84 失敗
尚香は尚香。
章は章。
それぞれの日常が進んで行く。
尚香は相変わらず忙しい日常を、章は来年への準備や年末のライブを。
「おはようございまーす。」
と、功は日舞の教室が終わってからスタジオに入った。
そして黙々と、かつ真面目にライブの準備をしている。
「……ねえ、功大丈夫かなあ?」
「………なんか私語しないよね。たいてい不愛想だけど、ああいうことがあったらキャピキャピ騒ぎそうなのに。」
「やっぱ呪いだったのか……」
数日前からあんな感じでみんな不気味だ。そもそも元々は不愛想な男だったのだ。好きな女性やアイドルの前以外では。
「『呪い』扱いで断られたんじゃね?」
「ねえ、功、大丈夫?」
ラナが聞くも、「別に」しか言わない。
「……功君が呪われたの?」
真理も聴いてみる。
すると、噂されていたと気が付いた功がスケジュールを見ながらこっちに来る。
「みんな。もうすぐ年末年始でライブを楽しみにしている人も多いんだから、僕のことは気にしなくていいから。みんなこそ体調管理をしっかりね。」
と、えいようドリンクの差し入れをしてくれる。また爆買いしてしまい、ストックから持って来ただけだが。
「真理ちゃん、明後日発つんだから、ここでしか分からない雰囲気掴んでおいて。音送るのは後でいいよ。」
「え?あ?うん。」
「でも、今、入れた方がいいかな。」
いつもの年末なら、「敬虔なクリスチャンだからクリスマスはサクラダ・ファミリアで祈っていたい」とか、「年末年始は初詣に行かないと」「こたつでみかん食ってる時期なのに」……とブツブツ文句を言っているのに、うそ臭い模範セリフを吐きながら学級委員長のような功君である。
「…………」
「………どうしたんだろ………」
「真理、心配でアメリカ行けない………。」
***
少し前、功は都内の居酒屋で人と会った。
「……で、聞きたいわけ?」
「そうです。」
章が向かい合うのは、尚香の友人、加藤美香だ。
「あんなこと言われたら、何もできないじゃないですか……」
「章君、突っ走る性格だと思ったのに、冷静なんだね。」
「ダメだということをしてはいけないと習ったので。」
それはいい子である。
「どこまで聞いたの?」
「どこまでって、会社いくつか潰して、自殺未遂事件を2回起こして……炎上した………」
「………」
「それで尚香、何か言ってた?」
「周りに迷惑を掛けるから、有名人はダメだって。今はそれ以上は言えないって。」
「………それで章君はどうなの?」
「……どうも?……どうしようかなって………。」
「どうしようって?」
「………だって、それで俺が何かして、また変なことになったらイヤだし。」
「………」
「尚香の事、嫌いになったりしない?」
「俺はね。でも、周りは分からないから。……被害者とかいるんだよね?尚香さんは俺が変なことをして、また炎上するのを怖がってるみたい。多分。」
火花は飛び散る。相手だけでなく、自分だけでなく、両者の周囲にも。
「……まあ、そうだろうね。」
美香、どう話そうか考えている。
「他の人には言った?」
「まだ……」
「………被害者というか……。何とも言えないところなんだけどね。」
そして、はぁとため息をついた。
「……正直、尚香は責任を持つ必要はなかったんだけど……。
これは尚香にも非があるんだけどね、持たなくていい責任を持っちゃったから。」
「……?」
それはこういうことだった。
まだ尚香が社員になったばかりの頃。
インターンから既に正社員に付いて仕事をこなしていた尚香は、1年目から既にそれなりの仕事を受け持っていた。
その頃は上司と共に会社の運営や廃業を助ける仕事で、社長である父親が亡くなり社長も持病が悪化。息子は時代の変化に逆らえないと感じ、先行きも不透明な中小企業の工場を畳む仕事だった。弁護士や商工調停士、税理士。誰に仕事を頼むかなど総合的な相談役を受けていた。
それが東京郊外の地元では大きな会社で家族経営だったため、畳む畳まないでもひどく揉めた。この会社がなくなると、連動して幾つかの会社や店に影響が出る。
様々な親族や関係者にも伺いを立てて、希望も聞き法人個人の財産の振り分け、遺産分配の手続きもお願いし、処理自体は全てどうにか済んだ。
ただ、全員に禍根を残さない状態ではなかったし、それは無理であった。元々親子仲も4人の兄弟仲もよくはなかった家。離れた場所でしか状況を知らず、誰が本当に苦労していたかも聞いておらず、本当の内情を知らない兄弟や嫁婿もいる。そして、誰もが善人でもない。それでも会社を畳むという仕事は一旦は丸く収まったのだ。
問題が起こったのはそれからだった。尚香の仕事はここまで、後は何事もなかったか経過確認だけであった。
しかしそこに、怒って乗り込んで来た兄弟がいたのだ。
現社長の、姉夫婦である。
全ての事後、まだこの地に来て10年も経たない別の企業から、会社の跡地を買い上げたいというお願いが来ていたのだ。
自宅の敷地の横であるし、先祖の代からいる土地なので売らないというと、借用したいと言ってくる。それが思った以上の不労収入になることが分かってしまった。
遺産分配の時は、そんなことは聞いていない。だから土地は譲ったのにと大騒ぎになってしまった。
地方の役に立たないと思われていた土地ではあったが、社長は事が落ち着いたらどう活用するか考えていたところであった。そして社長も、遠方の兄弟たちにはおいしい話があったことを黙ってた。間違った対処ではないが、会社を処理してまだいくらも経たない時期なのもまずかった。
姉夫婦が激怒したのだ。
相談役の一人であった尚香が、姉が来た時に居合わせたことで事が大きくなる。その時、同行していた社員もおらず、お前のせいだと問い詰めた姉の勢いに、一旦非があったと謝ってしまう。それから収拾がつかなくなってしまった。
尚香が、社長の妻に同情的だったのも気に食わなかったのだ。さらに社長長男嫁からも別途相談を受けていた。
姉から見れば、自分が育った家で親の持ち物で、父の築いた財産という自負や我が家という気持ちが抜けていない。亡くなった父の妻も、少し関係がこじれていた嫁より娘に情がいく。
そして、その姉がなかなかの曲者だった。
弁護士にも税理士にもこれまでの処理で問題はないと言われてしまった姉は、資産価値を低く見積もったコーディネーターの責任だと言い出した。この件で相談なら別の取引になると言うと、姉は商工会の人間にもあれこれ言って回った。
尚香が各所であらゆる人間に取り入っていることや、社長妻と狙ってしたことだと。
そして、社長の息子にも取り入っていると言い回った。尚香としては、きちんと地域の要所とも相談し、今後の身の振りを相談していただけだった。職を失う従業員たちに、いくらかは会議所が紹介をしてくれる伝手があったからだ。
そして悪意を疑われた嫁も立場を失い、息子夫婦にも一線を引かれ三者の信頼関係も失う。
お金の所有や問題はどうにかなっても、情に絡めてしまった問題は簡単には晴れない。けれど曖昧にもできないので、正当に対処しようとまた各所を回った。
姉は大騒ぎしてしまったことで後に引けなくなると、夫とも不仲だったため、それでも動かないのかと夫とも揉め事を起こした。追い詰められたと最終的に実家で突発的な自傷を行い、地域にその話が漏れてしまう。
そして、尚香は地元の各所事務所の仕事を取った挙句、失敗させたとこの地域で不評を買ってしまった。会議所からこの話を聞いた企業が土地借用の話を保留にしてしまい、社長も怒らせてしまった。
状況を理解してくれた人もいる。けれど、結果こうなてしまうとどうしようもない。
こんな感じの話を、美香は役職や位置関係は大雑把にもっと略してぼかし、功に話した。
「……それ、尚香さんが悪いの?」
章はぼやっとしか話が分からないが、その騒いだ親族が悪いんじゃないの?としか思えない。
「……そうなんだけどね。責任は会社や上司だけど。まあ、そうなんだけれど、その件からキレイに身を引けなかった尚香もよくなかったから。他にも個別にって持ち掛けられていた話を、あれこれ聞いていたんだよね……。」
話を持ち掛けられやすい尚香は、様々なことを各人から相談されていた。尚香としては、調査のためやほんの少しの気晴らしになればと考えるも、相談した本人たちはそうでなかった。
「最終的に案件が多くなって、お金が動くこと以外は全部報告しなかったみたいだし。」
相手がいろいろ言ってきても、具体性のない話は愚痴の範囲だと思っていたが、実際それは要求であったのだ。意図を汲み取って自分のによい方にお願いしたいという。
尚香は全体を知っているので、最善だと思うことを社長夫婦と擦り合わせたが、一部人間には個別に相談したりお願いしていたことが叶わない、反映されていないと不満を募らせてしまった。尚香の勤め先の名も落ちるし、インターン続きで入ったので大学の後輩や先輩にも迷惑を掛ける。
どんなに基本的な仕事ができても、尚香に圧倒的に足りなかったのは卓上とは違う、複雑で入り組んだ人間関係という社会経験と、自分より目上の人間に流されない強さであった。これまでの人間関係や仕事環境が良かったのも仇になってしまった。
愛知県の方の仕事は、経営者たちが初心者の尚香を支えてくれる形であったし、他の仕事も、法人の問題でここまで家庭問題を出してくるような人もいなかった。
この件が、あまりにもイレギュラーだったのだ。
「それで、もちろん上司たちもずっと入ってくれてはいたんだけど、その時に大学の後輩が同じ会社にいて、その子が最後まで処理してくれて………。保留になっていた土地話も再度付けて来て………、一緒に副社長にも謝って。」
「………?あれ?大学ってえっと22で卒業なんだよね?」
「四大をそのまま卒業すればね。」
章、指で何か数えるもだんだん分からなくなって結局聞く。
「その時尚香さん何歳?」
「23、4くらいだったかな。」
「えっと、じゃあ、大学卒業して1……2年くらい……?」
いろいろ計算してもやっぱり年齢が分からなくなるので、ズバリ、ただ言ってしまう。
「……その後輩こそ、社会経験未熟じゃないの?」
失敗の事後処理に尚香より若い社員を付けるのか。
「……ああ、彼ね。もう人生を10周くらいしてきたんじゃないかって程、人生経験豊富……なのかな?なんで遺産問題とか、家族親戚問題とか、男性だけでなく女性の事情まで聴いてあげられるんだろう……?ってくらい、うまく人に取り入る子だったんだよね。
正社員は付けてたけど、その子見込み既に入社して。」
「なになに男なの?」
「……あのねぇ。もうその後尚香、2回も転職しているし、彼も結婚して転職して海外行っちゃったから。彼がいなかったら、もっと立場が悪いままだったから感謝してあげて。」
「なら、感謝しときます。」
「……はぁ………」
美香はまた大きなため息をつく。
「…それでね、またそういうことがあったわけ。」
「…………」
それは何とも言えない。章ではなく、尚香さんが呪われているのか。
と、思うも章は数で言えばもっとやらかしている。呪われ同士か。
「最初の件は郊外の市の主に年配層の中で起こったから、まだどうにかなったんだ。」
「……?」
社長の孫でやっと尚香と同世代だ。
「………次がね。東京のど真ん中で起きて、層も若かったから世に回るのも早くていろいろネットに上げられてね……」
「ニュースにもなったんだよ。」
「え?」
尚香の名前は伏せられていたが、実はニュースにもなっている。
美香はこれ以上話さなかったが、嫌そうな顔をしていた。
「…………。」
章、いろいろ考える。
でも、それってすごくないか?と思ってしまう。
いろいろ考えても美香の言うことはよく分からないが、何か事件を2度も起こしても、尚香は業界から完全には干されなかったのだ。同じ業界かは知らないが。
「俺、子供楽団で2回失敗して東京の楽団、干されたのにな……」
「プっ、そうなの?」
「……けっこう、絶望したから笑い事じゃないんだけど。」
「あ、そう?ごめん。」
あの後、自分の未来は真っ暗だと思ってしまった。小学生ながら。しかも、ダメになって逃げたのだ。尚香は最後までその場を離れなかったということだろうか。それだけでも章的にはすごい。自分なら逃げて、引きこもるであろう。
実際、挽回しようとは思えず、あの指揮者を怨んでしばらく引きこもっていた。
果てしなくチャラい上にヤンキーの顔をした、根暗な男なのである。




