが来た。

「さっきの誰?」

「女の人、まさかプロデューサーとか?」

「誰かスカウト?」

「……知り合いの応援団。」

てきとうにごまかす。


「なんでチームにも挨拶に来てくれないのー?!!」

「もれなく全員照れ屋だから。」

「男の人かっこいくなかった??!どんな顔ー??」

この日の章は、会場では本当にすっぽりフードを被って眼鏡をしていたので、ただの背の高い、おそらく若そうな男性ということしか分からない。

「背だけはね。背が高いとカッコ付くからね。」

「千奈、なんか怒ってるんだけど。」

「ケンカしてたよね。何、怒ってたの?言ってくれなくて。」

「彼なの?こじれてるとか?」

「キャー!!!」


「……違うからやめて……。めっちゃ怒られる……」

そんな話がもれたら、母と姉が激怒である。

「また呼んで来きてよ~!!」

と、賑やかに席に戻って行った。なお、この子たちに尚香の存在は全く認識されていなかった。もれなく黒子である。黒子どころか、群衆の挿絵であった。






ブスーとした章が、ツンっとした洋子を家に送り届けた。

その間親子二人は一切会話は無し。




尚香と二人きりになった車で章は聞いてみる。


「ねえ、尚香さん。昔のコンサート行ったこと、あの人に言った?」

「……うんん。言ってない。」

自分もまだ消化不良の話なのに。


それを知ったからといってどうなのだ。


「……あの人には言わなくていいよ。」

「…………うん。」



それから、今となっては見慣れた世田谷に向かうカーブを走りながら、流れる夜の東京を眺める。

「章君ち、複雑で大変だなーって思ったけれど、兄弟や親族が多いって、いい事もあるんだね……」

「………何が?」

「誰かは大変でも、誰かが支えてくれていることもあるんだな……って。」


「……そう?」

「うん。」

マイナスはあっても、そこでの人の情が垣間見える。


「俺の兄ちゃんが最高のにーちゃんで、俺はホントよかったと思うけど、兄ちゃんからしたら、下だけでなく上もみんな大変で貧乏くじ引いたなとは思う。」

「………。

はは、何それ。」

「うちの兄ちゃんは、介護をしないヤングケアラーだった。まあ、ちょっと介護もしてたけど。かわいそうに。」

「………お兄ちゃん、大丈夫だったの?」

「知らんけど、兄ちゃんはいつも楽しそうな感じだ。」

「……そっか。お兄ちゃん、大切にしてあげてね。」

「…………言われなくても。」

「ははは。」




尚香は思う。


自分は後何回、こうして章君の車に乗るのだろう。




きっとあと少しで、もしかして今日で終わりかもしれない。







***




そして響く。



アリーナの空に大音声が。



わあああああーーーーー!!!!!

という歓声の中で、功が走ると、声もそこに続く。



与根がベースを調整する音すら歓声が起こる。



その年末。

LUSHは今までにない回数の、ホームベース以外での単独ライブを開催した。






バミリ……舞台で立ち位置や移動等の位置を示す、床に貼る目印のテープ。

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