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スリーライティング・上 Three Lighting  作者: タイニ
第十章 手と手はあるのに

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76 囲ってきた音を



章君のメンタルは大丈夫なのかと尚香は気になり、止めようとするも里愛は続ける。



「私ね、

海外の子供の演奏を聴いた時、国際的なステージでも全く緊張しない子もいるんだって知って、すっごく絶望して……。有名な先生の学校に入る審査で手どころか足がすくんじゃって……もう、棄権かな……ってくらい……」

そして、ふうっと息を吐く。


「そこは、吐息1つも審査されているような気の張った空間だったの。


頭真っ白なままステージに出て、真ん中に行く前に足が止まってしまって。親の財産を削って飛行機代もバカにならなくて、ここまで来たのに……全部終わってしまったって思った……。


実は、一度、5歳の時なんだけどステージで失敗しててね。それを思い出しちゃって。」


「………」


「そうしたらね、先生が『君の場所はそこ?いいところ見付けたね。他の子にはない発想だよ』って言ってくれて。はじめ緊張して意味が分からなかったけれど、先生がウインクしてくれたからなんだか気が抜けて。それでそのままそこで演奏して、合格できたの。」


「……」


「大丈夫だよ。ここは誰も功君を当たり前の可否で評価しないから。」

「私も素人だし。」

と尚香も手を挙げる。はっきり言って、この前洋子の家で里愛にバイオリンを見せてもらうまで、弦の本数も知らず、顎当てという部品が存在していることすら知らなかった素人である。

「ここは、自分だけの空間と思っちゃいな。持ち方も何でもいいよ。」

里愛が砕けて笑った。



スーと息を吸って、ゆっくり吐きながら、章はバイオリンを構える。


里愛がピアノに戻り、『キラキラ星』を弾くと、音符のドー、ドーという音がブレながらもゆっくり紡がれた。

指が、音が震えているのが分かった。でもどうにか、一番を弾き終わる。

すごく緊張している功が、またハーと息を吐くと、リズムを付けるように里愛が再度続けた。


「なら、エーデルワイスいこっか!」

と、一番を弾き、功もそれに付いて行きなんとか引き終わった。発表会の子供のような演奏だ。



「はい、もう1回!」

もう一度エーデルワイス。

「大丈夫。うまくできてるよ。自分の部屋だと思って……。」



功は絶対ここ、自分の部屋じゃないしとバカらしく思う。そして、尚香さんの部屋にはずーずーもずく君があるということを思い出した。人は皆、もずく君と思えばいい。………と考えるがピンとこない。


だから何なんだ。緊張するものは緊張するのだ。

でも、人にキレ散らかした楽団や憐れみの目で見ているイットシーを思い出すと、あいつらもずくでいいだろと考える。マリモですら丸くなれるのに。ふわふわして酢も含めて1カップ60グラムでどんだけプラスチック使ってるんだ。


そもそも、もずく野郎は部屋に飾れても、弟の出世作は飾れないのか。出世じゃなくて、ヒット3枚目のCDだけど。ムカつく。




「よしっ、スワニー川、『故郷の人』!」


と、急に里愛の声が頭に響き、今度は少し流れが変わる。



「………このスワニー川には、アメリカの歴史に刻まれた、たくさんの人のたくさんの想いがあって……、たくさんの賛否が入り混じり……でも今もずっと、愛されている……大切な歌………」

と言うと、功が里愛に目を向けた。



章は、天が、人が積んできた歴史が好きだ。



里愛がウインクし、少し演奏を続けたところで、尚香でも気が付く。

「!」

これは多分、きちんと弾けている。



音が違う。音が澄んでいる。




曲が終わり、尚香が拍手しようとすると、急にピアノがリズムを変えた。最初から軽快な、

『サパテアード』、バイオリンでよく演奏される曲だ。

「!」


そして分かる。全く淀みのない響き。ラストはなんとなく尚香も聴いたことがある。



そのまま、モンティーの『チャルダッシュ』。

尚香はこの曲を知らないも、出だしだけピアノで、功が弾き出すと里愛はスーとピアノをおさめ、同じくバイオリンに持ち替えた。


「!!」

完全なバイオリンのアンサンブルだ。

世界を回る里愛と引けを取らない。


忙しそうに回る音。


すごい!



章君は弾ける。やっぱりヴァイオリンが弾けるんだ!と尚香は胸が躍る。眠っていた、洋子の部屋のヴァイオリンの音が聞こえるようだ。



一曲終わり、もういいんじゃないかとハラハラするも、里愛はまたピアノに戻り、よく知る曲に移った。




『モルダウ』


冒頭を過ぎてから気が付いた。

あ!これは分かる。知ってる曲だ!と、うれしい。中学校で習った曲。



里愛のピアノに、そっと章のバイオリンが加わった。



緩やかにも、激しくも思う音。


なだらかで、でも激流に入って行こうとする水。



いつの間にか交わる、二つの河。


その時々に現る、チェコに生きる人々。

芽吹き、穏和、怒涛、哀愁、歓喜、日常、その全てを飲み込んだ河川。



かっこいいと尚香が聴き入るも、分かる人には分かる。ここで音が分かれた。

章が完全に独走している。


ピアノを弾く勢いの強い音。緩やかにも激しくも音は流れ……



そして、最後の一音を弾いて、両者が止まった。

「!」



「………」



それ以後、何の反応もない功と里愛。里愛に至っては脱力してピアノに伏せてしまう。


『チャルダッシュ』で楽器を弾き換えたのは、ピアノが追い付かず、できないと思ったからだ。




呆気にとられながらも尚香がパチパチと拍手をすると、そこに他の拍手が加わった。

「?」

「リアちゃんなにこれ!すごいやん!!」

尚香がハッと振り向くと、入口にはお母さんに連れられた小学生の子供がいた。

「?!」


「ブラボー!ブラボー!誰?リアちゃんやっつけるってすごいんやない?やっつけたらいかんけどな。」

そして起き上がる里愛。

「私は、ピアニストじゃない!!何がすごいだ!!」

「えー?僕に怒んないでよ!」

「違う!この子!!」

と、里愛は怒って功を指す。


「まあ、走り過ぎとは思うけど、聴いてる分には楽しかったよ?」

「……はは。」

お母さんも仕方ないように笑っている。


「お兄ちゃん、大丈夫?」

疲れきって呆けて何も動かない功に、小学生男子が走り寄った。

「………あっ!!!」

そして一瞬、目が輝く。

「なんやの!!兄ちゃん、LUSHやんか!!」

「………!!」

「…功、バイオリン弾けるんか?!」

尚香が驚くも、まだ章は動かない……が、やっととぼとぼ歩き出し、テーブルにバイオリンを置いて横にある椅子にだるそうに座った。


「なんで功がおるの?」

「太郎、功さんです!」

母親が怒る。

「………」

功は小学生には何の反応もせず、横を向いたままだ。


「待って。太郎、挨拶をしなさい……。呼び捨てもダメ!」

愛理も疲れ切って小学生に諭した。

「あ、こんばんは!バイオリン太郎って言います!!」

「……。」

「……っ?」

困る尚香だが、さすがにこの名前には功も反応した。変すぎる。


「その母で、原と申します。息子が礼儀知らずですみません……。」

と、お母さんが頭を下げさせた。

「兄ちゃん、LUSHの功やろ?」

「………違うけど。」

「うそやー!絶対そうやん!!

……それでお姉さんは……マネージャーさん?」


バシッ!

「ぅてっ!」

失礼過ぎて、遂に母に叩かれた。

「勝手にしゃべらない!」

と、母が尚香を見るので、尚香も改めて挨拶をした。

「里愛さんと功君の知り合いで、金本と申します。」

ペコっと、礼をする。


「ほら、功やんか!!明日学校で自慢しよ!」

「ダメです!ここで会ったとこは内密にって約束!」

「えー!女子が喜びそうなのに~。」

章君、小学生にも知られているのかと尚香が驚くが、SNSでいろんなアイドルや歌手とダンスのショートコラボをしているので、ちょっと有名である。



「……で、このガギンチョは何?」

鬱陶しくて、ついつい功、地が出てしまい嫌そうな顔でバイオリン太郎を見た。

「功君、失礼だよ。」

と、尚香が小さい声で伝えるも、ブスーと膨れる。

「何でガキのくせにタメ語なの?」

「ファンサービスしないんやね。まあ、それもおもしろいけど。」

「太郎!」

お母さんがさらに怒っても気にしない。現代っ子、最悪である。


「でも分かったわ。LUSH、激しいの歌うロックバンドなのに、バイオリンに合いそうな歌あるもん。」

「……!」

なるほどと思う尚香。合わないとか言っていたのに。



「太郎、どう思う?」

里愛が調子を取り戻して太郎に聞いた。

「……粗削りなところもあるけれど、すごい。」

「何その少年漫画みたいな言い方。」

「だって、そうとしか言えんやん。」

「……まあね……。」


そこで尚香が聞いてみる。

「功君はプロから見て、それなりに弾けてますか?なんというか……誰かに聴かせる音として……」

完璧を求めさせると萎縮しそうなので微妙にぼかして。バイオリン太郎と名乗っているし、里愛と対等に話しているので、彼はきちんとした奏者なのだろう。


「………」

「………」

里愛と太郎が目を合わせた。


「………それは、人生で最も難しい質問や。」

「え?」

「答えがない!」

「ええ?」

焦る尚香。


「『サパテアード』できるってことは、かなり基礎はできるんやよな。でも、途中から狼少女みたいやし。」

「狼少女?」

「資質はあるのに、人間に教育受けとらん感じ。」

「…………!」

章君はけっこうナイーブなので、機嫌を悪くしていないかチラチラ見るも、向こうを向いて顔が分からない。この太郎君、功が打たれ強いとでも思っているのだろうか。まあ、見た目だけなら何も恐れていなさそうな態度と顔をしているが。


怒っているのか、泣きそうなのか、落ち込んでいるのか、絶望しているのか。



「……あの、功君は思った以上に内面普通人なので、もう少しオブラードに包んだ感想はありませんか?」

功に気を遣った言い方で再度聞いてみる。母親にネグレストを受け、アメリカに行くまで多分一人で必死に音楽の世界を生きてきたのだ。


おそらく弾き方の癖もそのせいか。

今の言葉は、功にはあまりに痛みを与える言い方かもしれない。太郎も、功の昔の事情など知らないし、小学生なので言ってしまった言葉だろう。



そもそも今回の事だって、もしかして章の望んだことではなかったのかもしれないのだ。言ったら絶対に会ってくれないと思い、尚香の一方的な思いで引き合わせただけだ。



洋子の家で、調律に出していた5挺のバイオリンが戻っていたのでそれを見せた時、里愛が驚いていた。

『こんないいバイオリン、そのままにしておくの勿体ないよ!』と。



ヴァイオリンも存在を知って欲しそうだった。



でも、それでもこれは章のプライベートだ。開けてほしくない蓋を開けたなら、尚香の責任にもなるし、怒鳴られても何も言えない。


章に言わないで、章がヴァイオリンを弾けない話もしてしまった。他人に。




少し沈黙が漂い、太郎が先に口を開いた。


「……十分やぞ。趣味じゃなくても、普通にプロでやってけるわ。」

「………私もそう思います。」


「………」

一旦その言葉には、ホッとする。そして、章の方を見るも、章はまだ別の方を見て目を合わせない。先の言葉はやはり少し辛辣だったか。



「……ただ、どう演奏し、どう直すのか難しい奏者ではあるけどね。」

「…?」

「今の音を個性と見るか、直していくか。」


「………」

尚香はただ、章が本当はヴァイオリンが弾けるだろうから、自信を持ってほしかっただけだ。いつももったいぶるようにヴァイオリンを持ち歩き、誰も知らない場所で人目を阻むように毎日毎日それを弾いている。

だから、これからも人前で弾くというところまでは考えていない。ヴァイオリンを持つ章が何だか必死で苦しそうで。どこで弾いてもいいんだよと、解放してあげたかった。


章の受け止め方が気になる。


「奏者になればの話やから、気にせんといて。僕はそのままでいいと思うけど。好きやよ。それ。」



「章君……?」

「……………」

まだ返事がない。


「………章君ごめんね。」


「…………」


(えぐ)ってしまったのか。心の傷を。

それとも、それは、章が自分の中だけで収めたかった、個人の音楽の世界だったのか。



「…………」

尚香の中に、冷や汗が出て来た。





また太郎君が出て来ましたが、この太郎君の方が前作の太郎君より先です。15年以上早く誕生していますので、太郎君だらけでもお許し下さい。

なんでも太郎にしてごめんなさい。

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