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スリーライティング・上 Three Lighting  作者: タイニ
第八章 夢のまた夢

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54 輝く二人の






バーーーーン!と、無造作に鍵盤を叩く音が響く。



みんなが目を丸くした。道子の横で固まっていた洋子が打ったのだ。



そして、道子がウインクすると、今度は洋子から弾き始める。

それは、他事をしていた人たちもハッと振り向くような鍵盤の重み。



道子も子供にしては思わず拍手をあげたくなるような音だが、洋子は全然違う。くいるような噛みつくような姿勢。初めは洋子だけのソロが続き、そして一つの源流にもう一つの川が合流する。



ヴルタヴァのうねり。



楽譜とは違うこの場所から双子の連弾が始まった。


道子だけだと軽すぎるが、洋子の音が重いため、大人の音に聞こえる。



そしてヴルタヴァの連弾が終わると、日本語で洋子が最後のメインテーマを歌い出した。歌詞はオリジナルだ。

これは誰も想像していなかったことだった。


洋子はどこも見ていない。譜面のないピアノと、時々合図をくれる道子以外は。



ピアノストが使っていたマイクは位置が調整されていないが、十分音を拾うほどの声量。曲が終わると大歓声が起こる。



そして続いてそのまま流れるように、『カノン』に入る。


とても自然で誰も音楽が変わったことに気が付かないほどの変化。

けれど、明らかに違う曲調。



最初は洋子が、そして道子の伴奏が入り、今度は道子が英語で歌い出した。洋子とは違って高めで明るく誰もが好きだろう声。普段舌足らずな話し方をする洋子が伴奏や歌では重い音を出し、道子の方が軽く歌う。時々歌も二重奏になり、このギャップも面白い。


途中からまた連弾の伴奏だけになり、そして最後の一手を弾いて終わった。



大人たちは顔を合わせ笑い合ってから、その日一番の盛大な拍手を送った。




そしてピアノから降りて来たのは、一度失敗したのに全く物怖じしない楽しそうな道子。洋子は座ったまま目を伏せている。


「みな様、私たち姉妹の演奏を聞いてくださりありがとうございます。これは祖父の祖国の子供たちも音楽の時間に習う曲であり、歌だそうです。いつか海を渡った時に、同じ音楽ができたらと練習しました。」

と、言ってから、

「早く、洋子。いらっしゃい!挨拶までが演奏だよ!」

と、姉を呼ぶと、戸惑っている洋子とのギャップに、また笑いが起こり温い拍手が会場を包む。ピアニストが洋子の肩を抱いて道子の前まで連れてくると、揃って二人は礼をし、さらに大きな歓声を受けるのであった。





この光景を信じられない思いで見ていたのは父であった。



二人とも音楽の先生に非常に優れているという評価を受けてはいたが、付き合いの鑑賞以外で興味のない父には、これまであまりその意味が分からなかったのだ。




***




そんな二人はどんどん美しく成長していく。


高校1年生の頃には背は既に170を超え、ただ怯えているだけの洋子なのに、人々の目には東洋の魅惑に見えた。


お転婆だった道子は、そのなりを潜め、しっとりとした淑女に育つ。少しだけ道子の方が背が低く、雰囲気は全く違うのに、なぜか双子だと分かる二人。



軽く弾み、光に透かすと淡い髪色になる道子と、同じように細く繊細で、でも美しい黒髪を持った洋子。

二人とも長い髪をなびかせ、時々どこかでピアノを弾き歌を歌う。



けれどその頃、二人には既に大きな違いができていた。


まず、音楽しかできなかった洋子は音楽を学ぶ学校に。

全てに平均的に優秀だった道子は社会貢献がしたいと、その道を模索はじめ、政治や地理、歴史に本腰を入れ始めていた。




そして、あの日、人前で初めて連弾を披露した日。


あの日はピアノしかなかったが、もともと道子の専門はバイオリンだった。

ピアノは洋子の方が遥かに優れていたが、バイオリンに関して道子は高校生初期の時点で大人のオーケストラに入れるほどの腕であった。


洋子もオーケストラで弾くことはできたが、何かに合わせてしまうと非常に正確に全てをこなしてしまう。まるで機械のように。

誰かを困らせてはいけないと、時々指揮者を見ながら何1つ楽譜に違わず弾きこなす。技術はあるし、指揮者にも忠実で、誰もが凄いとは思うのだ。



けれど、ふたりのアンサンブルを知ってしまった人たちには、それはあまりにも勿体ないものに見えた。



必死に周りに合わせる洋子より、道子の合図と、洋子のリズムに合わせてアドリブでドンドン流れを変えていく道子との二重奏の方が、聴いている人たちには楽しかったのだ。



まさにエンターテイメントだ。



不安定なのに安心できる二重奏。

時々ドキリとして、でも、いつの間にか胸にこみ上げるような調和。


ピアノの弾き手はたくさんいる。競争の世界でもあり、誰もが椅子が空くのを待っている。


でも、オリジナル性はその人だけのものだ。

道子は、洋子を独り立ちさせたいと思うこともあったが、音だけでなく、ビジュアル的にも二人が一緒にステージに立つことが好まれたのだ。




何だろう。


不格好のようで、ずっと聞いていたい音。



幾つかの人種が合わさったような、不思議な顔立ちの二人。違っているのに似た顔で微笑み合うダブルス。

二人の(なび)く髪はドレスのよう。


そして長い手足の二人の着ているドレスそのものも、二人のために作られたかのように輝いていた。



ピアノが独走をしてしまった時に、ふとした道子の合図で安定に戻る、その安心感。

客席もそれを感じる、ここにしかないライブ感。



あの日のコンサートは録音したのだろうか、聴いた誰もが思う。その時その時で、曲調が変わる二人のライブは、その日を一緒に過ごした者たちだけの至上の時間でもあった。


しかも二人とも歌が歌える。洋子はクラシックな物を好み、道子は何でも好きでオペラも童謡も現代のポップスも好き。表情が豊かでミュージカルも似合っていた。


そして洋子は、道子の好きなものが大好き。


道子が洋子に合わせるように、洋子も道子の音に合わせる。



この時点で道子は作詞作曲もこなし、自分の世界だけで生きている洋子とは真逆で、全ての世界を包括したいと思えるほどにその心は、深く、高く、そして広大であった。






窓から見上げるロンドンの夜空。



『洋子、私たち名前を決めようか?』

『名前?』

『ちょっと有名になってきたから、本格的に活動するなら芸名を付けたらどう?洋子はずっと隠れていたいでしょ?』

洋子は人に名前を呼ばれるだけで泣きたくなる。

『………芸名?』

『デュオの名前もね。』

『……………どうしたらいいのか……分からない………』


『トゥイードルダムとトゥイードルディーから取って、ダムとディーは?デュオ名は『ダムディー』!』

童謡マザーグースに出てくる双子の兄弟の名前だ。絵で残っている彼らの姿は顔もお腹も真ん丸で、女性がなりたい姿ではない。

『やだ!絶対ヤダ!!怖い!イヤ!』

もう高校生なのに、そんなことで泣き出しそうになる洋子。


『えー、もう!なら何?』

『分からない………』

と、下を向いてしまう。






そんな道子は、事に音楽に関しては、洋子の歩調を崩さない。



オーケストラは時々に、普段は二人で音楽を紡ぐ。



きっと道子のバイオリンはどこまでも精進できただろうが、社会貢献をしたいという気持ちが音楽よりもやや上回っていたし、洋子を一人にはできないと思っていたからだ。


洋子には音楽を選ばせ、自分はサポートにも回りながら、勉強も続ける。


なにせ洋子は、いつまで経っても新しい友人ができない。会話ができるのは家族と、幼少期から何度も会っている一部の親戚だけ。高校ともなると同じ音楽畑の人間たちに囲まれ、洋子に話しかけてくれる生徒も多かったが、洋子からは何も返せない。コミュニケ―ションが重要な世界で、洋子は友達になってくれる人たちを自ら拒否してしまった。


何を話すべきか分からなかったのだ。



道子は時々洋子の学校に行きながら、クラスメイトたちに洋子の性格の理解をお願いし、どうにか演奏できる場を求めて縁を繋ぐ。けれど、道子もいつも洋子を見られるわけではない。結局基本的に、洋子はまた道子と音楽をすることになってしまった。


典型的な音楽に身を沈めると、ポップスは甘くみられる。ポップスに傾向すると古典的な世界から下に見られるも、自由は広がる。なら、どちらにも行かないでおこうという選択もできたので、二人は歌を含めたデュオを本格的に組むことに。


それに、洋子と二人なら自分の歌いたい歌を好きに歌える。時々他のバックバンドが入りながらも、二人はイギリスで小さなコンサートを展開する。上手くいけば、いつか自分がしたい活動基金の鍵にもなるだろう。





高校2年生の時、道子は先生に呼ばれた。


「はい、ミス・ダーシー。」

「ミチコ!来週大学に行ってみる?」

「大学…?」

「ミチコと同じ日本人がね、今度大学に特別講話に来るの。」

正確にはこの時の二人は日本国籍を持っていない。

「…?日本語とか日本文化ですか?」

「ほらこれ、『対立する国家の問題解決における、両国内からのアプローチ』だって。」

「……!」

そのフリーペーパーに道子は目が釘付けになる。

「その教授ご夫婦がね、対立国家のそれぞれの国で大学講師をされていたの。えっと……どうやって出会ったんだっけ?知って出会ったんだっけ?そうとは知らずに出会ったんだっけ?………」

「行きます!」

思わず身を乗り出した。


「ミス・エリアス・ソノダ………。」

そこの書かれている講師の名前だ。

「エリアスって、この方の生まれた時代の一般の日本にはほぼない名前らしいんだけど、あまりにもハーフなんですか?って言われるから、どうせならって英語を習って留学したんだって。でも、最終的に英語圏じゃないところに行っちゃったらしくて。おもしろいよね。生粋の日本人みたいなんだけど。」

「………」

「二日間の集中講話で、ミチコが希望するなら対話の場もお願いしてみるけど?」

「お願いします!!」

「……実は私も行きたくて……。ミチコ、ご一緒してくれる?平日だから……。生徒の引率だと行きやすいんだよね………。」

「もちろん!」


そう言って、数人の希望者で大学に行った道子。


そんなふうに道を重ねて、道子の将来は明確になっていく。




洋子という、道子の片割れを抱きながら。







そして、高校3年生のある時、二人に決定的な変化の時が訪れた。



二人の手綱を掴んでいた父が死んだのだ。


あまりにも呆気なく。










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