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スリーライティング・上 Three Lighting  作者: タイニ
第十一章 捕まえた時計ウサギ

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79/90

79 意外や意外



「洋子さん、こっちです!」

と、マンションの駐車場で待っていた洋子は、急いで尚香の車に乗りこんだ。


この車、元々はお父さんのコンパクトカーだ。もうすぐ10年経つが、情があるので買い替えも渋るし、もう都内なら無くしてもいいかと悩んでいる。



これから向かうのは、前から約束していたショッピングモール。せっかく洋子が毎日フリータイムなのに、尚香が休日しか時間が取れなかったので土曜日に。都心は避けた。なにせ洋子が目立つ。


それを実感したのは、ショッピングモール1階の(ひら)けた通路を歩く時であった。



もうなんと言うのか、とにかくが目立つ。



「尚香さん、どこから見ればいいのか全然分からないんだけど。すごい空間ね。デパートより大きいんだ。」

「………えっと、どうしよう。1階にコスメやアクセサーや、大人向けの雑貨があります……」

正直尚香も都心の人間なので、大きなモールには数回しか行ったことがない。



本人は地味な格好をしてきたと、黒のシャツに濃いグレーのロングスカート。控えめな帽子に顔を隠せるサングラス。たくさん歩くと聞いたので平らなスリッポン。


なのに、全然隠れていない。


昔、全身黒でかえって目立つと言われたので、グレーを入れたそうだがあまり意味がない。ものすごく注目の的で、周りの親子連れやカップルがチラホラ見ている。中学生っぽい子たちに関しては、隠すことなく指さして友達と話をしていた。

「………。」

都内で目立ちたくないと少し郊外にしたが、それはそれで間違っていたのか。


なにせ尚香の胸より上に洋子の腰がある感覚。何の冗談か。歩いている通路にある鏡をチラッと見ると、明らかに洋子の方が顔が小さく、ウエストも締まっていた。こんな人より背の高い章君と普段都内を歩いていたのだと思うと、人生にいろいろと疑問を抱く。

ただ章は男なので、高くても「高いなー」で済むが、女性だとまた違う。スタイルも歩き方もどうかしている。


しかも尚香が横に立つと、まさに尚香はマネージャーそのもの。いや、マネージャーでもなく黒子である。黒くないのに。


尚香も髪を結んで地味目に、顔も隠してマスクをしてきたので、本当に黒子に徹する感じになってしまった。洋子さんの友人設定でショッピングに行きたかったのに。

いつもの帽子はあまりにオバちゃん扱いされたので、違うタイプのものを被っている。巣鴨のオバちゃん扱いはされないが、下北のオバちゃん扱いはされるかもしれない。昔、下北で買った物だからだ。ちょっとおしゃれだと自分では思っていたのに、自信がなくなる。



それでも、洋子の希望で一度上の階に。


「テーマパークみたいだね。」

海外や空港近くのデパートやモールには何度か行ったことがあるが、ここまで子供連れや子供が多い場所は初めてらしい。


物珍しそうに歩き、意外にも洋子、カチャカチャのお店の前で止まった。


「これはなあに?」

「ここに書いてあるお金を入れて、このハンドルを回すと、写真の中のどれかが出てきます。」

と説明すると、洋子が店内を回り始めた。みんなチラチラ見ている。


「全然意味が分からない。」

と、写真を見ながら言う。

「はは。」

それはそうであろう。尚香でも、マニアックな人でも意味の分からないニッチなものが多いのに、洋子に分かるわけがない。


「あ、これがしたい。」

「?」

そしてなるほど、サックスやピアノがある。最初に尚香がして、それからきれいにネイルを施した手で、見様見真似で洋子が試す。カプセルを開けると、サックスとクラリネットが出来たので、それを店の外の吹抜け横のベンチで組み立て見せると、じっと子供みたいに見入っていた。


それから、鍵盤ハーモニカも回したいというので、一緒にコインを両替。

「水色が良かったのに。」

ピンクが出てきたのでもう一度回すと今度は緑が出て来た。がっかりするも、聞いてみたら妹が水色が好きだったらしい。

「ピンクも緑もかわいいですよ。」


今度は店内を回って、時々食べているパンのカチャカチャを見付けたと、それも回していた。出てきたものが違ったので、また2回も回し、被ったものが出てくると、「気が利かないのね」とぼやいていた。


そして、また数回している。

「…………」

それをボーと見ていた尚香。

「はっ!」

洋子の家が物の少ないホテル調なので気が付かなかったが、そういえば章は何も考えずに爆買いすると道さんが言っていたのを思い出し急いで止めた。似た者親子。ここは尚香がマネージャーにならねばならぬ。


そして見付ける。なぜ関東のモールにこんなマイナーものが。

「あ、ずーずーもずく君だ。」

「もずくくん?」

と、なぜか洋子がカチャカチャを回してくれた。

「はい、あげる。」

「……ありがとうございます。」

「この緑、お揃いだからもずくにあげる。」

と、先出た鍵盤ハーモニカも貰ってしまった。



それから、100均まで行って、この楽器たちが入るケースも買う。

この店は100円からと言うと驚いていた。

「これは何?」

「これとこれは何が違うの?」

「どうしてスポンジがこんなにあるの?」

と、とにかくじっくり物を見ている。意外だ。けっこう人がいるのでパニックになるか心配していたし、人混みが嫌い、帰りたいと言うと思ったのに、なんでもかんでもじーと眺めているのだ。

そして、

「コップ買ってもいいの?これも100円なの?」

と聞いてくる。

「こっちの大きいのは税抜き200円です。」

「税?めんどい……」

そして、一人暮らしなのに洋子の家に大量にあるコップを思い出し、また「は!」として、100均は都内にもたくさんあるので、取り敢えず1個だけ買いましょうかと言っておいた。



次は少し高いけれど落ち着くカフェは1階に多いので、そちらに行こうかと思うも、親子連れの多いフードコートにふらふら歩いて行ってしまう。そして、初めて見たと250円のブルーハワイのかき氷を注文。買って来ると言ったのに、一緒に並んで会計に。レジでもジーと見て、厨房もじーと見ている。


受け取ったかき氷もじ~っと見て、チミチミつつきながら、子供みたいに不思議そうに食べていた。尚香は抹茶ミルクを注文したので二人で分け合った。




そして最後に、いくつか冬の部屋着を買いに。


最近のファストファッションは定員が少なく、あまりアドバイスとかないのかなと思いつつ、一度行ってみる。尚香に洋子の服を選ぶセンスはないので心配していたが、意外にも店員さんはノリノリだ。


そして恐ろしいことに、パンツに関しては裾上げをする必要が全くない。それどころか足りない。尚香など余った生地でポーチが作れそうなのに。

「お客様のサイズだと、うちの店舗に少ししかなくてすみません。」

「そう?残念。」

サイズを合わせないと外行きのズボンは買えないが、男性も行き来するザワザワした店での試着は嫌がったので、裾が合っていなくても大丈夫な服だけ買って出て来た。

みんなみたいな前ファスナのパーカーがほしいというので、上着も少し買った。



それから流石に疲れてきたのか。洋子が帰りたいと言い出し、スーパーで総菜など買って家に戻ることにする。

隣りの助手席で、子供みたいにポケーとした顔で、それでも頑張って起きていたのだが、遂にウトウトしだし隣で寝てしまった。今度は横で寝ている姿が色っぽい。


「…………」

会社で川田が、スマホを見ながら「何、このかわいいの」とよく言っていて、何も理解できなかったが、今となってはなんとなくそう言いたい気持ちが分かってしまう。

もうすぐ50になるそうだが、ほんとに一体この人は何をしたいのだ、と思ってしまう尚香であった。





家で総菜を開きながら、尚香は思う。


あんなショッピングモール、洋子は初めてだという。そういえば娘さんがいたと言っていた。道の話だと娘の父親は再婚相手らしいが、時々面会はしている。そんな娘さんとこういう店には来れなかったのだろうか。



食後に透明のケースにカチャカチャを入れて飾っていると、洋子が尚香に頼んできた。


「ねえ、尚香さん。せっかく弾けるんだから、ピアノ弾いて。」

「………」

何を言い出す。


「だから洋子さん、私、素人ですってば。」

「私も今はプロでもないんでもないし。実際ピアノだけで食べていた時期なんてないし。」

「それでも、プロはプロです。」


「……誰かの音楽を聴きたくて。」

……章君に頼めばいいのにと思ってしまう。こんなに身近かにプロがいるのに。


この前、里愛(りあ)を呼んだ時も、ピアノを見る時に試し弾きを里愛にさせたのだ。里愛が嫌がらなかったのでよかったものの、プロの演奏家に「あなたが試して」とは、すごく失礼な話である。

しかも、軽く弾いてみたら、「まあまあじゃない?」というのだ。

里愛には事前に洋子の性格を話して、失礼なことを言う人なのでもし言ったらすみませんと、謝っておいたが、後で何度も頭を下げた。



でも、尚香は仕方ない顔で木目のピアノの前まで来た。


「……いいです。じゃあ弾きます。」

「!」

「その代わり少し練習します。音を外しても、間違えても何も言わないでくれますか?弾くので精いっぱいで曲の良さとかは込められません……、スピードやリズムも……多分できないです……。」

「分かった、約束する。」

「アリア・サーフの『主の鼓動と』なら………。」

それ以外は、もう一曲しか弾けないが、短く単純なのはこっちだ。高校までは数回弾いていたので、どうにかまだ指が動くだろう。


「楽譜あるよ。」

と、驚いたことに棚から少し年季の入った楽譜が出てきた。

「!」

椅子か高いので調整に戸惑っていると、洋子がサッと手伝ってくれる。


尚香は何度か手慣らしをして、周囲を見ると洋子が無表情でこっちを見ていた。自分から言い出して、笑顔もなくスタートも拍手もしてくれないなんて!洋子が憎々しい。



けれど、この海から渡って来たピアノを自分が弾くなんて、なんて運命だろう。

溶け込んでしまいそうな、ニスのテカリの奥の木目。


洋子から目を逸らし、スーと吸ってフーと息を吐き、ゆっくり始める。



尚香は指が短いので、お手てはあまり丸くしないように、力を抜いてねと言われていた。10年ぶりくらいだ。この前の章の気持ちがよく分かった。本当に緊張する。


ちょっと指が追い付かなかったりするも、自分的には思ったよりスムーズだ。自分すごい。ピアノの先生の前でピアノを弾いてしまっている。それから、どうにか2ページ目の最後に来て楽譜をめくろうとして驚く。


なだらかな艶めく手が目の前に現わる。

「………」

無言で洋子が横に来てぺージをめくってくれたのだ。



1番でやめようと思ったのに、雰囲気的に続けてしまう。楽譜にはリピート記号がある。またページを戻し………



そこに歌が重なった。









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