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スリーライティング・上 Three Lighting  作者: タイニ
第八章 夢のまた夢

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57 二人は?




数日後、正一が昇格するため、都内で小さなパーティーが開かれることとなった。


会社もリノベーション、内装、アパート、住宅と多岐に分野が渡っていたため、業務の区分も含めて店舗や公共建築を手掛けていた正一にそちらを任せることにしたのだ。彼はまだ29歳、建築家としては若いが人が良く、各業務で指名が掛かるほど頼りがあり仕事ができた。



場所は都内新事務所の会議室。横のテナントが開いた際に、そこも借りて事務所を広げる。


様々な人が集まる中で、そのパーティーは和やかに行われ、招待客の中に道子と洋子、そして真奈美もいた。



「いやぁ……本当にきれいだな……」

「だから言っただろ。静岡でもすごく目立ってたんだって。」

「ちょっと、山名瀬さん。どういうことですか!」

「本当に、一体どういう関係で連れてきたんだ……」

「主役を食ってるな。」

東京にいれば時々見かけるようなモデルスタイルも、目の前に普通にいるとなるとやはり気になる。みんな正一が招待した双子に釘付けであった。


「……だから、ベンチャーのパーティーで出会ったんですってば。」

「だからって、なんで個人で誘えるんだ。」


道子の周りには人が集まり、非常ににぎやかだ。道子の周りに人が大勢集まるので、洋子は女子社員とゆったり話している真奈美にくっ付いている。



代表挨拶などが終わり酒も沁み込んできた頃に、二人はバイオリンと洋子のギターで3曲、歌を披露した。最初は二重奏で『ラ・カンパネラ』を短めに。それから二人ともギターに持ち替え洋子がメインのシャンソンで、後半は軽いダンスと共に歌う。洋子はダンスは苦手なので、どこか毎回間違っているが、歌の方に惹きつけつつ、身をきれいに見せる演技はできた。

最後に、洋子のギターで道子が日本のR&B歌手のバラードを歌った。


激しくもしっとりした、たくさんの高揚。



大きな拍手が起こり、初めは関心がなさそうだった人たちも、アンコールを叫んでいた。




ぼちぼち帰る人も現れ身内以外だいたいが去った後、道子は事務所の資料棚の建築の写真集を見ていた。


ゲストに挨拶をして戻って来た正一は、その姿に目を止め声を掛ける。

「うちの会社が出がけたものです。」

「あ、山名瀬さん。」


「今見ているそれ、住宅以外の私の初担当です。」

「本当ですか?」

小さな和菓子屋だ。

「あとでクレームも食らったんですけど、それも含めて懐かしい思い出です。」

「ふふ。でも、素敵ですね……」

「正直、住宅の方が難しかったんです。生活の全てをそこで賄う場所なので、最初は建売の典型的住宅をいくつか経験してから注文住宅をしたんですけど、こんなにこだわりがあるんだなって目が回るようで。そこで一度叱られてたので、店主とも怯まずうまく話し合えました。」

それを聞いて、道子は安心したように笑った。


「ロンドンではこんな建物は見ないので不思議です。」

他のページもめくっていく。



「これは学校ですか?」

「それは幼稚園ですね。うちの仕事じゃないけど、見に行ったことがあります。」

「へー。おもしろい!こんなにシンプルなんだ。」

「でも中は色彩がいろいろあるんです。この形態が、途上国の建築に活かされたりするんですよ。」

「………」

道子は感心して見ている。


「私も見に行きたいな……」

「今度一緒に行きますか?近くなら……」

と言いかけて、あ、と目覚める正一。

「……って、あー、そうじゃなくて!」

まだ会って間もない、仕事に付き合わせた女性にこれ以上何を言っているのかと思う。



けれど、思わず正一を見てしまった道子と目が合う。



「!」




そして、高鳴る。

道子の胸も。





ドクン――




道子の中で弾む。何かの音が。






『…………道……子』



『……道子………。ごめんなさい………ごめん………』




誰?



『道子――――』



母?

そう、母だ。



毎日数回向かう、母のベッド。


満員のホールで演じ歌えるほど度胸があった人なのに、なぜこんなことになってしまったのだろう。




何が掛け間違ってしまったの?


医者に言われた。心が治る前に、もう体が持ちません。

ガリガリに痩せた腕。



『お母さんが………間違って………た…………』



それがなんの話なのかは分からない。

自分に対してか、子供に対してか、夫に対してか、人生に対してか。



『………あの人も……弱い人だって………分からなかった………の………


そして、自分も………こんなに愚かだったって…………』



道子はよく分からない。でも、母の手を掴んだ。そこでささやかれる、自分の片割れのこと。



『………洋子を………よろ…………く………ね……………』


洋子に関心があったのかと驚く。洋子は関心がないのに。



『そ………て………の………かわ…………マイ………スチュー……ピット……………』




感嘆もなければ怒りもない。


でも、その日の夜に母は病院に運ばれ、一週間後に亡くなってしまった。





「!」


気が付くとここは………、そう、建築会社の事務所だった。



道子の目にはっきり見える、真奈美と一緒に少し先のソファーに座っている、自分の半分。

いつまでもあどけない、なのに情熱的な音を出す黒髪の洋子。



それが、突如道子の胸を打つ。





ドクンと。





「!?」




そうだ、なぜ気が付かなかったのだろう。



目の前にいるではないか。


おそらくそれなりの収入があり、

優しくて誠実。

発達に理解があり、

そして洋子の背を越す長身。


よく見てみれば、スーツの着こなしもステキで、モデルのような洋子にも引けを取らないだろう。





ドクンと、また胸が弾む。




この胸の高鳴りが、どこから来ているのかも分からない。

けれどもそれが自分の胸の中を熱くするのは分かる。




「あー………」

正一が少し言葉に詰まってから、それでも続きを言った。


「今度一緒に行きますか?」

「………」

でも、道子からの返事はなく下を向いてしまった。

「あの……っ」

正一は焦る。


しかし、ゆっくりと道子は顔を上げた。


「山名瀬さん。こんなに何度もお会いしたらダメです。私、ずっと好きだった人とお付き合いできそうなのに勘違いされてしまいそうです。」

「………!」

正一がサーと、現実に戻ったような顔をした。


「えっ、あ、そうですね……」

とても気を遣って、でも、繕えないような戸惑いを見せて。

「山名瀬さんは大丈夫なんですか?そういう方がいたら……」

「……あ、私はいませんので………」

いたらこんな形で誘ったりはしない。

「そうなんですか……」

「すみませんでした……。でも洋子には言わないで下さいね。私にそんな相手がいること。あの子、私のことに殊更うるさいので。」

「分かりました……。」




「真奈美ちゃん、洋子。そろそろ行きましょうか!」

道子は窓の方にいた二人に声を掛ける。

「あ、道子さん、二次会は?二次会ってあの、これからどこかお店に行きませんか?無礼講の飲み直しです。」

他の社員が二次会に誘う。

「真奈美ちゃんは高校生ですし、私たちもあまり遅くは帰れないんです。」

「え、残念……。行きつけのお店で歌えたらマスター喜びそうだったのに…」

「無茶言うなよ。サービスで歌ってもらったのに。」

「あれはお祝いです。今日はありがとうございました。」

「皆さんありがとうございます!」

「…………。」

洋子は何も言わず、礼だけした。ステージで見せる華やかな雰囲気と違って、人と目線も合わせない。



そう言って三人は帰っていった。




***




その二次会会場で、完全に沈んでしまう正一。


「………なんでだ。普通の話なのに、なんでこんなにショックなんだろう………」

「お祝いの主役なのに落ち込まないで下さい。」


誘いを断られただけ。男女なのに何度も会っていれば、懇意の人にそういう関係だと間違われても仕方はないだろう。しかも、直接仕事とかしている訳でもない。道子にとっては完全にプライベートだ。当たり前のことで断られたのに、何か苦しい。


「山名瀬さん、好きだったんですよ………」

「好き?まさか。まだ3回しか会っていないのに。ステキな方だな……とは思っていたけれど………。」

本人、よく分かっていない。


「でも、残念です~。山名瀬さんとなら絵になりそうなのに。」

「相手は現地の彼氏とかかな~。キッツいです。自分だったら、しばらく起き上がれません!」


正一、思い直す。

「あ!ファン。歌のファンじゃないのか?自分?」

と、いちファンではないかと思うも、みんなに否定される。

「ファンはダメです。」

「それは言い逃れです。」

「ファンに収まったらダメです。」

「なぜ?!」



そんな感じでお酒を胃に詰め込もうとするも、お前は飲むなと社長に止められるのであった。


みんなは楽しそうに盛り上げているが、真面目な話、正一の気分はひどく沈んでいた。




***




そんな夜、その一方。


真奈美の家の二段ベッドの二階から降りて来た道子は、下のベッドでお祈りを終えた洋子の布団に潜り込む。


「ねえ、洋子。山名瀬さん、どう?」

「………山名瀬さん?」

「素敵な人じゃない?」

「…………そう?道子とよくお話してたじゃない。……私は話すことなんてないし。」

「………でも、とっても優しいんだよ。」

「……優しくても、私にも優しいとは限らないし。」

他の人には優しくても、洋子に意地悪をする人はこれまでたくさんいた。洋子はツーンと顔を背ける。


「顔もかっこよくない?」

「…………」

とても嫌そうな顔をする。別に普通だ。そして、もっと嫌そうに言う。

「………道子、惚れたの?」


「まさか!でもステキな人だと思うの!」

「………いい人だとは思うよ。」

別に悪い人ではないから、頼まれ仕事を引き受けたのだ。

「ねえ、洋子はどう?」

「……だから何が?いい人だって言ってるし。」

洋子にははっきり言わなければ分からない。


「山名瀬さんみたいな人とお付き合いは?」

「付き合う?」

「男と女として!」

「道子!早まったらダメだから!」

「違う、洋子がだってば。」

「………」

さらに嫌そうな顔だ。



「それに、洋子より背が高い!」

「!!」

いきなり洋子、ぱっと顔が赤くなる。


「あれ?山名瀬さん、そんなに背が高かった??」

「洋子よりそれなりに高かったと思うけど?」

「私と並んでも、不自然じゃなかった??私、巨木に見えなかった?」

「並んでないから分からないけど、多分大丈夫。」

「お金で女を買ったようには見られないかな?」

「もうそれ言うのやめて!見えるわけないし!!」



そんなふうに、二人は盛り上がる。正一の気も知らずに。




狭いベッドに二人きり。


薔薇の香りの化粧水に、薔薇の香りの乳液やクリーム。

片方はウッディーな香りが好きなので、どちらの香りも混ざって、二人は一つになってしまう。



二人のおしゃべりはマザーグース。


洋子が怖くないように、枕元には優しい光のライトが灯る。


そっくりでデコボコな、かわいい二人が小さく歌を歌う。

片方が歌えば、片方が合わせる。片方がおしゃまな顔をすれば、片方が指でその頬をつつく。



二人だけの空間、二人だけの世界。



洞穴の中の、どこまでも続く、


光に向かう、小さなおしゃべり。







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