4 どうしてこの子は
「尚香ちゃん、本当にごめんなさい!!」
尚香の部屋の前で道はしばらく謝っていた。
「……尚香、そろそろ許してあげて。出てきてちょうだい。道さん、ずっと頭下げてるんだよ……」
すると、ガッと引き戸が開いた。
そこに現る、髪も表情もぬめッと項垂れた、妖怪のような尚香。
「尚香ちゃん!!」
「尚香!」
「……もういいです……。怒ってるわけじゃありません……」
そして、病み上がりの顔で言う。
「あまりにもひどい顔をしてたし、こんなにも世の中理解できない人がいるんだって、ショックを受けていただけです。」
「尚香ちゃん、本当にごめんなさい!
うちの子少し変で……。でもいい子なんです………」
いい子とは思えない。
「……それで、尚香ちゃんの噂を聞いて………尚香ちゃんならうちの子をよく見てくれるかなって………」
え?私、結婚していきなり大きな子供のお母さんになるの?道さんも実は危険か。全掲示板が味方してくれそうな話である。と、思いつつ、道の方が蒼白な顔をしていたので何も言えなくなる。
「謝らせますから……」
「もう、会わなくていいです。」
そこは言い切っておく。
「!!」
それを聞いて、絶望的な顔をしていた。
「もう許されないのですね……。どうしよう……今日まではお仕事していっていいですか………」
と、ひどく肩を落とすし、尚香も人柄を知っているので悪く言いにくい。
「尚香、道さんみたいに介護も出来て、これだけ時間に自由がきく人って、もういないの、許してあげて!」
前のヘルパーさんは、スポーツで足を痛めて引退だ。
「彼の話を持ち出さなければ、通って下さって大丈夫ですので、もう気にしないで下さい。すみません。今日はもう一人にしてください。」
正直、道さんはかなり頼りになるのでこのままいてほしい。
そう言って、部屋に戻っていく尚香に、道は申し訳ない思いでもう一度謝って、どうしようもなしにお母さんと階段を降りた。
***
しかしである。
『あ、道さん。今、おじいちゃんち来た!』
道は携帯電話の声に力なく返す。
「今日はもう帰りましょ……。金本さんの夕食は温めるだけだから、片付けしてお母さんも帰るから。」
『なんで?道さんが言うから来たのに。』
「あのね、今謝るにはあまりにも状況がよくないの。今度お詫びを持って来て、出直しましょ。」
『え?でも、先、商店街でおじいちゃん見かけて、一緒に帰って来たんだけど。お詫びでたい焼きとタコ焼き買って来た。』
「は?」
目の前で、今、まさに聴いている声がするので驚くと、章は既に尚香の高齢の父と玄関の中にいる。
「道さん、たい焼きいろんな味を買ったんだ。章と食べてくれ。」
「…!!」
驚きすぎる道。
「章!早く!!」
「何?」
「家から出て!!」
と、小声で必死に指示すると、お父さんが呼ぶ。
「道さん、一緒に食べよう!」
「あの、その、すみません!今日はもう帰ります!」
と、簡単に説明して、急いで仕事を切り上げた。
***
バタン!と大きなワゴン車のドアを閉める。
「道さん、アパートまで送ってくね。でも、何なの?今、謝れって言うから来たのに。」
「章!」
「お母さんの大切な知り合いだからって言ったのに!」
「だからごめんってば。ついうっかり。」
「うっかりじゃない!もう、許してもらえそうにないし!」
「え?そうなの。おじいちゃんとせっかく仲良くなったのに、お別れってそれは寂しいかも……」
章はやっと後悔の顔になる。
しかし、意外なことを先に言ったのは道である。
「何言ってるの?やめないよ……」
「へ?」
「お母さん思うの。尚香ちゃんしかないって!!」
今度は章がドン引く。何をやめないのか知らないが、尚香さんは相当嫌だっただろうに。
「なんでまた。」
「他の誰が、章みたいな子の面倒見るの?!」
「逆に何で尚香さんなの?」
怒らせただけである。
章は100%バカでもないので、こんな自分の面倒を見せられるのは嫌だということくらいは分かる。これまでの女子の声を聞く限り、夫は恋愛面でも愛し合え、お互い支え合える対等の相手がいいらしいのだ。対等になれそうにないし、相当、肌に合わないようなので結婚の線はないであろう。
「何それ?俺の介助も頼むの?」
なに、その地獄。
「そんなわけないでしょ!!夫です!」
「道さん、さすがにそれは理解しがたい。俺も、自分みたいなのよりもっと頼もしい人と結婚したいもん。」
俺と結婚……章としても一日付き合うのも嫌である。
「章君。自信持って!章君はできないことがいっぱいあるけど、最高にかわいくてカッコいいでしょ?」
「そりゃ、親目線ならね……」
園児で親指をしゃぶっていた頃から知っているのだ。金本さんと目線が全然違うだろう。
「それに、そんなに相手が嫌がってるなら、道さんストーカーだよ。もう金本家に行かない方がいいよ。」
「え?!そう?ストーカー??」
自分で驚いている。
「はあ……。でも先帰る時も、お母さんも仕事続けてほしいって……」
シートベルトをはめて、そのまま項垂れる。
先の勢いから、急に力を無くしてしまった道を見て、章は何も言えずに車を動かした。
***
そして金本家の居間。
親子三人でたい焼きとタコ焼きを食べながら、ちゃぶ台を囲う。
「まあ、尚香。そういうわけだ。お父さんも悪かった。」
「お父さん……」
「道さんが勧める子なんだ。悪い子じゃないよ。お見合いとか関係なく、赦してやってくれ。」
お父さんもこの計画を賛成していたのだ。お互い仕事で全く会う時間がなく、きちんとお見合いにしてしまおうと思ったらしい。尚香は付き合いや仕事っぽかったらどうにか時間を取るだろうと。
金本お父さんはゆっくり語る。
「尚香はたくさん乗り越えてきただろ。いろんな人間との関係を。
もし会ったら、弟くらいの気持ちで挨拶くらいはしてあげてくれ……」
「…うん………」
ミチミチちぎりながら、抹茶たい焼きを食べる。お父さんは少し足も悪いし、白髪が前以上に目立つようになった。物忘れも多くなってきたので、認知症の予防治療もしている。
「こんなにあると、冷凍しておかないとね。章君がいたら……」
まで言って、言葉を止めるお母さん。実は章、数回ここでご飯を食べているが、尚香は仕事中、もしくは残業後しか家に帰って来ず、時間も合わないのでそのことは知らない。休みの日も休日出勤か部屋で熟睡ですれ違いである。それに、今言うべきでないだろう。
「分かった…。道さんにはこれからもよろしくって、言っておいて。」
お母さんは、すまなさそうに微笑んだ。
***
次の日のスタジオ。
「てなわけで、今週も道さんはあの家に通うんだって。」
簡単に説明していつもの定位置でため息の功。
「おじいちゃん、おばあちゃんは好きだけど、全くとんでもない話だよな。」
「とんでもないのは向こうだろ。」
「なんの疫病神だよ。」
誰も味方してくれないが、いつもの助っ人が来る。
「まり、その女に忠告しとかなきゃ!うちの功君にひどいことしないでって!!」
「やめなって。」
「ジュース掛けるって、この時代暴行でしょ!!なんの妖怪?」
「下手したら真理ちゃんが名誉棄損で逮捕だよ。」
「なんか分からんが、道さんはあの家を気に入ったらしい。」
「まあ、相手も道さんなら大歓迎だろうな。うちのスタッフになってほしいもん。」
「こんなとんでもないのが付いてるって、誰も思わないだろうしな。」
そして功のスマホが鳴る。
「はい、道さん。何?」
みんなそのことかと注目した。
「……夕方?迎えに?」
「行って来いよ。」
「功、迷惑かけ過ぎだから、できる時に人に尽くしとけよ。今日はライブないし。」
と、横から言われるので、鬱陶しい顔をしておく。
道は改めて警告する。
『そう、でも金本さんの家の前まで来ちゃだめだよ。八百八の駐車場に。1台しか停めれないからなかったら少しうろついてて。そこで買い物してマンションに行くから。』
章も少しは料理をするが、凝ったものは道が章の家にたくさんストックしておいてくれる。
『今日はお米もトイレットペーパーも洗剤も買っておくから!ポイント5倍の上にセールなの。お母さんが買っておくから、章は買っちゃだめだよ!』
「うん、分かった。」
聞いたスタッフが呆れる。
「道さんも構い過ぎじゃないですか?」
「この前ネットで注文したんだけど、買い過ぎて怒られたから。」
と、功が力なく言う。
以前、小売店の如くストックを買ってしまったのだ。まとめ買いが安いと聞いたと掃除や台所の消耗品だけでなく、水、お茶、コーヒー、スポーツ飲料など箱で山のよう注文し、叱られた挙句この事務所にもたくさんの備品が提供されたのだ。
しかも触っているうちにサイトをログアウトしてしまい、カード清算されていれるのか分からず、念のため他のサイトでもいくつか注文。本人がいないと宅配から連絡があり、この量を再配達は困ると言われ事務所に転送。結果、その時のストックはまだたくさんあり、お客さんが来る度に提供されている。もう粗品だ。
「この事務所から持って行けばいいのにね。」
と、功に慣れた職員が言う。
この話を聞いて、当時まだここに就職前だったスタッフがビビっていた。
しかも章はアホなので、行く気になったし早くこの仕事を済ませておこうと思ってしまう。章は自由業でも、道は時間と対価で仕事をしている。
金本家で掃除をしていた道のスマホが鳴った。
「え?章?」
金本家の後に近場の他のお宅にも行き、今日の仕事が終わるのが6時なのに、今はまだ2時だ。
『道さーん、着いたよ。』
「何言ってるの?まだ2時だよ?」
『待ってたけど暇だから来ちゃった。』
「来ちゃったじゃないでしょ!」
しかも時間的に全く待っていない。
『うん、そんで、マートにはいないと思って、家の近くに来たから待ってるね。家の前じゃないよ。』
言葉がもうない。
……………が、しかし、
道は言葉を無くしている場合ではないと気が付く。
家の近く?
「は?!」
これは危険である。




