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スリーライティング・上 Three Lighting  作者: タイニ
第九章 猛進の始まり

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64 いつの間にか旧知の



昔だったら寒い季節。でも温暖化のせいか、まだ半袖でもいい。

そんなもう冬とも言える季節。



「オータムバブズ?」

「そう、夏の三大音楽イベントが、ロックライアー、サマービーム、ソニッククラッシュ。それで、関西の方で、秋最終の一番大きいのがオータムバブズ。略してダムズ。ダムズも初日のトリです。」

川田がいろいろ教えてくれる。

「今年LUSHは全部出てるからね。タムズはこれからだけど。しかもソニクラは最終日の邦楽のトリだったんだよ。」

「へぇ、すごいの?」

「すごいよ。」

尚香、いまいちイメージができないが、すごいらしい。ロックライアーは名前ぐらいは知っている。


「でも、未だにうちのお父さん、章君の歌、テレビ情報だけでは分かんないみたいだよ。」

「お茶の間人気じゃないからねー。でも、今月からCM出てるじゃないですか。」

「へ?CM?車の?」

「それは前からでしょ?それに、本人は出てないし。」

歌だけである。

「今回は出演してます。本人が。『チョチョッコ』。」

昔からある大手のお菓子だ。

「………うそ。」

と言って、ディスクの周りを見ると、みんな頷いている。


「え?ほんと?」

「『大人、冬の塩味』です。」

「塩チョコ、どこまで引っ張れば気が済むんでしょうね。日本人。」

「もう殿堂入りしてるんじゃないですか?」

と、動画を見せてくれる。

「こっち、ロングバージョン。」


そこには、それはそれはかわいい3人のちょっと大人アイドルと、顔を合わせて笑いながら、絶妙な合わせでダンスを踊っていた。歌はそのアイドルの持ち歌で、功も時々間に入っていている。LUSHの作詞作曲らしい。ただ章、顔は髪で少し隠している。

そのアイドルは、ヒット曲は尚香でも知っている超大御所だ。


「このサビの部分、SNSでみんな真似してバズってます。」

「………」

信じられない。


「やっぱり変態でも、かっこいいよね!ダンスめっちゃうまいし。」

「これ、アンチが騒ぐよね。」

「章君はバンドマンなのに、なんでダンスするの?」

「バンドでも別にいいんじゃないですかね。しても。」

元アイドルというのもあるが、ショーツ動画で一気に火をつけるにはこういうのがいいのだ。


「……」

確かにしても文句はない。ただ、いろいろ突っ込みたい。気分的に。







そして響く。


尚香の知らない場所で。



万越えの客席に、LUSH+の歌が。



ダーっとステージを走る功。


一緒に動く、歓声の波。




尚香は知らない。



この波は、来年の舞台へと続くことを。





***




「楽器?」

「うん、楽器がしたい。」


イットシーの事務所でみんなを困らせるのは功。


「与根と伊那は弾きながら歌えるじゃん?」

「まあね。俺はあんまり歌わんが。」

伊那はその言葉の通り、あまり歌わない。


「俺だけ、歌しかないわけ。」


「十分だろ。」

「歌でいいだろ。」

「歌っとけばいいだろ。」

「ダンスもあるし。」

「……でーも~、バンドだよ?楽器ができたらかっこいいし?」

ブリッコしてみる。

「いや、別に。」

「弾き語りでもするのか?」


功が何か弾きたいというのは、98%バイオリンである。2%ハーモニカだ。

この男、走って暴れまわるのに、ハーモニカを吹いている場合ではない。



「なんで、ボーカルがバイオリン弾くんだよ。歌えんだろ。」

「なら走んなよ。」

「せめてギターにしとけ。」

「俺、バイオリンしか弾けないし。」

「なんでお前は、ことごとく首上を使う楽器しか使えんのだ。」

「だから歌っとけばいいだろ。」

「………なんでみんなそんなに意地悪なの?」

「だから、バイオリン弾いたら歌えんだろ?!」


全部却下されるので悔しい。


前はよく弾きたいと言っていたが、数回試してみてあまりにもなので現実には至っていないが、なぜか最近またバイオリンを弾きたいと言い出したのだ。



「……だって、尚香さんがバイオリン弾いてって言うから……」

と小さい声で言う。

「…また尚香さんかよ。どうせ来ないからいいだろ?」

舞監(ぶかん)興田(おきた)は気に入らない。


「あ、功。新しいマネージャ―、面接するから社長が呼んでる。」

「………また……?」

他のスタッフに呼ばれるも、功はゲンナリだ。来年の新体制に備えてマネジャーを増やすのだが、一見普通にしていても、功には新スタッフ導入がけっこう(こた)える。今の三浦に慣れるまでもかなり掛かったのだ。




***




「お着物本当に尚香ちゃんが出すの?」


こちらは久々に顔を出した日舞教室。


「はい。3か月分は諸費用も全部私が払います。」

「そう?

あ、でね。全部洗える着物だから。貸したのはこっちで洗っておいたよ。」

「ありがとうございます。」

続けるか分からなかったけれど、着物一式は購入したのだ。もしやめても何かの時に普通に着られるように、洗えるものの中で生地が信頼できるお店のお値打ちな物を買った。グレー系と迷って、ほぼ黒に近い藍色である。


襦袢(じゅばん)(えり)色が黒なんですね……」

「グレーの長襦袢もあるから。そっちで合わせてもいい感じ。」

「かっこいい……」

最近の男性の着物はシックだ。色の組み合わせに見惚れる。男性物は少ない色ながらなんだか胸にグッとくるのだ。真理ちゃんが好きそうな色合いである。


「でもあの子、着付けは全然ダメみたい。」

「私もずっと着てないともう忘れちゃいます。」

尚香も上手ではなく、一応着ることはできるが動いていると腰や胸元が緩んでしまう。

「どうする?尚香ちゃんが渡す?それともここに置いとく?」

「先生にお願いしてもいいですか?家に置いておいても渡せるかも分からないし……」

「もちろん。」

「足袋とハンガーも袋に入れておきますね。」

と、お弟子さんが言う。



先生はにっこり笑った。

「最近分かったんだけど、功君って踊ってる時以外ヌケヌケだね。」

「………はは。」

しょっぱなからLUSHと隠せないと分かり、今は教室でも『功』呼びになっている。


功は未だにこの教室ではいい子を貫いているらしい。けれどやっぱりボロが出て、着付けや会話の取り次ぎなど最近はいろんな人が面倒を見てくれている。


そして、先生。ちょっと楽しそうだ。

「それにね、あの子他にも何か習ってるでしょ?」

「………他に?他のダンスや、あとバイオリンとかなら前は習っていたと思います。」

「違う違う、あの体つきはそれだけじゃないと思うけど。」

「……?ジムに行ったり運動は続けてるって言ってました。アイドル時代の習慣なのかな?」

実際はアメリカにいた頃から基礎は続けている。


「……ジム?」

先生考えている。

「でも、ジムで造る筋肉とは違う気がするんだよね………」

60代の先生、実は有名なジムに通っているので、なんとなく彼に違和感を感じる。

「着付けの時に、少し見たんだけどね、胸からすーと肩に外に張って伸びてくんだけど、見た目がごりっとしてないの。スーとしてる。」

「??……筋肉に違いがあるんですか?」

ボディービルや一部競技以外でそんな違いが分かるのか。


「全体的に体がストレートなんだけど、まんべなく筋肉が付いててすっごく硬い。変にモコッとしていない筋肉!」

「……??」

また尚香の分からない世界に突入する。

「先生が見たんですか?」

「やだー。尚香ちゃん変な顔しないで~。殺陣(たて)の先生が肩、触ってたの。なんだこれ?とか言って。功君、ヤな顔してたけど。」

章の嫌そうな顔が思い浮かぶ。

「作っている筋肉じゃなくて、なにかをしていたら付いてしまった筋肉って感じ。ちょっと見ちゃったんだけどね!」

「……先生。マニアック過ぎて分かりません……」

「何かしてるの?って聞いたらジョギングですって、絶対それだけじゃないと思うんだけど。」

「ジムだと思います……。」

それ以外知らない。



「まーでも、かっこいい彼でよかったじゃない!」

と、四茶の貴世(きよ)おばさんや他の人も言ってくる。

「……彼じゃありません……」

「またまた~。着物プレゼントするくらいなんだから!」

「違います!勧めたのも私だし、3か月は自分が責任持つって言ったので。そこまで高いのじゃないし!これは、ユニフォームのようなものですっ。」

「え~、買ってあげたには変わりないし。安くはないでしょ~。」

「なんにしてもいい子だから、捕まえておけばいいじゃない!」

「………いい子かどうかは……」

猫に猫を被りまくっているだけである。それに、捕まえておける気がしない。超自由人だ。


「動画のダンスも、うちの孫が喜んで見てたよ!」

「……え!」

みんな知っているのか。CMのことだろう。


男性の中江先生も入って来た。

「みんなかっこいいっていてましたよ。ちょっと妬いちゃいます。尚香さんがしっかり捕まえてあげておいてくださいね!」

「……。」

なぜそうなる。


それに尚香はあまり強そうな男は好きではない。いざとなったら反撃して勝てるくらいの相手がいい。



ただ尚香の中で、洋子と関わってから、章への印象が大分変わっているのも確かだ。なんというか、恋人というより、章の親族で正に親戚のお姉さんという気分なのだが。それを越えて、もう貴世さんと同じ、親戚のおばちゃんである。

どうせなら違う色の着物も買ってあげたいと思ってしまうくらい、おばちゃん気分だ。




***




まだ夏に会ったばかりなのに、もうずっと一緒で、なんだか旧知の仲のようで、気が緩んでいたのは確かだ。



「尚香さん!」

久々に都内で落ち合う功と与根、そして真理。伊那(いな)は久々の休み、来たいとは言っていたが彼女がいるので家に帰った。


「尚香ちゃーん!!」

真理が尚香に抱きつく。

「真理ちゃん、お疲れ様!」

「真理ちゃん、危ないよ。」

勢いで倒れそうなので、功が止める。


「与根君もおつかれ様です。」

「……あ、尚香さんも…どうも。」

「功君もおつかれさま。」

「………お疲れ。」

功、久々の尚香でちょっとうれしい。



「尚香ちゃん、年末ライブ来る?今年初めて私もカウントダウンライブするんだ。」

真理一家はクリスチャンなので、年末は家族で過ごしたり礼拝のライブをしている。男のみ定期ライブ規模でする年はあったが、今までファン向けのクリスマスやカウントダウンライブはしてこなかった。


「……年末って仕事が忙しいんだよね……。」

尚香も仕事もあり、いろいろなイベントに駆り出される。年末に近付くほどスケジュールはびっしりだ。


「この時期、パーティーがすごく多くて。うちの会社の名古屋支社の忘年会にも呼ばれてるし。」

東京の方はまだいいとしても、名古屋の方は支社との関係づくりの仕事でもある。

「そんなの兼代さんに全部任せればいいし。」

「……去年それで彼女に振られたって、兼代君にすっごく嫌味を言われて……」

「いいってば。兼代先輩に任せておけば。」


「むしろ今の方がまだ空きがあるかな……」

「じゃあ、今月来て!!今度の日曜日は?」

「うーん。前日に予定があって。」

「前の日なら大丈夫じゃないの?」

「今度は愛知県に行くんだよね……。山登りするから多分疲れちゃうし、疲れたら泊まってくかも。」

それに名古屋で少しゆっくりしたい。名古屋駅周辺も様々な施設があるので視察もしたいのだ。

「山?何しに?仕事?誰と??!」

「一人だよ。知り合いに呼ばれてるの。」

「知り合い??男の人??!こんな季節に?」


真理、ビビる。ついでに功もビビる。


「まさか。タイカガーズクラブのおじさんやその家族だよ。だいたい一人か奥さんで時々お子さんやお孫さんといらっしゃる感じ。交流会。今、そこまで寒くないし。高いとこには行かないし。」

タイガーズクラブは経営者会だ。

「なんで尚香ちゃんがそんなところに呼ばれるの?」

「半分仕事。」

「半分って、半分はプライベートってこと?」

「今じゃなくて、昔の会社の時お世話になった人たちだから。」

「嘘つき―!それきっとウソ―!!楽しく遊ぶんじゃん!!」


「真理ちゃん、いい加減にしなって。」

さすがに与根が止める。遊んで何が悪い。

「まずどっか店に入ろうよ。」


もう夜の10時。そう言って、みんなで軽い食事をしに出掛ける。



ここはビルの裏だったが、その光景を不満な顔で見ている者もいた。




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