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スリーライティング・上 Three Lighting  作者: タイニ
第九章 猛進の始まり

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66 付き合おうよ



和んだ雰囲気なのでこの場で言えないが、嘘はやめてほしい。


『章君!こっち来て!』

と、尚香はジェスチャーして章を呼び寄せると、嬉しそうにやってくるので、少し端で話すことにした。

「章君。いくら場を取り持つためでも、嘘はダメだよ。デザイン業って言ったの?」

こんなの、皆さんに申し訳なさすぎる。


「……先の社長さんたちとの話?」

「そう。人にしていいことじゃないんだよ。」

「…………」

章は真顔でじっと尚香を見る。

「…………」

「…??章くん分かる?」

なんで、そんな顔をされねばならんのだと思いながらも、しっかり言っておく。


そこで、章は丁寧に答えた。

「……尚香さん。」

「なに?」

「俺、本当にデザイン業してるから大丈夫だよ。」

「…?」

「ちゃんと仕事で。」

「……?」

「自称になるかもしれないけど、仕事はしてる。」

「…え?…ほんとに?」

「うちのアルバムのジャケットも何枚かはそうだし、アベニュービルのシューナの仕事も、その版チェックに行ってる。年に数件だけど、店舗デザインもしてる。」

「………そうなの?」

章はコクっと頷いた。



「…………」

今度は尚香が思わず章を見てしまう。


この章君が?字もあんなに下手なのに?けれど、芸能人には案外絵心がある人も多いので、それは本当かもしれない。もしくはよくある、何とかプロデュースとかいうやつか。


「絵とか上手なの?」

「……絵は下手だけど、ラフとかで案、出してる。そうすると、シューナのデザイナーさんがキレイにやってくれる。」

「………………」

「ジャケットは伊那(いな)もしてて、伊那は商品前段階まで自分で全部できるけど。」

「……。」

びっくりである。



「章君ごめんね……。」

「別に。」

そうすると、不器用にスマホを触りながら、写真を出してくれた。

都内の飲食店だ。重厚なものから、ラグジュアリーなものまで、統一された中にいくつか鮮やかな色彩が表れているのが特徴だ。


「………これ、章君がデザインしたの?」

「大分変更はあるけどね。素材とか建造物の形状や必要部分でいろんな条件が入って、変更せざる負えないところも多くて。大きく言えばイメージスケッチみたいなもんだけど、一応僕にも金は入る。」

そう言って、ヘタクソが頑張って描いたような絵に、様々なサンプルナンバーを振った次段階、次に他人の手が加わった数枚の案ができて、平面図や立体図、様々な施工図などが現われ、最終的に何かの空間に現実化する、実物の写真までが載っている。

「…………」

尚香、あんぐりしてしまう。



「……僕は本当は、建築家になりたかったんだ………」

そうして章は、また突拍子もないことを言い出した。しかも、今の人生失敗したかのように。


「父さんが建築家だったから、建築業で稼いで建築家として家庭を築きたかった………」

安定就職じゃなかったのか。建築家ならピンきりだろうか。

「……でも、知ったんだ………。自分は大学にも行けなくて、大学にくらい行っとく頭がないと建築家になれないんだって………。大卒って異次元だし。」

本当にさみしそうだ。

「………そうだね………」

そこは同情する。小中高、全部お情けで卒業したのだ。そればかりはどうしようもない。しかも建築家など、普通の大卒でもなれない人は多いだろう。


「そしたら(こう)ちゃんが、僕の色彩感覚や家具選びが好きだからって、一緒にやろうって……。」

「………そっか………」

「父さんは、木とかコンクリートのシンプルな空間が得意だったんだけど。そういうのは難しくて、頭に思い描いても現実化しない………」

また誰か分からない名前が出てくるも、どうせ事務所関係か親戚であろう。基本章の人間関係はこの2択しかないので、話の流れは止めないようにする。



尚香は呆れる。本当に章君はバカだ。歌、ダンス、見た目。


これだけでも、今や誰もがうらやむ才能を持っているのに、それでどうにか生き抜いている感じだ。今、卑屈になっている章が、振りではなく本当に落ち込んでいるのを知っている。

デザインだってしたくてできる仕事でもない。しかもこの規模の仕事ができる人から持ち掛けてくれるコラボなんて、運も備えていないとできない事だ。十分ではないか。


なぜそれを活かして、そこで最大限に自分が輝けると思わないのだろう。

どんなに努力しても、音楽の世界で生きていける人は世に少ないのに。


でもきっと、アーティストってそういうものなのだろうか。



それに章君は何か地位を求めている訳じゃない。そこも洋子さんと一緒だ。






そこに社長さんたちが声を掛けて来た。

「尚香ちゃん。今度章君また連れてきなよ。いろんな現場見せてあげるから。」

「東京には敵わないだろ。」

「いやいや、今は地方も負けてないぞ。コンセプトが違うしな。地方には地方のいい施設がいっぱいある。ホテルやミニ商業施設みたいな病院もあるぞ。」

「帰る前に寄ってくか?」

「……予定を見て。」

「よしっ!今度は鮎料理も奢ってやる!来年も来い!川行くぞ。川!」



そこで、向こうから呼ばれた。

「おーい。昼メシ食おう。ここの山菜釜飯おいしいんだ。」

今回は昼はちゃんとした食堂で食べようというのも、短いハイキングコースにした理由だ。


「章君もおいで。朝に予約増やしておいたから。」

みんなが呼んでくれる。

「あ、すみません。」

章の分は払うと言いに行ったら、会長が自腹で出してくれるそうで申し訳なくてお礼を言っておいた。その代わりまた来るんだぞと。





そしてまた、愛知の街を遠くに見渡せる山道を歩く。


目下(もっか)に広がる街や田んぼ。さらにその向こうには別の山も見える。


風も弱く吹いて、とても気持ちがいい。

「………」

山登りなんて学生ぶりだ。



「……尚香さん!」

いままで、他の人たちと会話していた章が駆けてくる。

「大丈夫?エナジードリンクいる?ガス欠してない?」

「……いらない。」

みんな和やかにその風景を見ている。




最後にまた「宵の丘」に戻って来た。


尚香の見送りは章がすることになり、二人はお礼に柿を箱で買ってみんなに配った。





***




車で街まで降りて、途中コンビニに寄ってから、章と尚香は少し言い合いになった。


「え?尚香さん東京に帰らないの?」

「うん。この辺のホテルに泊まって、明日は知り合いに会いに行く。それから午後は名古屋駅周辺を歩いてこうかなって。欲張りかな。」

後ろの席で尚香がいろいろ検索していた。

「……え。そんなん、明日の夜になっちゃうよ。明日仕事だし。」

「だから章君、先に帰っていいよってば。私は近くの駅で降ろしてくれれば、適当にどっか泊まるから。」

「うちのスタッフ、いつもホテル取るの苦戦してるのに予約なしで泊まれるの?」

「うん。地方だし観光地シーズンじゃないからどうにかなるよ。どこかのビジネスホテルでいいし。」

「………尚香さん、一緒に帰ろうよ。せっかく車があるのに。」

「せっかく愛知県に来たんだよ。」


「だいたい知り合いって何?」

「……知り合い。」

「男の人?」

「誰だっていいでしょ?」

「先だって、若い男の人いたし……」

「義人君はもう結婚してるよ?奥さんすごくいい人だし。」

「…………」


章は少し考えて、前を向いたまま後ろの尚香にお願いする。


「……尚香さん。ほんとにさ、俺と付き合おうよ。」

「………」




尚香は答えない。


これはあれだ。あれに違いないと尚香は思う。

洋子さんと同じ、誰かいてほしい症候群だ。


そして、窓の外を見る。



どんなにお互い気安くなっても、二人は男女だ。


洋子さんのように手を握られているわけにはいかない。



半分警戒が取れてしまっても、社会的には本来二人で遠出するのだっておかしい。

今、章の車に乗っていられるのも、道や両親と章との間に信頼があるからだ。章は彼らが悲しむことは絶対にしない。



「……章君、じゃあさ、先に今日、用事を済ませちゃおうか。」

「……?」

「園長に連絡しておくから、ここに行ってくれる?それで明日、一緒に帰ろ?」

と、ナビを出す。

「園長?」

「うん。その前に少しドラッグストア、寄ってほしいな。」





そう言って、着いたのは『サンサンハウス』。


「尚香ちゃん!」

ここでも、尚香ちゃんと呼ばれた尚香さんは、走って来た壮年の女性に両手を握られた。

「瑛子先生!」

同じく壮年の男性が挨拶に出た。

「元気だったか?」

「はい。園長こそお体は?」


大量の買い物を車から出した章は、ほっとしたようななんとも言えない気持ちになる。園長と言われた施設長。


そう、尚香が幼少期にいた養護施設だった。




全体がリフォームしてある、2階建て。


すると他のスタッフが数人、建物から出てくる。

「尚香ちゃん!」

「陽君、久しぶり!」

また男が出てきたと、章は嫌そうな顔をしたいが、ここは耐える。そんな気分になっている場合ではない。





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