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「おい、功。オメー、ナナサちゃんと喋んな。」
「……あ、先輩、おはようございます!」
「先輩じゃねーよ!」
深夜の音楽番組収録でスタジオで、功に声を掛けるのは、年齢も番組デビューも同期の他社バンドのボーカル、鷹十である。
鷹十、顔は自分の方がカッコいいと思うのだが、いつも女性共演者が功の方に声を掛けに行くので気に食わない。話す必要もないのに、女性たちがわざわざ声を掛けに行くのだ。しかも今日は、密かにずっとファンだったアイドルのナナサちゃんであった。
「鷹十先輩、自分で書けないような難しい漢字名にするから、みんなに覚えてもらえないんじゃないの?」
「言えるし書けるし、先輩じゃねーっつてんだろ?」
そこに、女子たちが寄ってくる、
「功君!TV出ないって言ったのに来てくれたんだねー!!」
「上司命令だし。ケーブルだし。」
「これからも頑張ってよ。」
「功くーーん!まったねー!」
そう言って別の女性も功に手を振り、鷹十には笑顔で礼をしてお疲れ様ですと去っていった。
「ばいばーい。」
と、笑顔もなく手を振る功なのに、女の子は嬉しそうだ。
「………」
「じゃあ先輩、お疲れ様…」
「おい、待て!」
「はい?」
「だからなんでお前はいつも特別扱いなんだ!!」
「え?先輩の方が敬われているのに?僕も敬っています!」
「~っ!!………」
どうにかムカつく気持ちを抑える。
そして、功に時勢の話を振る。
「なあ功、ちょっとスマホ貸せ。ネット賑わってるの知ってる?」
「知らない。」
「お前最近、またネットにいろいろ書かれてるから。」
章は素直に先輩にスマホを出す。
そして、鷹十が見せてくれた画面には、功のことがたくさん載っていた。
『でも太郎復活した。くんな』
『待ってました!』
『CMちょうしこいてめちゃムカつく』
『アイドル上がりのアイドル崩れ』
『ステージでは超態度デカくても、超陰キャ。アリーナの裏方やってたから知ってる』
『俺も。挨拶もしない』
「ねえ、鷹十君。僕、みんなの前だと緊張するんだよね。ほら、業務中以外で会ったら気まずいでしょ。」
「うるせえな。ずっと仕事中なんだから挨拶はしろよ。」
「でも、アリーナなんて人も何も同じ人に会いまくるし。横っちょにいた人には挨拶してたとかあるからさ。」
「最初全部に挨拶して、また通路で会ったら会釈でもしておけばいいんだよ。後は知るか!」
もう一度スマホを見る。
『ロック野郎が、裏でヘコヘコ頭下げるんかよwwwwww』
『マジ真理』
『いや、しろよ。クソかよ。』
『コンプライアンス時代』
『しゃーない』
「…………」
ずーと見ていくと、だんだんもっとひどい言葉が出てきて、もう女子には見せられない。
「功、よかったな。真実しか書かれていない。」
「……鷹十君が書き込んだの?」
「アホかよ!んなわけあるか!!」
「こうやって、僕のこと毎日検索してくれてるの?」
「………」
鷹十は功の性格を知っているのでいつも絡みに行くが、だいたい負ける。
「功、噂で聞いたんだが彼女できたんか?」
「手前かな。ちょい嫌われてるけど。いい感じ手前なのか、避けられてる手前なのかよく分からない。」
「嫌われる手前だろ。その人に会わせてくれたら、俺がお前がマジ遊んでないってちゃん教えてやろう。」
「えっ、ホント?」
でも時々勝つ。
「功、行くぞ。先輩お疲れ様です。」
と、乗せられそうになる功を与根が引っ張った。
「お前も先輩とか言うな!!」
同級生であり、与根の方が業界人としては完全な先輩だ。
「じゃあ鷹十君グッバ~イ!」
と、功がブリッコして手を振る。
「あいつら、ムカつき過ぎる!!」
「鷹十、やめとけってば。」
そうやって他のメンバーにたしなめられた。これもいつものことだが。
「なんであいつはモテるんだ?」
「女性を大切にするからじゃないか?」
「いい加減だし、遊んでんだろ?!」
深い仲の子はいなくとも、なぜか女子が一緒に食事をしたがる。あんなにいい加減で、ダンマリの時もあるし気分屋なのに。
「お母さん大事にしてるのとか、みんな見てるし。」
「継母なのにな。」
「だから、なんであいつは、マザコン扱いされないんだ!!」
「されてるし。」
「『結婚したら、相手が可哀そう』扱いもされないだろ!!」
「……楽しそうだからじゃね?」
道さんと周りのみんなも仲がいい。
アイドル時代ほど道は仕事の面倒を見ていないが、時々来ると雰囲気がいいので、みんなけっこう気になるのだ。最初は功が怖いので近寄らないし、寄ったら寄ったで不愛想なので敬遠するのだが、何かのきっかけでそこを越えてしまうと、あの周囲は居心地が良くなるらしい。
ただし功も女子には比較的愛想がよく、自分が好きな女性には自ら挨拶に行くどうしようもない男である。
***
別の時間、功は先、鷹十に開いてもらったサイトをじーと見る。
『でも助、バンドマンのくせにまだ独り身』
『んなわけねえだろ』
『わらかす』
『結婚できてもぜってー高速離婚』
『結婚離婚セット』
『その後、身持ちを崩すまでセット』
功はLUSH公式のサイトの自己紹介にも、夢は結婚と書いているので狙い撃ちされていた。この後に続く言葉はもっと汚い。
くっそ、こいつら……、と苛立ってくる。
『お前らも俺と同類』
とだけ打って送信しようとすると、与根に叱られる。
「あほか、学べ!」
と、スマホを取り上げられた。
「最近エゴサはしていないと思っていたのに……」
「だって、鷹十君が……」
「鷹十は関係ない。功の責任だろ?」
と、そこで気が付く。
『お前らも俺と同類』が送信されていたのだ。
「え?」
「うおっ!」
なぜ?と、よく見ると、ログインなしで書き込めるらしい。送信を押してしまったのか。
「まじか……」
「テンちゃん……」
そこにやって来たテンちゃんに頼る。
「はぁ……。報告事項だね………。管理人にお願いしないと多分消せない。」
放置した方がいいか、消してもらった方がいいか。まず上に報告になるが、サイトは『本人降臨?』『でも助アホ~~wwwww』『まさか』『なりすますな』と賑わっていた。それから、功はまたこっぴどく叱られたのであった。
***
そして仕事帰り。
「尚香さん!」
尚香がアベニュービルから駅に向かおうとすると、聞きなれた声。
「っい!章君!」
と、言ってしまって周りを見渡す。
「なんで!」
「最近、シューナによく行き来するから~」
「ライブは?」
「これから定期ライブ減らすことになってて。今は他のバンドが枠取ってるんだ。」
「……?減らしたら他の仕事は?ないの?」
「あるにはあるけど……、だから今日はシューナで!」
と、2階ロビーに上がるエスカレーターを指す。
「来年からスケジュール変わっていくから、来年から忙しくなるかも。」
「………なるほど……。がんばってね。」
「え?さみしくない?」
「……章君とここで会いたくないんだけど……。」
と、周りを見ると既に、他の社員も降りて来ていた。
「あっ、久保木さん!」
「へ?」
そこに現る、部長や久保木本部長。
「……あ、チョウシャさん。」
「お!君が庁舎君!」
「え??」
久保木や部長がなぜ庁舎君の本体まで知っているのだと、尚香が戸惑う。
「庁舎君!私、金本さんの上司です!握手いいですか?!」
と、60代後半のおじさん部長が目をキラキラさせながら言ってくる。
「上司?いいですよ!」
と、章は両手でがっちり握手をした。
「やったー!!」
ウキウキの部長、こっそりながらハイテンションだ。
「都内のどっかで偶然見かけたってことにしとくね!娘と孫に自慢できる!!」
「……こちらこそ、金本さんをよろしくお願いします。」
と、章が礼をするも、部長の孫まで功を知っているのかと尚香は震える。しかもなぜ章君に自分をお願いされるのだ。
そしてそこに現る、ジノンシー側の問題児兼代。ここでは目立つため、飲みに行くというのでやめさせようとすると、なら尚香さんは来ないで下さいというので、見張りも含めて仕方なく動員されるのであった。
***
部長の乾杯で食事が始まる。
既に部長と兼代は程よく酔いが回って気持ちが良さそうだ。兼代と章を尚香が睨むも、全然堪えていない二人。
「兼代君、お酒弱いんだから自制してね。」
「尚香さんが強すぎます!」
「ははは、まさか庁舎君と飲む日が来るとは!」
「……………。」
そんな庁舎君は頷くだけで、聞かれたことしか話さない。
「庁舎君、いいお姉さんを持ってよかったね……」
部長が語りに入るので、尚香が嫌そうだ。
なお、会社課内の認識は、尚香さんの従弟はLUSHの功と思っている人と、いや従弟でなくて結婚の線もあった人ちゃうの?という人がいる。こんな時代だから、話題に出したり本人が言わないのであえて確認しないだけだ。兼代はもちろん後者だが、久保木と部長は従弟だと思っている。
「もう本当に金本さんはね、昇進させてあげたいんだけどね。昇格で留まって勿体ない。」
「…自分で決めてるからいいんです。最近は40、50で復帰してそれから管理者になる方もいるので、もう少し考えます。」
「えー。尚香さん、それは産休や育休のことを考えてですか?」
兼代、何の遠慮もなく尚香には聞いてくる。やめてほしい。
20代から一直線でこの道に来れたら今、それもありだっただろう。でも、尚香はあっちこっち職を変えて、そうはなれなかったし、まだ完全に結婚の線が消えていない。それにイットシーは子育て後復帰の主婦が、ナオともう一人いると聞いたのだ。人によっては更年期など挟むし、思い通りの役は持てないかもしれないがそれもありかなと。
「兼代君。それ、他の社員に言ったらアウトだからね。この時代。」
「尚香さん、怖いです………。」
でも、尚香には昇進したくないもう1つ大きな理由があった。
尚香は目立ちたくなかった。
たとえ東京でも目立つのだ。20代で女性が大きな役職を持ってしまうと。




