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スリーライティング・上 Three Lighting  作者: タイニ
第九章 猛進の始まり

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63 ちゃんとしてね。



ジノンシーが入る、渋谷アベニューマークビル1階の解放ロビー。



そこでまたこの男は、性懲りもなくフロアーで寛いでいる。


「あれー?庁舎君じゃないですかー!!」

「………あ、兼代さん。どうも。」

「何々ー?庁舎君つれないな~。」

デカい体を小さくして端のベンチに座っていたのは、山名瀬章である。LUSHの功と知られるのも、どこかで自分の名前が漏れるのも嫌なので名前を呼ぶなと言ったら、庁舎君になってしまった。章はその理由がよく分かっていない。


「……兼代さんじゃなくて、尚香さんは?」

「露骨に嫌な顔をすんなって。尚香さんは出張だな。出先でうまいもん食ってるだろう。ってか、尚香さんにここ来んなって、叱られてるのに来んなよ。」

「…………今日は、ノブちゃんがお昼に誘ってくれたから。」

ついでに待ってみただけだ。

「バカ野郎!俺が誘っても無視するくせに、誰だそいつ!」

ノブちゃんはこのビルの他社で働いている気のいいおじさんである。


「……こ~君!」

そこで二人が目を向けると、先まで兼代と食事をしていた柚木川田と、そして久保木本部長であった。柚木が小さい声で言って川田も手を振るので、章は会釈をした。

「そちらは?」

章を初めて見た久保木が聞いてくるので、兼代が紹介する。

「私の弟です!で、尚香さんの従弟です。」

「ああ!」

少し社内で噂になっていた、庁舎大好き従弟君である。


「どうも、私、彼らや金本さんと同じ部署の久保木と申します。」

と、右手を出されるので、章は一瞬戸惑って座ったまま笑顔もなく手を出す。

「よろしく。」

固い握手をされるも、久保木…、久保木?と考える。


「あ、どーも…」

と言うも、「あ!」と思い出し、急に意識覚醒して椅子から立ち上がり、両手で握りしめ超愛嬌を振り撒く。

「お兄様ですね!!庁舎です!よろしくお願いいたします!」

「え?ああ。」

久保木、なぜお兄様になるのかと思うが明らかに年上だからだろう。章としては兼代に、今一番社内で尚香さんと雰囲気がいいのは『久保木本部長』と聞いていたからだ。別に尚香は兼代以外とは誰とでも雰囲気よく仕事をしているが、久保木の金本評価が非常に高いのだ。



「お兄様、お食事は?」

「……今食べてきたけど?」

「お待ちください!コーヒー奢ります!柚木先輩と川田先輩もお手伝いお願いします!」

「奢ってくれるの?わー!!」


敵を把握するには、敵を知り懐に入るに限る。誰の言葉か知らないが、歴史上に100人ぐらいはそんな格言を残していそうだ。懐に入って返り討ちにされたら元も子もないが、いい人そうなのですぐ騙されるであろう。まず、媚びを売らねばなるまい。



そして目の前のスターランカフェに入り、取り敢えず女子二人のメニューを聞き、兼代とお世話になっている部長の分のコーヒーも頼み、そして章、元気にスペシャルも頼む。電子パネルは使わない。

「えーっと、お姉さん!」

カフェの店員さんである。

「あ、はい!」

「このー……」

クリームが巻いてある抹茶フラッペを頼み、そして追加する。

「このクリーム2倍増しにしてください。」

「え?追加ですか?」

「あの、料金マシマシマシマシにしていいんで、その横にある長いクッキーぶっ刺してください。」

「え?」

「そこのチョコも。」

「え?え?あ、あの、別で買って刺してください。」

「あ、そうですか?なら、お姉さんの裁量で、できる限り盛り盛りのドリンクにしてください。」

「はい?え?分かりました!可能なトッピング全部します!!」

「トッピングって言うの?よろしく。」


「………」

この忙しい昼休憩時間に何を言っているんだと、横で呆れる柚木と川田。やはり尚香を怒らせた変態男である。店員も断ればいいのにと思う。


そして支払いの際、なぜかクレカにお祈りをしている。

「…………」

「あれなんだろ?願掛け?」


この前カードが切れなかったので、止められていませんようにとお祈りしているだけである。

「ではカードをそちらに。」

「…………」

毎回カードを置くのかかざすのか差し込むのか、差し込むにしてもどの向きか分からない山名瀬章。戸惑っていると、お姉さんが受け取って清算してくれた。

「お姉さんありがとう!よかった………」

章のカード数枚は限度額が低く設定されているのである。お姉さんは、よく見るといい感じの男子に笑顔を向けられて、少し赤くなっていた。




そして章。

「お兄様、食後のドリンクです。苦さも加わるように抹茶にしておきました。お近付きの印に。」

と、(うやうや)しく献上する。

「っ!!」

パフェのようなドリンクを持たされて引いてしまう。歓迎なのか、嫌がらせなのか。

「……ありがとう……」

「どういたしまして……。」

と言っても、どうするのだ。これを飲むのか。柚木に助けを求めると「大丈夫です!後で女子で飲みます!」と手でサインしてくれた。


「今日は兼代さんやお兄様は尚香さんと出張に行かないんですか?」

兼代情報で、最近久保木とよく外回りに行くと知っている。

「なんか今回、他の営業さんと行った………」

兼代、遂に嫌われたのだ。目が合って久保木も答える。

「私のメインは違う課なので。」

「……そうですか。最近、尚香さん全然見ないんで、早く帰らせてあげて下さいね。この歳だとほんと、徹夜ってできないねとか言ってたので、歳も歳だから労わってあげて下さい。」

「…ああ。」



そう言って別れるも、久保木は高さ15センチほどまでソフトクリームを巻いた恥ずかしいフラッペを持って、エレベーターに乗るのであった。目立ちに目立ったのは間違いない。





と、一階フロアに残った章は、みんなを見送って帰ろうとしたところで意外な人物に声を掛けられる。


「ちょっといい?そこのパーカーのお兄さん。」

「?」

「山名瀬章君だよね?」

振り返るとそこにいたのは、周りが去るのを待っていた尚香の友人、イベント事業の方の加藤美香であった。


「少しいいかな?」

「……………」




***




アベニュービルだと目立つので、少し場を変える二人。


「章君、あのさ、本当に尚香と付き合いたいわけ?」

「………」

「絶対に尚香に変なことしないでほしいんだけど。」

「……………」

「誰でもいいんだったら、やめてくれない?」



章はしゃがんだまま少し考え、小さな地下広場にあるオブジェの方を向いて言った。

「………誰でもよくはない。」


美香、思わず章を見る。



「………はぁ。だったら何?ちゃんとしてほしいんだけど。ただでさえ、こんな若い子と付き合ってたらあれこれ言われるのに、曖昧なのはホントよくないから。」

「…………」


「あのね、尚香ね。前に付き合ってた男にけっこうひどいことされたんだよね。」

「………」

今度は章が美香を見た。

「でも、ひどいことをしてた本人。尚香ってか、女性にかなり失礼なこと言ってるの、全然分かってないし。」


「結婚ギリギリまで来て、尚香の方に問題が出たら、幻滅したって尚香を捨てるような感じでさ。尚香が披露宴をする気がないって言ったら、自分の会社の人間はしてるのにみっともないとか。披露宴はやめる方向だっかたらそれでよかったんだけど。」

「………」


「自分の親の面倒は見せる気満々で、尚香に高齢の両親がいるって知って、そっちは自分のお金でどうにかできるんだろとか。尚香が元々その気でも、言い方ってあるのに。最初好青年だったから、分かんなかったわ。」

当時を思い出してか、少し怒っている。

「そこまで嫌なら…………そこまで自分の理想と違うなら、もっと早く尚香と付き合うのやめればよかったのに……。 自分が嫌になるギリギリまで引っ張ったようなやつ。」

美香、鬱憤が溜まりまくっていたのか語りまくる。


「あなたは地味だから普通以上に格好に気を付けて、きれいになる努力をしろって言いながら、尚香が会社帰りにキレイ目の格好をしてきたら、女を誇張してるとか、男の目線を意識してるとか言う奴だから。あの頃、尚香が強く言ってこないのをいい事に、傍から見たら子供をしつける厳しい親みたいな態度でびっくりしたわ。」

聴いていて最悪な男だが、章も一部言った気がする。そんな感じのこと。



「……詳しいんですね。」

「最後、あの男と話す時は、私が同席してたからね。」



尚香が人生で一番弱っていた時に、助けではなく、説教をしたのだ。このまま雪崩れ込んで結婚させられたら困ると思ったが、尚香の社会的地位が弱くなった途端、向こうからあっさり結婚を取り消した。悔しいが、それでよかったとも思う。


「章君は、そういうこと、しないでくれる?」


「…………」



「いざという時に、嫌になったからって、自分が気に食わないからって、思い通り動いてくれないからってってそういうことしないでくれる?」

「……………。」


章は美香の方を見て言った。

「しないよ。」


「…………」

(いぶか)し気な目で章を見るも、

「…はぁ…………」

と、力が抜けたようなため息をついた。





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