67 エナドリファン、ここに現る
このホームは愛知県の児童養護施設。その中では中小規模の25人前後の施設だ。
全員挨拶をし合い、先買った車に入った大量の荷物を運んでいく。
「尚香ちゃん、いろいろ送ってくれてるからいいのに。」
「これはお土産です。」
尚香はこの他にも自立支援や乳児園の方にもギフト購入支援をしている。
今回は普段買わないような、かわいいデザインの消耗品を買った。一時的なものかもしれないが、少しでも誰かの生活に華が咲いたらと思って。
自分が初めて花柄トイレットペーパーを見た時、ピンクのティッシュペーパーがあると知った時、世の中には白以外のものもあるんだ、なんだかとってもかわいいなぁとうれしくてドキドキしたからだ。日用品って一種類じゃないんだと。
一方、章。
「………」
陽くんと言われた若い男は、帽子を深く被り眼鏡をかけたやたら背の高い異物に気が付く。いや、いるのは分かっていたが、そもそもこいつは何なんだ。
そして目が合う。
「…………」
数秒目が合って、章はサッと視線を逸らした。
「……………」
失礼だと思いながらも気が付いてしまう。
「………LUSH…?」
「っ!?」
「え?LUSH??」
「違います!!ただの人です!」
章、帽子を被って眼鏡を掛けているのになぜバレるのか分からない。しかも、今日で3人に当てられている。なぜ?あっちこっちで顔が割れるほど有名ではないはず。
「あっ、そうですか……。どうも。」
「どうも。」
章は分かっていない。基本、自分の顔を晒したくない章は、ライブ以外、普段から眼鏡を掛け帽子を被っていることも多い。CMも少々髪がうっとおしいくらい顔に掛かっている。
つまり、今している格好が、テトリー以外のメディアに出る通常運転なのである。
「章君。陽君はね、私がここにいた時一緒にいたんだ。まだ小さかったけど私のこと覚えてて。一度他の会社で働いて、今は奥さんとここの職員をしてるんだよ。」
嬉しそうに尚香が言う。
「………ふーん。」
奥さんがいたのかと安心するも、陽がやたら鋭い目で章を見てきた。
「?」
「……章さんと尚香ちゃん、付き合ってるんですか?」
「………みんなに言われるけど違うから。従弟だよ。」
ならなんで、東京からわざわざ二人なんだと言いたいが、従弟と言われると困る。兄貴や弟と言われるよりミビョ―で困る。
施設の談話室に入ると、章もカレンダーを見て分かる。仏教系の施設なのだろう。
お地蔵様や観音様、小坊主のかわいい置物も飾ってあった。
古い建物だが、中はリフォームされて温かい木の雰囲気だ。章は聞かれたこと以外話さなかったが、みんなの会話を聞いているといいところなんだなと思う。
ほとんど子供たちには会わなかったが、外に出る時に小学生の女の子がこっちに来た。
「ののさまかわいい?」
と、章に聞く。
「ののさま?」
「私がつくったんやよ。」
と、観音様を指している。
「かわいいよ。」
と言うと、
「ののさまは、なにも言わないけどなんでも知ってるんやよ。」
と、うれしそうに走って行った。
園長と副園長は今日は子供たちと個別の談話があるので、玄関先まで見送って建物に戻って行った。
「二人ともこの後はどうするの?」
と、陽が聞く。
「ホテルを取って明日帰るよ。」
「………一緒に泊まるの?!」
陽は驚いて無口な男の顔を見るも、尚香が言う。
「まさか。それぞれ別のホテルに泊まるから。」
そこで二人の関係がますます分からなくなり、ますます怪訝な目で見てしまう。親戚だろか。親戚なら部屋は別でも同じホテルはおかしくない。でも、養子先なら血縁ではないはずだ。
尚香としては、部屋が違っても同じホテルに入りたくはない。誰の目があるかも分からないのに、なぜLUSHのボーカルと同じホテルに行くのだ。時間をずらすにしても、その事実をどこにも残したくない。誰も見ていないとしても、誤解されることは絶対に嫌である。
「尚香さん、いいよ。尚香さんち家、帰ろうよ。」
「章君、これからまた東京まで走るの?それは大変だよ。明日にしようよ。」
朝運転してさらに山まで行ってきたのに、また高速で4時間近く掛かる。
「別に大丈夫だけど。」
「明日仕事だよ?」
「午後からだから。明日は夜だけだし。」
「だったらほんと、先に帰って。」
「いやだってば。」
「なら私がお金出すし、ホテルちゃんと取るから。」
「あー、もうだったらいいよ。明日まで待つから。ホテルも俺はいい。」
「待つ?どこで待つの?」
「車で寝る。」
本当に尚香の常識の範囲にいない男である。
「そんなの疲れ取れないし!危ないし!」
イットシーの稼ぎ頭にそんな事させられない。明日のライブに響いたらどうするのだ。
「大丈夫だって。」
章は何が心配なのか分からない。なにせエネルギー溢れる男。朝、サッサと起きてランニングでもしていればいい。今までの人生で野宿したことも何度かある。
「待って!あのさ、二人とも家、来る?」
そこで声を上げたのは、陽の妻の星南だった。
「?!」
ギョッとする陽である。
***
「かんぱーい!」
と、4人はビールを開ける。
結局、二人は陽と星南の家に来た。しかも小さな子供が二人もいる。女の子二人は章と尚香が買い込んだ食べ物やお菓子で大盛り上がりだ。
「本当にお酒飲まないの?」
「いいです。早朝運転するし。」
章はジュースを炭酸で割って飲んでいた。一体、章がどういう場面ならよくしゃべるのか分からないが、ここでは比較的おとなしい。
「えー?明日尚香ちゃんと名古屋巡りするからだめー!名古屋行くの久しぶりやわー。」
星南は既に酔っ払いだ。
「ふふー!それにやったー!LUSHのボーカル捕まえたー!!」
「っ!!」
「ぶっ!」
尚香は軽く咳き込む。
「ボーカルが、うちで飲んでるしー!!」
「知ってたの?!」
「知ってるも何も分かるし~。いいやん、尚香ちゃん!」
「………うそ……」
尚香が恐怖の顔で章を見ている。テレビを見ないような時代にCMってそんなにインパクトがあるのか?なんでこんなに有名人なのだ?
すると、
「エナドリ~、エッ・クス!!」
と、星南が変なポーズをしている。
「あ、ソンジ推し?」
と、章が言うと星南が「わーー!!!エッ・クス!」とまたポーズを決めて騒ぐ。しかも章とポーズのタイミングがピシッと合う。
「…………」
まさか、こんなところでエナドリファンに出会うとは。KOUが去ってから世界ツアーにも出ているし、数曲特大ヒットもあるが、日本なら音楽好きやk-pop好きなら知っているというくらいの知名度だ。
「わーい!尚香ちゃんは誰推し?」
「え?」
功しか知らない………ので、助けを求めて章の顔を見ると目が合う。
「……………」
「キャー!!堪らない!!!」
「………」
と、じたばたしている。この人は大丈夫なのか。
「違う違う、エナドリってことしか知らない。星ちゃん、エナドリ好きだったの?」
「だったってひどい………。現在進行形で好きだよ。今でもコンサート行くし。」
「解散してもコンサートとかするんだね……。」
「解散してない!!」
「……そうだったっけ?」
尚香、全く分からない。
「あー!今ならKOU推しでもいいけど、ソンジから浮気はできない!!」
「俺も、ソンジから浮気はしないな。しかも自分に。」
ソンジは功と同級生のリーダーだ。当時中2なのに年上もいる中でリーダーになり、功の不始末の間を取り持ってくれた最高にいい奴である。章は一生頭が上がらないであろう。
「目の前で見ると、かっこいい………」
顔は好みが分かれるだろうが、章はタッパと雰囲気だけでもそれなりに格好良くは見える。
「でもいい。KOUは尚香ちゃんに譲る…………」
譲ると言われても。
「くうっ~っ。…て言うか、ソンジだったら同じ屋根の下で寝られない……。私が家を空けるっ……」
この人は大丈夫なのか。
「……………」
尚香と陽は話に追いつけない。陽は妻ゆえに知っていただけだ。
「星ちゃん、章君のこと周りに言わないでね。」
「OK、OK!そこんとこは弁えてる。」
KOUが神経質でライブ以外で騒がれるのが苦手なのは、ファンの中でも周知であるし、ファンとしてのマナーもあるしトラブルにしたくない。
「陽君もエナドリファンなの?」
「そんなわけないだろ!」
言っただけなのに尚香、怒られる。
そうして、今日はみんな部屋ごとに別れて寝ることになった。
尚香は子供部屋で星南と一緒。夫婦部屋に子供を押し込めようとしたら、子供たちが一緒に寝たいと言い出し、尚香もいいというので女子は子供部屋。狭かったら後で星南は夫婦の寝室に行く。章は座敷に。
章君寝られるのかな……と尚香は気になる。
なぜか尚香の中で、章は枕が変わったら眠れない人物になっているからだ。慣れない人の家の布団で落ち着くのだろうか。
しかし、章は寝られないのではなく、寝かせてもらえなかった。
「章。年下だよな?」
「はぁ……」
「でかい図体して、なんでそんなに暗いんだ?!」
「…………」
『ちょっと陽ー!章君に変なこと言わんといてねー。優しくしてあげて!』
ふすまの向こうから星南の声がする。
『章君、足りないものがあったら陽に言ってねー。』
「……なんでこんな強ぃ気そうな奴に気を遣わねばならんのだ……」
章は黙っていると怖く見える。
「風呂は?」
「足と顔、洗いました。」
「なんだよ。俺んちの風呂が汚いとでも言いたいのか?潔癖か?」
「…人の家で裸になれません。」
「……お前、何言ってんだ……。」
呆れる。ノースリーブは着ても、功は絶対にライブで服を脱がない。人の視線からも身を守るタイプである。着替えは常時車に服が数着置いてあるので適当に替えた。
「………寝ます。」
と、布団に隠れる。
「お前だけ寝るな、起きろ!話がある!!」
「………陽さん、寝室の方で寝てて大丈夫ですよ。」
「今日はここが俺の寝室なんだよ!」
しょうがなく章は布団の上に座った。片方膝を立てた足が長くて、陽としては気にくわないが我慢する。
「足が長くてムカつくな。そんなんで何で前転とかできるんだ?」
我慢するも、じーと見て言ってしまった。
「…………」
「なんですか?」
「尚香ちゃんと付き合ってるんか?」
「……尚香さんの言ったとおりです。」
「だからそれはなんなんだよ!」
付き合っていないということになる。
「付き合ってないなら、付きまといだろ!」
「許容されている付きまとい……」
「……信じられん………何やってんだ?」
普通、芸能人が付きまとわれるのに。
「………」
章は、目を合わせない。
「尚香ちゃんが結婚できなくなるようなこと、絶対するなよ……」
「………」
でも、その言葉に、顔を上げた。
章としては不満だ。前も言われた。美香に。
「それ他の人にも言われたんですけど。」
なぜこんな愛知県に来てまでも、それを言われなければならないのだ。
「……尚香ちゃんさ、俺が自立する時、生活支援くれたんだ。自立支援って言うんやけど………。」
「………」
「………まだ大学生だったのに、インターンのお給料、俺ともう一人の子に注ぎ込んでくれて。」
「学費は?って聞いたら、奨学金取ってるし何かあったら養子先の家族が出してくれるから、受け取ってって。」
尚香は両親に学費を頼るつもりがなかったが、海外にいるお兄さんも援助し一旦全額出してくれたのだ。仏壇にある実父の時計を売って少しでも返したいと言ったら、お父さんに断られた。
「それできちんとした格好出来て、それなりの場所に就職もして、星南とも出会えて………。なので、まあ………」
一番の甘えっ子だったので、尚香は東京に行ってからもずっと陽を心配をしていた。
「それに………」
「尚香ちゃん、もうあんな思いさせたくないからさ………」
「……」
章はこれにもため息が出る。また失敗したらしい結婚のことか。披露宴も挙げない方向でいったなら、損失も少なくて良かったではなないのか。もう済んだことでどうにもならないし、あきらめるしかないじゃないかと思ってしまう。




