55 出会い
二人の父。
もともと脳卒中で倒れてはいたが、心臓疾患を患いある日あっという間に亡くなってしまった。
18歳の二人には、既に4回目の葬儀。
洋子は、母とその父母がいつ誰がどういう経緯で、順で亡くなったのかよく知らない。父方の祖父母は二人が生まれる前に既に亡くなっている。
もう誰もいない。
美しい姉妹が踊る。
まるで、オルゴールのからくり人形のように注目を浴びて。
彼女たちの祖母は、かつてのイギリス貴族の端くれの端くれの傍系であったが、他の名家に招待されるほどの裁量もなく、新しい資産家たちの足元にも及ばず。なので、二人はロンドンの華やかな成人式には出ることもない。
二人のワルツ。
向かい合って片手を合わせ合うだけで、注目を浴びる美しい双子。
彼女たちは歌い舞う。
一般人には華やかに見え、多くの財と位置を持つ者には気にもされない会食やパーティーで。
でも、二人は注目を浴びそうになると姿を消し、忘れた頃にまたふと出てきて所在が今一つ分からない。
道子と洋子はたった二人きり。
もうすぐ学校も出るし成人を控えた歳なので、誰かの養子になる必要もあるのかないのか。
そして、外に必死に体裁を作っていた父の人間関係は、あまりにも脆かった。その時、本物の親心で二人に手を差し伸べられたのは、当時アメリカに腰を据えていた父の妹、京子おばさん夫婦だけだったのだ。
同時に、父の足枷から解き放された美しい姉妹は、注目の的にもなった。
パトロンになろうという人物も現れるし、隠すこともなく愛人にしようと言ってくる者もいた。気の強い道子はうまく立ち回ったが、洋子は男性に囲まれると下を見て俯くだけ。道子がいつも近くにいない中で、「助けてあげる」と優しく言って引っ張れば、誰にでもついて行きそうで危うい雰囲気であった。
道子は大学に。洋子は基本家にいて、学生時代の顔見知りが誘ってくれれば時々演奏会に参加する。そんな日々を過ごしていた。
そしてある日、洋子を見初める男性が現れた。
今までもそんな男性はいたが、道子の目にその人はとても善い人に思えたので、絶対に洋子に手を出さない約束で食事をするなどを許可をした。洋子は他人、とくに男性に触れられるとパニックを起こすからだ。それに、絶対に誠実な人、こんな洋子の人生を支えてくれると分かった人以外に洋子を触れさせたくなかった。
洋子も浮かれる。
ピアノは怖くないが、人は怖い。でも演奏するなら誰かと対話をしないわけにもいかない。自分は一人では何もできないので、時々ピアノを弾いて、ステキなお嫁さんになって善き母になればいいと思っていたからだ。
けれど、それは簡単に終わってしまう。
『道子、私、アーロとのお付き合いは嫌……』
『はぁ、またなんでなの?』
『みんなが言うの。あの人は太ってて背が少し低いでしょ?巨木な私と一緒だと、格好がつかないっていうの!』
『……?何の格好?』
『金持ちが金で女を買ったみたいだって!』
『……誰がそんなことを言ったの?』
呆れる道子。
『みんな!』
『みんなって誰?』
『知らない、みんな!!』
『………はぁ……』
洋子が少し足りないところがあるのを知って、あれこれ言ってくる者たちはいるのだ。そう言った人も、嫌味なのか親切心なのかも分からない。意地悪なとこもあれば、単純な洋子に気を遣ってくれている場合もある。
彼は太っていると言っても、背は洋子より低いくらいだし、ちょっと肉質な程度だ。お腹は少し出ていそうだが若くてもそんな人はいくらでもいる。
ただ、洋子は高い靴も合わせると180センチ近い。小顔でまっさらなロングストレートヘア。胸もあってタイトな服を着ると腰の位置が高いのも分かり、平均身長が低くはない一般のイギリス人でも目がいってしまうスタイル。多少は物珍し気に見られることもあるだろう。
けれど、道子も変な噂を耳にしてしまう。
『変わりダネできれいな双子の、言うことを聞きそうな方を手に入れた』と彼が言っていたと。
噂が確信に変わりそうな時、道子はその男に詰め寄った。
『そんなことを言ったの?』
『違う!あまりにも男友達にあれこれあれこれ聞かれるから、その場しのぎで言葉を合わせたんだ。』
もうシたのか、触ったのか、あんなスタイルの女はどう組み敷くのか。気が強そうだが、ケンカにならないのか。手を出さないって、お前は聖人かとからかわれて、あれこれ強気なことを言ってしまう。その他、洋子や女性には聞かせられないことばかり。
『君と並べるようなことを言って悪かった!』
そう言われたが、道子は許せない。彼は洋子より5歳年上の大人である上に、付き合う前の段階からそんなふうで、どうやってお互いの将来を守っていくのだと。話を流すにしても他の言い方があったはずだ。話のネタにされた彼もかわいそうだが、でも洋子の相手としては許す気にはなれない。
洋子は、自分が会話ができる優しそうな人なら、外見にほとんどこだわりがなかったが、その時から自分より背が高い人としかお付き合いできないと言い出す。本当にバカバカしい。身長が洋子を守るのか。ほどほどでいいではないか。洋子の外見に合わせてさらに性格まで見ていたら、一生結婚なんてできないであろう。
そうすると、
『性格は見えなくても、外見は見えるもの!ひとつくらい明確な何かを得てもいいでしょ?!』
と、こういう時だけもっともらしいことを言ってくる。
社会経験の少ない道子でも分かる。生活力も性格の良さも背丈もある男などどこにいるのだ。そんな男性には、洋子でなくてもあらゆるものを兼ね備えた賢明な女性が既に周りにいることだろう。そして、洋子には賄えないような見栄や張り合いの世界にも行くことにもなるかもしれない。
そうやって父もバカを見たのだ。
得られない見栄に、自分だけでなく家族の人生まで注いで。
そして、ある日、また転機の時が訪れた。
ベンチャー企業の集まるパーティーに参加していた道子は、とても好印象を受ける男性と出会う。
聞くと日本人で、個人事務所の建築家らしい。
今日はお互い友人に誘われて出席した場。最初は日本に縁があるということで話しに華が咲いたが、彼の世界観がなかなか面白い。仕事は主に中小規模建築。一般建築が多いが、中には児童館や公民館、カフェや店舗、教会なども手掛けることがあり、音楽が響く空間を前提にしたり、小さな音楽ルームを作ることもあるという。
『地域や規模で、どこまで音の反響を考えるか、それとも防音だけでいいかとかいろいろ違うんです。』
最初は音楽室の話だった。
『田舎は比較的自由に造れるけれど、耐久性や風化をよく考えないといけないですよね。庭や駐車場も含めて管理も規模が広くなるので、最低限雇える業者や従業員の人数も把握します。基本将来は少子化や過疎が進むことを考えて、シンプルな清掃や修繕ができる造りにしていくんです。なるべく定番であろう規格の中でどれだけ自由や個性を描けるか。』
『音楽とも似ています!クラシックや既存音楽は、定番そのものを弾くこともあるけれど、やっぱり心や体の規格自体が人間それぞれ違うので、個性が出るんですよね。時代もあるし。あるべき規格と自由、どこで調和をとるかとか。
指揮者の個性一つで、同じ曲も全然違う世界になるんです。』
『そうなんですか?音楽は好きだけど、クラシックはよっぽど使う楽器を変えていない限り、指揮者の違いとかで音が変わるとか分かりません……』
『はは、興味ないと楽器の音の違いも気が付かないので、十分すごいですよ。』
『それで、定番や規格に気を使うとともに、素材もどんどんいいものが開発されますから。修復の時によいものを入れるのも楽しみで。でも、デフレが始まりだして景気も下がってどこもお金が自由に使えないことが悩みです。グローバル化も良し悪しですね。』
と、素材は軽くはなったけれど、廉価な素材と共に、製造元を見極めないと劣化の速いものが多くなったと嘆いている。人間を守る建築なのに重厚な物を作れない。彼は今回視察も含めて様々な企業展に出向き、いくつかの国を回っているらしい。
『音楽も手法がいろいろ増えてきて、目が回ります。でも、誰もが好きな歌を聴けて、身近で作曲や演奏ができるようになったことはいい事だと思います。子供の中には、インターネットで楽器の弾き方を覚えた子もいてびっくりしちゃって。』
『どこの業界でもいるんですね。そういう子……』
『正しくもないけれど、悪くもないから、その子が自分でつけてしまったクセを直すかどうかも考えてしまって……』
洋子も個性的なピアノの弾き方をするが、きちんと音は出ている。
正しさにおいて美しい演奏をする人は他にもいるので、先生が敢えて洋子のクセをそのままにしたのだ。おかげで敬遠される場合もあるが、どちらにしても洋子は出演の場が限られているので今さらではあるが。
『あと、子供ですね。建築内のフロアを、子供が走り回ったりするのを想像するのが楽しいです。』
『子供好きなんでですか?』
『静寂やしっとりとした空間もいいけれど、賑やかで楽しい空間も好きです。その「場所」が喜んでいるようで。
ただ、廊下を走るなと叱られはするんですけど。でも、今の子たちは外でもなかなか遊べないじゃないですか。なので、望んだ空間が取れなくても、公民館とかはどうにか遊戯場をねじ込むことはよくします。』
『ははは…』
『子守で気が塞がっているお母さんなんかが、外で子供を思いっきり遊ばせられる空間があるって、それだけですごく気分転換にもなるそうです。』
『へー。』
道子が長い足をきれいに合わせつつも、思わず乗り出すように聞き入る。
ベンチャー企業やそれを目指す青年たちが、コネや投資などを狙う中で、二人は自分たちの興味の話で盛り上がる。
その男性はアメリカ英語で、ときどき発音がおかしい。聞くと2年しか海外経験はないようで、それでこれだけ英語が話せれば十分だというほどであった。
途中から道子も父の教えてくれた日本語に切り替えるも、父も親から習っただけで、日本に定住していたこともないため少し日本語がおかしいらしい。
笑いながら、自然な言い方を教えてもらう。
彼はとても穏やかで、笑い顔もとても優しい。
『あ、すみません。私、山名瀬と申します。……って、あー、えっと「ショウイチ」です。山名瀬正一。』
『ワタクシ?』
『「私」をかしこまって……丁寧に言う言い方です。』
『あ、はい!ワタクシ!』
何となくの雑談から話が盛り上がってしまったので、名前まで自己紹介をしていなかった二人。
二人は挨拶をし合い、名刺を交換する。
厚手なのに少し透明で不思議な紙。そこにゴシック体で漢字と英語の名前が並ぶ。しかも重厚な特色印刷。会社ではなく、個人用の名刺らしい。
『和紙です。』
『「和紙」!キレイ!』
『親戚のデザイナーが凝った男で、勝手に作って…。なのに、正規料金取るんですよ。年下のなのに遠慮もなく、それ以上の仕事をすればいいとか大それたことを言って。泣けます。』
『ふふ。』
日本人は名刺をとても大切にすると聞いたので、道子は折れないようにカバンにしまった。
そして、礼儀正しく立ち上がった彼は、優に180を超える長身であった。




