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スリーライティング・上 Three Lighting  作者: タイニ
第八章 夢のまた夢

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53 ふたりのマザーグース


内容を少し改変しました。一部次のエピソードに入れました。







『道子』



……その言葉に道さんが止まっている。



言ってよかったのだろうか………。

尚香は自分が何を言っているのか分からなくなって、むしろ冷静に聞く。

「洋子さん、道さんが好きなんですかね?」

「え??私?!?!」

やはり知らないのか。

「女の人が好きなのかな?」

「!!」

「それとも、私にも絡んでくるくらいなので、一人で寂しいんですかね?」


「はあああぁ……」

と急に道は、囲っていたローテーブルに頭を伏してしまった。


「……………」

伏せた道はなかなか起き上がらない。よっぱどダメージが凄いのか。

どうしていいか分からない尚香は、またお茶をすする。



そしてしばらくして、道はやっとゆっくり顔を上げて復活した。

「……尚香ちゃん……。これね、章君も知らないことなの。」

「……章君も?」


「どうしよう………一先ず章にはいわないでね。」

「……章君が知らないことを私が聞いていいんですか?」

深みにはまらないのか。

「取り敢えずね。洋子さんが『道子』っていう理由は言っておいた方がいいかなって………」

「……?」

「あのね………」



小さな部屋に緊張が走る。



「……尚香ちゃん、洋子さんはね……」


「双子なの。」

「双子??」

「多分、洋子さんの言っていた『道子』は、双子の妹さんの名前。」

「え?」


「私と同じ道子。」


「…………道子?」

「そう。道子さん。先は兄弟って言ったけれど、二人姉妹なの。」

尚香、目をぱちくりしてしまう。あの洋子さんが双子?



「すっごく仲が良くて、本当にダブルスってこれを言うんだって程、一心同体だった双子だったらしくて。」




重なる二人。



二人が一つ。

一つが二人。


どちらがどちらか分からない。




「…………」

思ってもいなかった理由に、反応の仕方が分からない。

「二卵性双生児なのに、一人の人間を二つに分けてしまったんじゃないかってほど仲が良くて……。違うからこそ、デコボコしているところが合致して気も合ったのかな?っていう話も聞いたけど。」


「その方はどこに?」

章も存在を知らないとなると、大人になってその人との折り合いも悪くなったのだろうか。仲違(なかたが)いをしたのだろうか。だからあんなにも不安定?



「道子さんはね……、私が山名瀬家に来る前、章が生まれる前に亡くなってしまったんだけど………」

「!」


「でも……どうしてそれを章が知らないんですか?」

亡くなっても叔母さんの存在くらい知っていてもよいだろう。



「もうね、洋子さんのショックが凄かったから、話題にも出来なくてそのままになってたみたい。あの当時ね、洋子さんも後を追ってしまうんじゃないかってくらい、大変だったんだって……」

「………」





ずっと昔、


それは誰かには最近で、誰かにはあまりに遠くに押しやった、鮮明にもおぼろげにも思える記憶。




二人の少女が野原を駆ける。


『洋子、見て!』


『わあ、きれいなお花だねぇ!』




野原はいつの間にか小さな波止場に変わる。



ワンピースを着た利発そうな少女が、湖畔に停めてあるの中型ボートに向かった。


『道子、待って!……ボートは……ボートは……危ないから……』

その後を懸命に追うのは、似ているような、そっくりなような、似たような服を着たもう一人の少女。


『大丈夫!叔父さん、運転上手いんだって!』

ボートから手を振るサングラスの男性は、水筒に入れたお茶とドリンク、いくつかのスナックとビスケットを運んでいた。


『道子っ!道子!』

先を走っていく道子を洋子は半泣きな顔で追う。

『大丈夫ー!ここで待ってるから。がんばって!』

既に叔父さんのところに着いてしまった道子は、叔父さんの手伝いをしている。


『道子……本当に乗るの?大きなク、クジラや…………サメのお化けが……私たちを飲み込んでしまったら………!』

やっと追いついた洋子は遂に泣いてしまった。

『ははは、大丈夫!湖にはクジラもサメもいないから。』

『……海………じゃないの?川なの?………でも、広くて流れないのは…………海だって………』

『洋子、大丈夫だよ。道子がお化けも全部食べてくれるから!』

又従兄のお兄さんがたのしそうに口を挟んでくると、道子は得意気だ。なのに洋子は、私を食べたお化けを道子がさらに食べるの?と、冗談を本気にしてまた泣き出してしまった。


結局洋子はボートに乗れず、妊婦だった他の叔母さんとお茶をしながら湖畔でみんなを待っていた。






そしてここはどこ?




薄暗さに目が慣れても、世界は闇の闇。




怖い、怖くて仕方ない。身の底の底から寒気がするような、おどろおどろしい世界。



丸まって泣いていた洋子は、ガタっと音がして、思わず窓からした音の方を見る。


でも知っている。この音は洋子の光だ。



音がドアの方からした時は警告。お父さんかもしれない。

窓からした時は朗報。お転婆な女の子だから。



『洋子!』

『しー!道子も怒られる……』

『大丈夫!今、銀行の人来てるって。』

そう言って道子は、ウエストポーチに詰めてきたパンを広げた。

『クッキーは砕けちゃうからパンにした。』

砕けてはいないけれど、窓をよじ登ったので押されて潰れてはいる。

『食べたら………叱られるよ……』

『大丈夫!私が大丈夫って言ったら大丈夫なの!』


もう昼過ぎ、洋子は昨日の夜から何も食べていない。計算が一つもできなかったからだ。道子は既に掛け算割り算なのに、洋子はまだ一桁の足し算しかできない。


『洋子、笑って!』

『………』

『パンはおいしく食べるの!』

『……私……このパン嫌い………』


自分の境遇に落ち込んでいるかと思いきや、単なる好き嫌いであった。

『あ、待って。ジャムもあるの。』

と言って、ジャムを出そうとすると、小さな瓶のふたが外れ、カバンの底でグチャグチャになっていた。

『あ、どうしよう……』

『……私、マーマレードも嫌い………』

と、洋子はカバンにこぼれたことではなく、ブルーベリージャムでないことに泣き出してしまった。

『今日くらい我慢して。これしか持ってこれなかったの。』

『……マーマレード嫌ぃ……』

と、いつまでも泣くのであった。


『なんで洋子はこんな時まで我儘なの……?』

と、あきれながら、

『マイ・スイート』

と洋子抱きしめる。




でもそれも、ふたりの懐かしい思い出。


道子が歩くと、そこには光の道ができていく。







洋子はいつも叩かれれいる。


痕が残らなかったのは、いつか嫁に出す娘だからだ。



もし足に傷があれば、今度は腕。



『もうやめて!!』

時々道子が間に入る。


『下がれ!お前も叩かれたいのか!!』

父の教鞭が道子に向く。

『やめて!私が悪かったです!!』

そう言われた時だけ洋子は勇気を振り絞って、自分の腕を出した。庇った道子を今度は自分が庇うために。





ねえ洋子。



私たちって、最高の双子だと思わない?




ベッドの中で、二人は同じ夢を見る。


だって、夢の話をしながら、二人で手を継いで眠るから。






叱られて閉じ込められて、洋子が学べなかった日は、道子が歌を教えてくれた。


マザーグースに日本の童謡。世界の民謡。

もう、何百曲歌ったか分からない。



『………ハンプティダンプティは嫌い。………食べられそうで怖いもの。』

『もー、いっつも怖いとかで、じゃあ何が好きなの?』

『「こぎつね」』

日本の童謡だ。

『かわいいから好き。』

日本の親戚がくれた本の絵が、ふわふわしてかわいかったからだ。


『じゃあ、かわいいマザーグース、探してみるから!』

道子はむっつりする。






そんな洋子には2つだけ、誰も敵わないほどの特技があった。


1つはピアノだ。


洋子は他のことは人並み以下か全くできないのに、音の調子で全てを覚え、ピアノは数度の訓練であっという間に弾けてしまう。そしていつの間にか、先生が根を上げるほどになってしまった。



もう1つは歌。


歌もすぐに覚え、子供なのにピアノを弾きながらでも歌えるのだ。欠点は歌が入るとピアノか歌の比重が軽くなってしまうことだが、幼いうちは仕方のないことであろう。

そして洋子は、音域が広い。元々シャンソンが得意で、これは後々の話だが、成長するとどこまでも低い声を出せ、重みも甘さもある何とも言えない歌い手になっていく。


もう少し体が大きくなれば、最高の教え子になると先生たちは見ていた。





そんな二人がまだ小学校3年生の頃だ。


父が諦めを通り越して、時に存在さえ目を伏せたかった洋子に転機の時が来る。



二人が身内が集まるパーティーに参加した日。親戚は、道子が双子と知っているので隠すわけにはいかず、恥をさらすなと言われながら洋子もパーティーに出る。


かわいい双子が会場のグランドピアノとピアニストに釘付けになっていると、『弾いてみる?それとも何か歌ってみる?』とピアニストが言う。それで周りも盛り上がり、習っているのなら弾いてみろという話になったのだ。

洋子は黙ってしまうが、道子は前に出て礼をしてピアノに座る。


道子が手招きしても、洋子は動かない。


『洋子!私が引くからここに座ってて!私が上手くできるおまじない代わり!』

と、道子が椅子の片側を叩くとそれでも動かないので、道子が引っ張る。洋子は泣きそうな顔で座り、人形のようになってしまった。


そこで道子は小声で言った。

『私がダメだったら、リードして助けて!』




そう言って弾き始めた『モルダウ』。

現在日本では原語に近く改名された『ヴルタヴァ』だ。



おっ、即興で独り子供が選ぶ曲か?という感じで大人が注目を始める。


けれど一人で弾くには道子にはまだ指が遠く、弾きたい音におぼつかない。ただ子供としてはなかなかなので、みんなところどころでほほえましく拍手をしている。


と、そこで道子は指が回らず急に詰まってしまった。

『!』

と、顔を上げ、周囲も『っ!』となる。それでも子供の発表だ。「よかったぞー!」「ブラボー!」と声が上がり始めたところに、急に部屋中に、


バーーーーン!と、鍵盤を叩く音が響いた。



みんなが目を丸くする。道子の横で固まっていた洋子が打ったのだ。






※マザー・グース………イギリスを中心とした西洋の伝承童謡や言葉遊び。『ABCの歌』や『キラキラ星』『10人のインディアン』などもこれに入る。曲は他国が由来の物もあり、歌詞は元々は全く違うもの、地域や作詞家でニュアンスが違うものなどもある。

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