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スリーライティング・上 Three Lighting  作者: タイニ
第十章 手と手はあるのに

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71 なぜ光熱費。



「…………。」

しまったと思う久保木。


友人になら普通に言ってしまう言葉だが、目の前の男とはきちんと話すのは初めだ。しかも動揺している感じがする。どこまでが日本人の気に障る言い分なのか分からないし、昔と今でもかなり違うので、昔のノリで言うなと言われていた。人と人でも違うだろうが。


「………」

そんなことを考えている久保木を、しゃがんだままじ~と見てくる若者。


しかしよく見ると、この男。一般の日本人枠に収めていいのか?と、思ってしまう。顔を見れば見るほど気の強そうな目をしているし、少なくとも軟弱ではない。雰囲気は。


そしてよくよく見ると、どこか親近感もある。


え?

親近感?なぜ。


「姉離れしたらどうだ?」

なので言ってしまう。



「姉離れ?!」

何にも動じなさそうな顔をしているのに、この男はやはり動じまくっていた。

「親離れじゃなくって?」

「は?」

「みんなにいつも親離れしろって言われるのに、親離れしようとすると親の言うことを聞けって言われる。」

「…………。」

それは、何と答えていいのか分からない。6年生か、中学生か。

「自立しろって言われるのに、がんばって行動すると大人しくしていろと言われる……。だから今度は大人しくしていると、デカいくせに動け、笑え怖いって言われる。笑うと愛想振り撒くなって言われる。」

そうして、ずどーーんと落ち込んでいた。


子供なのか?でも、この男が迷うには矛盾のない言われ様ではある。親離れしろと言われ、親の言うことも聞けとも言われたら確かに困るであろう。……?あれ?話の論点は何だったか。


庁舎君がバンドマンなのは知っているが、バンドマンとはこんなものなのか。



「……誰かいないと光熱費も払えない。人生って難しすぎる。原始時代が良かった……。」

「光熱費?金本さんに光熱費を払ってもらうつもりなのか?」

「……」

「庁舎君みたいなデッカイのが付いてたら、お姉さん恋人もできないだろ。親の次は、お姉さんに光熱費を払ってもらう気なのか?」

「そうじゃなくて、管理はしてもらいたくて。」

「は?……何とぼけたこと言ってんだ?」

章、何が言いたいのか自分でも分からなくなってくるし、久保木もこの男の言っていることが飲み込めない。ヒモになりたいということか?従姉妹の。


章としては、姉じゃないと言ってしまえば尚香から一線引かれそうで、念のために弟ポジションも失いたくない。でも、姉でないと言ったからどうなのだ。どうせ相手にもされない。



「久保木さんこそ、みんながいた時はすごく優しそうなのに………けっこうキツイ言い方するんですね……」

「きつくないだろ。普通だ。」

「……違う……。先と明らかに違う。とぼけたとか……俺、けっこう頑張ってるのに………。とぼけてないし………」

このなりでひ弱なことを言いだして、なんなんだ。何か頭にくる。



「……もう一度確認する。名前は何だ?」

「………山名瀬章です………」

と、おずおず答えた。

「章?」

なら庁舎はどこから出てきたのだ。だがもういい。

「分かった。山名瀬章だな。」

漢字も見せてもらう。

「……プライベートなので、みんなの前でその名前は言わないで下さい。」


「何がプライベートだ。どこまで自分を防御しまくってるんだ?もっと堂々としてろ。」

「え?やっぱり久保木さん、飲みの席でニコニコしているタイプじゃないですよね?」

「何言ってるんだ?仕事で時には憶単位の金も動くんだ。ただニコニコしてたら誰がそんな奴に金を任せるんだ?大人しくしてたら、この世界で仕事なんて出来るわけないだろ!」

「ヒェっ、こわっ。」

海外では、舐められたら終わりである。弱者になる以前に仕事の隙間にも入れない。そもそも弱者がいないのだ。仕事をしない奴でさえ態度がデカい。


「え~。先までニコニコしてたのに……。ほんと、何?……」

章のセリフに呆れる。……これが大人が大人に言うセリフか。ほとんど知りもしない仲なのに。




久保木。


実はやはり、

超絶ワーカホリックで、ある日突然何かの紐が切れてしまったのだ。


無気力まではいかないが、無自覚でダッシュからのセーブが掛かってしまった。そこで初めて、これまでとは違う、本当の人生の意味を考えて立ち止まる。

そして、日本に来てからは自覚なく非常にゆっくり仕事をしていた。なにせ日本にいれば、飛行機に乗らなくていいし言語の変換もほぼ要らない。あっても英語。一般業務の社員たちに合わせたら、どこで睡眠したか分からないような働き方もしなくていい。非常に規則的だ。

久保木的には。


個人で仕事をしてしまったら、労働時間無視で、24時間いけそうな勢いで動いてしまう。

最近はそうではなかったのに。



なのに久々に見る、別の大陸で出会うような、全く話が通じなかったり意味の分からない人間。そんな奴が目の前にいた。


このなりで、世の中舐めていそうな風貌で、何が怖いだ。



「山名瀬章。」

「はい?」

「もう少し、シャキッとできないのか?」

「……え?立ってってことですか?」

と、立ち上がってシャキっとした。


そして、何?という顔で見ている。


また呆れる久保木。山名瀬章はおかしいと理解した。

「……D’accord(ダコール)……」

と、思わずつぶやいて自分を納得させる。


「何が分かったんですか?」

「お前、本当に大人か?」

と言ってしまってから、……そして気が付いた。

「??」


「『D’accord』……」

と、もう一度言う。

「だから何が()()()()んですか、ってば。」

「……」

久保木はふと顔を上げた。


「Tu es un(ばかだろ) idiot.」

「ほんとひどい。兼代先輩に言いつけておこ……」


「……分かるのか?」

「日本人でもボンジュールやメルシーくらい知ってますよ!ひどいです!」

「ボンジュールじゃないだろ!D’accordと聞いてフランス語って分かる日本人なんてそこらにいないだろ!」

「ルカの福音書はフランス語も覚えているからです。」

「は?」

「久保木さんこそ、どこで勉強したんですか?発音きれいですね。ネイティブみたいですよ。」

「俺は、子ども時代フランスで暮らしてたからな。ほぼネイティブだ。」

「え?そうなんですか?僕はフランスに行ったことがないので、額面通りのフランス語しか知りません。だから今時の会話とか、スラングとかは知らない。」


「……というか、聖書を読むような教養があるのか??」

「教養?」

すると、小学生1年生の国語さえ読めないような顔をしているのに、フランス語で福音書を数節サーと、暗唱していく。

「聖書は教養でなく、生活です。」


「…………」

久保木、言葉がない。


「……どこで習ったんだ?」

「片親がクリスチャンで、日本に来てから教会行けないからって、ずっと聖書の朗読聴かされてました。フランス語はルカのCDしかなかったから。」

章の子育てを放棄した洋子が、自分の胸に(とが)めるところがあったのか。日曜礼拝代わりだと、赤ちゃんの頃から章のいる部屋に、家にあった朗読CDをよくかけていたのだ。最初は日本語と英語。それから棚にあるので中国語も数巻。そして、フランス語の福音書。これは、章の祖父のCDであった。




妹の道子が大切にしていた礼拝。



道子と洋子は、時々二人で聖歌や讃美歌を演奏し歌った。


洋子には道子の言う聖書の歴史世界も、その信仰も思いもちっとも分からなかったが、二人で演奏した時間は何よりも大切であった。


そして洋子も神様そのものは漠然と信じていた。





CDを聴いて覚えた?

丸暗記?


「文字は読めるのか?」

「フランス語は読めない。それは音で覚えたから。」

久保木が自分のスマホで聖書を出し、適当に聞いていくとほぼ正解である。訳の違いもあるだろう。でも音で覚えた?

「文字で覚えたものもあるのか?日本語は?」

と聞くと、英語も文字はあまり分からないらしいが、日本語は完璧で中国語は少し分かるらしい。英語と日本語もCDをよく聴いた箇所は丸暗記で聖書を網羅している。新約聖書は完璧だ。英語とフランス語は音で、日本語は文字と音で覚えているらしい。

「………」

信じられない。



「……サヴァンなのか?」

「………そんなの知らないし、どうでもいいし。昔はいろんな讃美歌が歌えたから「フィル章ちゃん」と言われたけど、声変わりして何の成功もできなかった……。もっといけると思ったのに…」

いや、食っていけるなら歌で成功しているだろうと思うがこの男、落ち込んでいる。そもそも大人になったら歌で少年合唱団にはいられまい。


「フランス語ができたところで、光熱費も払えない……」

「光熱費?」

「光熱費払えないと認めてもらえない……」

「…………」


「お前はバカなのか?アホなのか?」

「は~、久保木さん、ひどすぎる。」


なぜそんなにも光熱費の支払いにこだわるのだ。最初だけ誰かにしてもらえば、後は引き落としだ。外国人だってそれくらいできる。むしろ日本語ができればそれでいいはずだ。


「敵は光熱費だけじゃないのに……。管理費とか、保険とか、車検とか、なんかいろんな会費もあって……」

手で数えながら、また頭を抱えていた。本当にばかなのか。ただ、車検がめんどくさいのは認める。


「今のままでいいのもあるけど、新しい敵が出てきたらどうすればいいんだろ?」

「敵と思うなよ。日常の一環と思え。…まあ、それをお姉さんに頼るのはおかしいな。」

「………。」

何かじっと考えてまた顔を上げた。

「おかしい?」

「………だろ?」

「…………そう……かな?」

「そうに決まってんだろ!せめて親に頼め!」

「えー、親離れして、自立したいのに。」

「あほか!そんなもの自立とは言わん!」

「っ!?」



二人してなんでこんな話になったのか分からなくなってきた。


ただ、かわいそうにとは思う。体力もありそうなので、確かに原始時代に生まれていたら無双できただろうが、この規制だらけのコンプライアンス社会に生まれてしまった。せめて、明治大正戦後ならよかったものを。



男二人、よく分からない気力と精神力を使い、よくも分からず解散するのであった。




***




そして、ある夜。


「尚香さんこっち!」

尚香と柚木と川田の女三人が、イットシースタッフの和歌に誘導される。



久々のライブハウス。


既に周囲は暗く、何かの音楽が流れていて、沸き立つような熱気が伝わる。



ライブ会場に入る前に受けていた様々な指示に従い、誘導された場所に入った。


「ゥワワワアーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」

同時に、ものすごい声に囲まれ、もう和歌の声も聞こえない。三人に表情でサインをすると、戸惑っている尚香の代わりに、柚木と川田がOKサインを出すので和歌は笑顔で手を振って去っていった。



「オオオオオオーーーーー!!!!!!!」

という歓声やものすごい振動、拍手、ジャンプ。既に手を振り始めた柚木と川田。会社では猫被ってる?な勢いで、川田はノりまくる。



その中で、えっ?えっ?えっ?えっ?と頭が追い付かない尚香。


あれ?ここはどこ?

LUSHって……これ、LUSHだよね???




そう、初めて尚香がLUSH+の定期ライブに来たのだ。




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