73 私の胸が
ここは、バーやカフェなどあるライブ会場の待機ロビー。
月1、2回、スタッフ慰労の打ち上げをしているのだが、時々外部者も呼ぶ。和歌が、尚香たちに今日来れるなら今日ライブに!とお願いしたのはこの理由もあった。
しかしここで、イットシー側の女3人が揉めている。
「あんたシューナじゃない!千代田区行きなさいよ!」
「……はあ~?ユア、あんたこそ帰ったら?ダンサーでも始めることにしたの?ここライブハウスなんだけど。」
「二人とも部外者でしょ!!」
みんなの前でキレているのは、妖精かと思うほどプルプル肌のかわいいモデル、ユア。
それに余裕で返すのは先、現われた歌手のラナ・スンだ。
そして、二人に怒りをぶつける真理。
性格も面も全員強すぎる。覇気を放っていそうである。
「ダンサーでも歌手でもないならユアは去りな。」
「MVに出てるんで、めちゃくちゃLUSH関係者です!!」
「あの仕事はあれで終わったじゃん。」
「今日は銀バンなんだけど?ラナもユアも部外者は出てって!まりのお客さん来てるのに!」
銀バンにはダンサーは入れない。
「私もう、入館証貰ってるし。」
と、ラナが首に掛けたカードをチラつかせた。
「~~っ!!」
その端のソファーで、会いたいと言っている和歌を待っていた尚香たち三人。もう、昼ドラ鑑賞気分で、揉めている側の三人のやり取りを見ている。鍵盤の伊那も来て、柚木たちに三者の人物相関説明をしてくれている。尚香は、借りた毛布にくるまってボーと聞いていた。
「尚香さん。帰ろうよ。和歌さんには電話でお礼言っとけばいいし。ねえ、柚木さん、行きましょうよ。俺、送ります。」
ジノンシー三人にヘコヘコ要望を言っている功。尚香を帰らせたい。
「……柚木さん帰ろうか?」
尚香が聞くも、二人は和歌に挨拶くらいしておきたい。和歌は明日舞台が変わるので、いろいろ撤収しているらしかった。
そして実は、ユアはここに来てすぐにラナを見付け捲し立てたため、フロアに尚香がいることに気が付いていない。
「……私帰りたいんだけど……」
あの目立つ所で騒いでいる人たちを別のところに追いやってほしいと思う。出られない。
そこでユアが功の方にやって来たので、尚香は顔を隠して寝たふりをした。
「功!どうなの?あの女おかしいんだけど!結婚とかどうなの??」
「………え?」
「私はどうなるわけ??!」
「うわぁ……自分ができるって、まだ思ってるんだ。」
と、つぶやくラナにユアがまた怒りの目を向けた。
「……ていうか、その人たちは?」
功の前に、それなりにステキなOL二人が座っていることにユアが気が付く。緊張する柚木たちは、愛想笑いで礼だけをした。しかし、
「まさか功。………営業さんとかファンの子に手ぇ、出してるの??」
と、すごい食って掛かってくるので、さすがに柚木と川田も怯える。
「ユア!真理たちの友達なんだけど。どうしたらそういう発想になるわけ?病人もいるから静かにしてよ。」
と、お客さんにまで口を出したことにラナが怒ると、ユアはビクッとして、目に涙を溜めた。
ラナは、そんなユアに勝ち誇った顔をする。
「功は私と結婚します。」
「っ………。」
「だって功、生活の管理してくれるなら結婚してもいいって、前に言ってたしー。」
「!!」
功がビビる。そういえば昔は、付き合ってと言われれば誰にでも言っていた。
「ちょっと、そんなこと勝手に決めないでよ!!」
真理も怒り、ユアも自分の不足を差し置いてラナを責める。
「ラナにそんな事できるわけ!?出来るわけないし!」
「……あんたよりはましだと思うけど?一応アメリカで自分で部屋借りて、保険も入って病院にも行ってたし。」
「………っ」
…………。
尚香は部屋にあった大きな毛布にくるまりながらソファーの背にもたれ、何とも言えない思いでそれらを聴いていた。
美人で活発で、頭も良さそうで生活力のありそうな女性。自分要らないではないか。この会社の人や道さんとも仲が良さそうだ。
「……ラナなんて忙しくて、絶対に功の面倒見ないくせに!!」
「そんなのどうせ、お互い様だし?」
「何言ってるの!功にはちゃんと逐一面倒見てくれる人がいないと困るの!」
と、真理は納得いかない。
「あの……、功君の面倒は私が見るのでお構いなく。」
と、突如もう一人、知らない黒髪美人が登場した。
これには伊那も驚きである。
「??」
「???」
今度はユアとラナも??となる。
誰?
「時空ちゃん?」
と、つぶやいてしまう功。
「??!!」
全員が功に注目した。
「……誰?その女……。」
ユアが引きつる。
「『マリラン』の、時空さん?」
と、伊那が言い当てた。マリアン・ランファーというグループの元アイドルである。いろんな人に楽曲も提供するので伊那は詳しい。
「功く~ん!!お久!」
大人美人で声がいい。
「時空ちゃん?何?俺、アイドルとは付き合わないよ?」
功が慌てている。アイドルなど忙しくて自分がもう一人いるようなものだ。日本のアイドルは恋愛禁止の場合も多い。
みんな状況が把握できないが、伊那は知っている。時空は昔から、何かの折にずっと功に付きまとっていたのだ。そして毎回功は「時空ちゃんは忙しくて相手してくれなくて嫌だ」と突っぱねていた。ただ、仲良くはあったが。
「ちょっと、ちょっと!!なんであんたも勝手に入館してるわけ??」
今日は外部者も来るが、一応入館の際身分確認はされる。真理が怒ると時空は笑顔で返した。
「私、マネージャーで他社に入ってるんです。今日は半分営業ですね。」
「マネージャー??」
「もしかして売れないから、LUSHの今の人気にあやかろうっていうわけ?」
ユアも怒る。
「違います。あなたたちみたいに急に結婚って押しつけがましいことは言わないし。功君、ちゃんと生活見てあげるからね!ウチ来る?」
「………」
怯えている功である。
「何言ってるの?元とはいえアイドルにそんな事出来るわけないし!私も急に結婚なんて言ってないし!!」
と、ユアが言うと、やはり余裕な顔で返した。
「ご心配なく。そのためにアイドルだけでなく歌手タレント関係から手を引きました。最終的にはこの世界から身を引いても全然OKです。」
「え?」
「できるわけないし!」
「どうせまた出たがるんでしょ?」
「簿記の資格を取って、会計士の勉強もしています。パッとしなくてもアイドルも青春を注いで十分頑張ったから満足だし。やってみたら、こういう世界もおもしろいし。私、家庭にも憧れてるし。」
と。
「っ?!!」
恐ろしい。さすがのラナも引いてしまう。期間を決めて10年ぐらい頑張ってアイドル業から身を引く。ある意味一番賢い選択だ。
そして、男や部外者は思う。どんなにモテてもこれは嬉しくない。積極的過ぎてみんな怖すぎる。ただ、各人個別に来て、しっかり面接すればいい人材かもしれないとは思った。
…………
毛布の天幕の中でそれらを聞きながら、尚香は考えをまとめた。
章君にいろいろお願いされたけど、時々傾きそうになることもあったけれど、ここまで来てみんなも言ってくれるし、年齢差があっても……と思うこともあったけれど、
私……必要ないよね?
と。
自分で生活を回せない章君。
いつもきれいな人に囲まれて、華やかな仕事をしている。
どうせ私も忙しいのに、私より章君に身近で構える美人がいる。
そんな美人が、考え方もしっかりしていて、お金も扱える。
あの章君のどうしようもない性格にも動じなさそうな……
強い人たちがやっぱり功の周りにはたくさんいるのだ。
ずっとずっと、心でどこか、揺れていた。
そして、自分も卑怯だ。向こうから構ってくれる章君がいることに、どこか安心していた。30代、孤独にはならなさそうだと。
20代後半に感じた、人生の先に誰もそばに居ないかもしれないという、果てしない孤独、不安。
自分に執着してくれるから、心の空虚に浸っている暇がなかった最近。
自分の不足を補ってくれる人を渇望する章君と何が違うのだろう。
章君はまだ20歳だ。
若くてエネルギーがあって、取り巻く人も世界もめまぐるしく変わり、目移りだってするだろう。
なのに、他にもマイナスを抱えてまで、
………自分である必要がどこにあるのだろう。
そこで、急に毛布の塊が、パッと起き上がった。みんなまた驚く。
「っ!!?」
尚香である。
「あの、皆さん、今日はありがとうございました。ライブ楽しかったです。まだちょっと早いですが年末も元気にお過ごしください。」
と、ペコっと礼をした。
「??」
「???」
今日、初登場した強者女子ラナ、時空はいきなり現れた尚香が誰なのか分からない。
「柚木さん川田さん、先帰るね。ごめんね、また明日ね。」
と、尚香はササっと数人の横を通り過ぎ、どこかに行ってしまった。
「え?尚香さん!!」
慌てるジノンシー2人と、追いかけようとする功。ユアも、あの女だと気が付いた。
けれど、先、仕事から上がって来た興田が功を止めた。
「功、行くな。外はまだ駄目だ!お二人さんも大丈夫です。」
そして、めんどそうな言い方をする。
「彼女は玄関のスタッフが、ちゃんと出口まで案内するので。」
「じゃなくて、一人じゃダメでしょ!」
柚木も急いで荷物をまとめて立ち上がったが、それも興田が止める。
「大丈夫ですよ。皆さんも私たちが後で外まで案内します。彼女、早く帰りたんでしょ。」
尚香を引き離すようなことを言う興田に柚木が怒る。でも、興田は外で功と二人にさせたくないので、早く尚香に去ってほしい。
「何言ってるの?!一緒にライブに来て、夜に一人で帰らせるの?!先まで足が震えてたのに!!」
普通そうなOLだと思っていたのに、柚木の剣幕に興田が一瞬後ずさりした。柚木はこう見えても尚香と仕事をしている強者だ。
「招待した客にあなたたちはこんな態度をとるの?それとも何?わざわざ招待させてあげたとか、俺は呼んでないのにとか思ってるわけ??」
「……っ。」
何も言えなくなる興田を前に、柚木は行こ!っと川田に言って、一礼だけして二人は出ていく。
「待って!」
真理が慌てるも、真理を止めて功が先に外に出て行った。
「功!」
「行くな、目立つぞ!真理もダメだ!」
と、興田やユアが叫ぶが、真理がご立腹だ。
「ひどい!!まりの友達なのに!!!」
「え?真理、何なの?そんなに?」
ラナはその女性たちの立場を知らなかったので、何が起こったのか意味が分からない。
「ひどい!ひどい!ひどい!!」
わーー!!と、真理が泣き出してしまった。
「真理?!ごめんね、真理!」
ラナが宥めるも、和歌や他のメンバーが何事かと来た時には、もう収拾がつかなくなっていた。
***
「柚木さん!」
功が、ビルを出た柚木と川田を見付けた。
「尚香さんは?」
恨めしそうに功を見る。
「分からない。電話も出ない……」
功は、唖然と周りを見渡す。
けれど、川田の電話に着信が入った。
「あっ!」
と、受け取って二人に目で合図をする。
「尚香さん!どこにいるの?……あ、うん。大丈夫?……うん。分かった。家に着いたら連絡だけしてください。……うん、お疲れ様です。」
電話を切ると、ホッと息を付いた。
「大丈夫。もう家に向かう電車に乗ったみたいです。」
「………」
安心もし、不安にもなる功。
「……二人とも俺が家まで送ります。」
「いいよ。」
「でも、」
「まだ周囲にファンの子たちいるかもしれないし、早く中に戻って。」
功は裏に回って車を出そうとしたが、スタッフが来て止められ中に入って行った。
***
電車に乗りながら、尚香は自分が何に動揺しているのか分からない。
座席の端っこに座り、カバンを抱きしめながらステンレスの手摺に頭を寄せる。
電車の振動に合わせて、先までのライブの振動がまたデジャブのようにお腹と胸を打つ。
ドグン、ドグンと。
自分も章君に情があったのだろうか。
でも、きれいな女性たちに嫉妬した感じでもない。いや、嫉妬?彼女たちの存在には驚いたが、ユアのように誰かを蹴落としたいとも思わない。
ただ、バクバクする。
自分の胸が。




