44 空き時間は有効に
「……なになに?デートするの?」
と、みんながどう考えても何か売り込む気じゃんと思う中、功がウキウキ聞いてきた。
ナオがザっと大まかなスケジュールを教えてくれる。
「空いた時間なの?ライブの時間じゃなくて?」
真理が不満そうだ。
それを聞いてから、尚香は功にも普段の融通が利く個人時間や空き時間を聞く。
「え?尚香さん、どこ行く?やっぱりラベンダー畑?」
そんな功を、尚香は嫌そうに見る。
「功君はなんでラベンダー畑が好きなの?」
前もラベンダー畑と言っていた。
「ミイカちゃんがラベンダー畑が一番好きって言ってたから、女の人はラベンダー畑が好きなのかなって?ミイカちゃん、めっちゃ可愛いんだけど。めっちゃスキ。」
「『みいか』」
と、尚香がスマホの方に聞いてみると、またまたそれはステキな女の子が出てくる。この前の子は猫目だが、この子はミルク顔のあっさり大人美人だ。
「………」
「サリカちゃんとどっちが好きなの?」
「サリカちゃんは見たこともない幻だけど、ミイカちゃんは俺に直接柔軟教えてくれたから!めっちゃかわいい!功君、日本に来たら一緒に行こうねっーて!」
「………」
だからどっちなのかと思うけれど、深入りせず話を進める。
「…………」
見ている周囲は言葉がない。この男はバカなのか。
「ラベンダー畑にも、羊食べにも行きません。」
「えー?!長野の山がさみしいって言ってるよー。道さんも誘ってもいいから尚香さん一緒に行こうよー。」
「行きません。はい、功君。ここで功君が習ってるものや基礎があるものチェックしていって。」
と、尚香は功とマネージャーの前にデバイスの一覧を渡した。
そこには音楽関係の習い事から、舞台関係、ダンス各種一覧が載っている。
「アイドルになる時いろいろ習ったと思うけど、日本とはまた違うと思うし……。子供の時のも含めてね。」
ナオと二人で項目を埋めてから、尚香はそれをじっくり見た。
「何なに?俺をタダ働きさせる気?それともバイトさせるの?」
どこかでキャストでもするのか。本当に年50万貯めるのか。
そして、尚香は項目を確認すると顔を上げ、ニコッと笑う。
「功君、日舞とお茶習いましょう。」
「は?」
これにはみんな、は??である。
「俺、忙しいよ?」
「忙しい人がなんで毎日うちに通ってるの!!」
急に怒る。尚香が出勤し、まだ道もいないブランチぐらいの時間によく家に来ているらしい。みんな、寒々した顔をする。それは問題である。
「尚香さん、こわいっ……」
「怖くありません!私が出張行った日なんて、私より家に行ってるし!」
「違う……。毎日も行ってないしっ。おじいちゃんが朝飯はうちで食えって言うから、ランニングのあと時々そこまで走って……」
「朝ごはんにお菓子なんか食べてるからでしょ?そうやってお年寄りの同情を買って!」
章の朝ごはんがジャガピコと知ったお母さんが心配していたら、お父さんがこれからはうちで食べろと言ってきたのだ。
「しかも、私のお気に入りの茶碗、割って行ったでしょ!!あれ、窯で買った一点物の陶器なのに!」
準備も手伝って皿洗いをしたものの、人んちの物を壊す最悪な男である。
「怒んないでよ……。」
「というわけで、こんな何でもできる年齢で、うちにいて時間を潰すのももったいないから、何か習得して下さい。」
「…………」
しーんとする個室。
「……でも、いろいろ習ったら頭の中こんがらがって、できてたこともできなくなっちゃうよ?」
「大丈夫です。そんな人、アイドルになれないでしょ?」
「……アイドル首になったんだけど……」
「ダンスはできるなら、ダンス系統でまずは行きましょう。日舞で!!」
「疲れてライブに支障が出るよ?」
「うちまで走ってくるエネルギーを、そこに投資して下さい。」
そこに、ナオが割り込む。
「でも、尚香さん……」
「契約上問題がありますか?」
「いえ、正直流動するスケジュールなので、先が決められないというか……。変更も多いし……」
「大丈夫です。だいたい毎日2回、曜日によっては午前の部もあって、木曜定休以外毎日指導を開催しています。プロクラス以外は、ジムのように好きな時間、好きな曜日に入れるプログラムがあります。取り敢えず週1回から3回。1回1時間半。」
「………」
開いた口が塞がらない。
「どうしてもダメなら3カ月でやめればいいし。お願いすれば着付けも学べるし、その先生の伝手で、殺陣もできるそうです。
手の角度や目線、扇の持ち方とか開き方とか、習って損はないと思うけど。」
と、仕事人の顔でタブレットとにらめっこしている。
「…………」
声もない功。助けを求めてみんなを見る。そして、イットシーの仲間たちが断ってくれると思いきや………
「やりましょう!!」
「は?!」
ナオである。
「やりましょう!!和装のMV作りたいって言ってたじゃない!!」
功、父親の袴を着たかっただけである。
「筋があるのとないのでは、出来具合も違いますからね!プロの目にも映えるものが作れます。MVで殺陣もしたいって言ってたじゃない。」
いや、別に日本刀じゃなくてアクションゲームみたいなMVにしたかったんだけどと思う。
しかし、功は嫌だ。
「顔が知れるのも、いろんなところに行動が知られるのも嫌なんだけど……」
「芸能関係でなくて普通に教えているけれど、クラスによってはそれなりの方たちも来るところです。なので、弁えているので変に聞き耳を立てられることもないかと。」
「こいつ、どうせ人生の半分がフリーな男ですからね。」
伊那が初めて発言する。功はラジオにも出ないし、宣伝に出ても5分以下で会話もしない。全員無口で話が盛り上がらないので、LUSHはほとんど露出がないのだ。伊那も身内の前でしかあれこれ喋らない。
「これからライブの規模や仕事増やしていくって………」
「それでも、うちに通う時間はあるんだよね?少なくとも今は。」
尚香、手厳しい。
「そこの先生、地歌舞伎とかも詳しいし奉納舞も趣味で調べている方で、太鼓とか分野によってはダンスのような要素もあるものがあるから、いろいろ功君にも出来ると思う。」
「そんないろいろできない…………」
「だから、まずは日舞。完璧に習うわけでなくて、役者さんみたいに基礎部分を仕込んでもらいましょう。」
「……」
「………というか、何で尚香さんそんな伝手があるの?」
ただのワーカーホリックではないのか。
「いろいろお仕事していると、いろんな方に出会うんです。これは、母の知り合いの四軒茶屋のお母様方に誘われたんですけどね。」
「…………」
なに、そのスキル……とみんな思ってしまう。
「でも、先生。そんな融通利かせてくれるの?知り合いってだけでしょ?」
「私も生徒でした。なので末席ですが弟子です。」
「え?尚香さんが舞うの?すっごい鈍くさそう………」
「……仕事をしていなかった頃に半年間だけで、発表会もしてないし、最後に教室で披露しただけです。」
「ぷっ」
なぜか功が笑い出す。
「なに??」
「……なんか変な姿しか思い浮かばない………」
「黙っててっ。」
「ナオさん、いいですか?」
「……そうですね、知ったからには上や三浦に相談しないと……。」
「そんなん、普段から功君は自由だし!」
真理も功が普段何をしているのか知らなかったが、尚香が登場して初めて半日もフラフラしているということを知ったのである。バンズというイットシー二番手のバンドの方が忙しそうで申し訳ない。
「与根や伊那の意見は?」
「……まあ、仕事に関わらない範囲なら……」
「どうせ活動範囲を広げていくし、功のリハビリにはいいと思うけど……。想像できんが、うちに関わらない範囲ならいいかな。しても週に3、4時間ってことだろ?
てか、お前、毎日走って尚香さんちまで行ってたわけ?」
「毎日じゃないけど……」
「じゃあ、決まり!」
尚香、契約がまとまった時のように嬉しそうだ。
「えー」
功は不満である。
「これは決定です。嫌ならウチにも来ないで下さい。」
「……」
「ならいつにする?初日は日にちを合わせないと。」
「初日?尚香さん一緒に行ってくれるの?」
「もちろん。先生やお弟子さんにご挨拶しないといけないし。」
一旦様子を見ないと、馴染めるのか、周りに迷惑かけないか尚香だって心配である。
「なら行く。」
そして、すぐ決める。
「尚香さん、明日は大丈夫なの?」
「明日?」
「明日午前中行こう!明日午前の部は?」
「え?待って、明日あるかな……。」
調べると、明日は3回ある。でも午前だと、尚香が朝仕事を遅らせないければいけない。スケジュールを見ながら考える。
「………うーん。行けるかな。午後出勤……明日は外周りも午後でいいし……」
「そんなん全部、兼代先輩にお願いすればいいよ。」
「兼代君に借り作りたくないんだけど……」
「借りじゃないし。通常業務だし!じゃあ行こう!!明日、迎えに行くね!」
功の中で決まったようである。
「俺、忙しいんだけど今月生きて生還できるのかな………。明日から気を引き締めないと……」
と、訳の分からないことをほざいている。暇じゃないのか。
「……」
急な態度の変わりように、今度は尚香が怪訝な顔をするしかなかった。
***
「真理、全然お話してなーい!!」
と、功も尚香も与根も帰った二次会で叫ぶのは真理である。
「……ねえ、功のお見合い相手、変なのに目を付けられてかわいそうだな……って思ってたけど…」
テンちゃん、語りだす。
「結構、尚香さんの方が強烈じゃない?」
「………」
正論に皆何も言えない。普通の人なのに、初見の音楽会社の社長にさえ食って掛かるのだ。
「バンド男のすることじゃないしね……」
和歌も同意する。和風バンドでもないのに何をさせるのだ。
「てか、あいつ初めからおかしいし、いろいろさせてもいいだろ。時間を持て余して変な知り合い作んない方がいいし。」
そう言う伊那も、奴が自由なおかげで自分も好きなことができて楽ではあるのだ。
「でもまあ、もう少ししたら今よりは忙しくなるから。自由にするのは今のうちかな。」
実は功は嫌がっているが、もう少し露出を多くしていく予定だ。
楽曲もいくつか既にある。これまで動画アーティストに任せていたMVも本人を出演させていく。ただのライブ姿でもいいが、もう少し凝ったことをしていきたい。何故なら功の素材を持て余しているし、シューナから使ってほしいと言われているクリエーターもいる。与根と泰は完全バンド人だが、伊那はグラフィック関係も結構好きで、少し分かる。
なら、しばらくいろんなことをさせても損ではない。功は元々ダンスはできるが、別分野を数回習うだけでもゼロとは違うのだ。ここで幅を広げてもいい。
いろいろなビデオを考えると楽しくなってくるナオ。
「着物ライブとかやりましょう!」
「余計なことはしたくない。」
そこはきっぱり断る伊那である。
「でも、功、すぐ思い詰めてしまうから、息抜きはさせないと……」
テンちゃんが心配そうだ。なにせ、思いつめることなど何もないのによく落ち込んでいる。
みんな夜景を見ながらもう一度乾杯した。




