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スリーライティング・上 Three Lighting  作者: タイニ
第六章 覆いたい傷

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43/90

43 章君は楽器音痴?



騒がしい渋谷の一角。そんなところで尚香に飛びつく身軽そうな女性。


「尚香ちゃーん!!」

「真理ちゃん!」

バスっと抱きつくのは、LUSHの真理である。


「尚香さーん!!」

ナオや他のメンバーたちも手を振る。与根(よね)にナオ、バイオリンを背負う功。そして以前真理の家で一緒に飲んだ和歌に、尚香初見のメンバー、鍵盤の伊那(いな)とマネージャーの小太りテンちゃんであった。

和歌も尚香に抱きつき、与根とテンちゃんが自己紹介をする。功のマネージャー、三浦も来たがったが今日は抜けられず無理であった。


なぜこのメンバーで飲むことになったかと言うと、先日遂に真理が爆発。

「せっかく仲良しになったのに、レインでお話しするだけだし!!!」

と、メッセージ交換しかしていないことに真理が激怒し、なおかつ泣き出すので尚香と飲むことに。そこに和歌が加わり、それを見ていた功も飛びつき、功の保護者として俺も行かねばなるまいと伊那も口を出し、なんだかんだこの大所帯である。


なぜか社長も行きたがったが、みんなが丁重に断った。さみしそうだが仕方ない。男はおまけだからこれ以上来るなという話になったのだ。社長に対しても容赦ない。


「真理ちゃん元気してた?」

「気になるならライブ来てよ~!!」

「ごめんね。今、夜も土日も忙しいし。与根君もお疲れ様です。」

「……どうも。」

「与根は無視していいよ。」

と功が言うも、与根に話しかけている。尚香から見れば大学のゼミ生みたいで親近感が沸くのだ。




居酒屋の個室で乾杯をする。

「お疲れ様でーーす!!」


「あれ?与根君もお茶なの?」

「……アルコールダメなんです。一口で顔が真っ赤になって。」

「そうなんだ。ならおいしい料理いっぱい食べてね。」

と、メニューを差し出す。

「何が飲めないだ。お前ブリッコするな。」

尚香からの好感度が高いので、ムカつく功である。


「ねえ、尚香ちゃん、今度は一人で真理の家遊びに来て!一緒にお話ししようよ。」

「なんで、ウチ無視するわけ?」

和歌が怒る。

「真理はゆっくり話したいもん。本当は今日だって、二人で会いたかったのに~」

「尚香さん、ぜひうちに。娘もお待ちしています!」

と言うのはナオ。

「え?ナオさん娘さんいるんですか?」

「中3に、高2。息子は一人暮らしを始めたのでいないです。だから1年前に仕事復帰しました!」

「え??おいくつで?」

「43です!」

「そうなんですか?!もっと若いかと……全然分からなかったです……。」

驚きでパチパチ拍手をしてしまう。

「うちの子たち、生意気だけどかわいいよ~。」

「違う!うち来て!!」

と真理が怒りながら食事をしていく。



「……で、尚香さん。いい加減ライブ観に来てください!」

「でも、ファンの子たちに申し訳ないよ。兼代君、普通にチケット取れないって言ってたのに。」

「席で見なくてもいいし。」

「………」

ここまで真理とも仲良くなったなら、一度くらい観に行ってもいいのかなとは思う。けれど全く知らない世界、怖く思える。そして、明確な何かを求めてチケットを確保するファンたち。自分には何もないので、申し訳なくもあった。




少し考えて、尚香は思う。安心できるもの。それがあればいいなと。


「あ、じゃあ……。素人の一意見で申し訳ないけれど………」

「何々?」


「功君、定期ライブでヴァイオリン弾いてよ。」


「……?!」

章の顔が固まるが、尚香は専門の人間の前で素人がお願いをするのが恥ずかしくて、みんなを見れず気付かない。

「……何か知っている音や姿があったら安心できそう。あ、ただのリクエストです……。見に行く人間が意見できるとかじゃないかもしれませんが……すみません…。」

定期ライブならどうかと思ったのだ。


「………」

しかし功だけでなく一同も唖然としている。


「この前功君が歌った歌。功君、自分のバンドにヴァイオリンは合わないって言ったけれど、あの歌なら、ヴァイオリンと相性がいい気がするし………。ほら、あの―――」

と、考えているところで、ナオが止めた。

「尚香さん!」

「……はい?」



与根がすまなさそうに言う。


「………あの、功はバイオリンできないよ?」

「……え?」

「…………」


みんな章に気を使うように黙ってしまう。


「…………?」

そんなはずはない。章はヴァイオリンをいつも持っているし、練習していることも以前楽団に入っていたことも教えてくれた。アメリカでも大人に混ざって弾いていたらしい。


「………そんなことないよ?ねえ、功君。」

と、功を見るも、功は目を逸らした。

「……?」


「あ、弾けなくはないと思うけれど、その、何と言うか、公演では………」


「………」

みんなが初めて気まずそうな顔をしているので、これはどうしたものかと思ってしまう。

「楽団に入れたなら、基礎ができてると思うけど……」

尚香が言うも、

「基礎ができるのと、客に見せるのはまた違うし………」

と、返される。


「………」

功は、やはり目を逸らしている。

何か功の知られたくないことを(えぐ)ってしまったのかと尚香は慌てる。


考えてみたら、尚香は章のヴァイオリンのきちんとした演奏を聞いたわけではない。章が日本の楽団にいたのは子供の頃。プロ並みに演奏できなければいけないわけでもないであろう。

アメリカの楽団は、あくまで有志で非営利の範囲であった。多少収益はあったようだが、運営に消える範囲。プロ並みでもプロではない。録音や正式な舞台でなければ、章を入れてあげるスキマはあったのだろうか。だから、間に入れてもらえたのか。


もしかして章はヴァイオリンに憧れているだけなのか。誰もが歌手になることさえ難しい中、歌で仕事になるのならそれで十分なのに。それともアーティストにはその人しか分からないこだわりがあるのか。元々変わった子ではあるのだ。


「………功君ごめんね……」

「……………」

功はなんとも言えない顔で、まだ目を合わせずにいる。




***




そして、トイレに行った先でイットシーのスタッフと合致会う。洋子さんの時を思い出して一瞬戦慄してしまうが、尚香くらいの身長でぷくぷくしてかわいいテンちゃんであった。


「……どうも。」

「あ、マネージャーさんですよね。」

伊那とテンちゃんとは、挨拶と注文以外ほとんど会話をしていない。でも、聞いておきたい。


「あの、マネージャーさん。」

「……天道なので、テンと呼ばれています。私も尚香さんと呼ばせていただくので、テンでいいです。」

「あ、テンさん……」

「みんなテンちゃんなので、ちゃんでいいですよ。」

「ならそうさせていいただきます。……でも、慣れたらで……」

そういう業界なのかもしれないが、テンちゃんは至って冷静で、まだノリも年齢も分からないので言いづらい。



「あの。功君、本当にヴァイオリン弾けないんですか?」


「………」


すぐ答えず、間を置いてテンは答える。

「………キラキラきらりんの、ニコくんの木琴よりはいいくらいですね………」

「へっ?」

ほぼ音を外しているアニメキャラである。ただ木琴は、下手でもきれいな音は出る。

「……功は……少なくとも私たちの知っている功のバイオリンはそれくらいです……」

「!!」

今日も衝撃を受ける尚香。


「昔、アイドルの面接を受けた時も、バイオリンに関してだけは、審査員が何とも言えない顔をしていたそうです。弾きたかったみたいですけど。ただ、他がずば抜けていたので、それくらいいいかって感じだったらしいですが。」

「………」

「あの、楽団にいたって聞いたんですけど。児童でもプロの指揮者がいたような団体らしいですよ?」

「…その頃の動画もあるんですけど、音がきれいに取れてなくて分かりにくいんです。それに、あくまで国内のよくできる子のですからね……。海外のコンクールで上位を獲れるような子が集まっているわけでもありません。

今まで数回弾いたけれど、全部そんな感じでした。」

「………そうなんですか……。」


いつもあんなにヴァイオリンを大事にしているのにと、尚香は何とも言えない思いになる。


「尚香さん、大丈夫ですか?」

「……ちょっとびっくりしました……。あんないいヴァイオリンを持ってるのに………」

尚香に楽器の良し悪しは分からないが、造りがきれいだったのは分かる。安物ではないだろう。なのにテンちゃんは害のない顔をして、無自覚に尚香を攻撃する。

「功が今日持ってるの、ケースだけで40万円だそうです。」

「っえ!うそ?!」

本体でなくケースが40万円………。心臓に悪すぎる。


「四角いグレーのケースが一番高いので、あと多分何本か持ってると思うけど……。一番大きいケースはダブルケースです。バイオリンが2(ちょう)入ってる。」

「弓でなくて?」

「バイオリンです。それはケースが19万円だそうです。」

「!!」


ニコくんのヴァイオリンレベルなのに、今聞いたケースだけで既に60万円………。


「でも、釣りだってカメラだって、女性の化粧品だってすっごいお金掛けて使いこなせない人やただのコレクションになってしまう人もいますから、それを思えば安いものです。」

よく分からない安心感が漂う。管理が良ければ楽器は世代を超えて使えるものだ。まだ救いようがある。



「でも、いつもいいもの持ち歩いてるわけじゃないですよ、功も。1番安いのはケース込みで2万円って言ってました。もう数本ダメにしたそうですけど。ケースの方が高い可能性もありますね。中は2、3万円くらいで……」

「……!」

(りき)み過ぎてダメにするときもあるそうです。」

やはり、ギターのように叩きつけるタイプなのか。



「………功は、事務所でお披露目で失敗してから、こういう話は私にしかしないんです。」

ずっとマネージャ―だったテンちゃんにだけ。

「きっとバイオリンが大好きなんですよ。」

と、初めて笑顔を見せる。


テンちゃんは結婚して妊娠したので休業に入るらしい。



「尚香さん、戻りましょうか。」

「あ、はい……」



尚香はなんだか章を切なく思った。


章君はなぜ、自分が届かないものを求めるのだろう。




今、手にしているものだけで他人がうらやむような人生だってあるだろうに。




***




「それで尚香さーん。功に決めました?」

酔っ払いたちがうるさい。


「今日は真理ちゃんと飲むはずだったのに。」

「そうだよー。功の話なんてしないでー!」

「でも、功とお付き合いしないと、尚香ちゃんバイバイだよ?」

「なんで?」

「お見合いした男の職場と仲良くしてたら、次いけないでしょー!」

「はっ、そっか!」

尚香ちゃん、どうなの?という顔で見ると、尚香は急にタブレットを出した。


「??」

みんな何だろうと尚香を見る。


「はい、ではみなさん。ちょっと注目して下さい。」

「?」

いきなり講師になる尚香。ネズミ講か、マルチ商法か。



「教えられる分だけでいいので、功君の空き時間を教えて下さい。」

「へ?」

「ナオさん、教えて下さい!私、章君の日常を知りたいんです。」

「え?ちょと待って。」

「……なになに?デートするの?」

と、功がウキウキ聞いてくる。ナオがザっとスケジュールを教えてくれた。


「それとも何?僕のこと知りたくなった?僕、朝早起きだよ。」

と、言う功に関係なく話しを進める。


「最初の3カ月は私が負担します。」


「は?」



尚香、遂にここで商売を始めるのか。みんな固まる。





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