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スリーライティング・上 Three Lighting  作者: タイニ
第六章 覆いたい傷

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39/90

39 なぜこんなことに。解せない。



「でね、このお茶には最近このカップを合わせるの。ソーサーもかわいいでしょ?」

「……へー。」

「この缶もかわいいし。」


そんな感じで話をしているのは、なぜかブリディッシュガーデンな世界に迷い込んで来てしまった尚香である。先までは茶葉の話をしていた。この茶葉は、近年手に入りにくいとか。これは飲み方が難しいとか。でも、洋子の話はあまり込み入ったところまでいかない。深くはなく、あくまで自分の好きな部分のみだ。


「甘いのは嫌いだけど、ショートブレッドは好きなの。」

「ショートブレッド……」

聞いたことはあるし、食べたこともあるだろうがパッと浮かばない。


「待って、そこの箱の中にあるかな?」

と、洋子は戸棚を開けてお菓子の入っている箱を探る。

「あった!これ!ランカー社の!はい、あげる。あんまり食べないから食べて。いつも食べきれなくて、期限が近くなってお手伝いさんにあげちゃうから。」

「……ありがとうございます……」



ここは何なのだ。

不思議の国のアリスか。



「マグで紅茶を飲む人も多いけど、うちはティータイムはきちんとティーカップが多いかな。尚香さんはお茶が多いの?コーヒーが多いの?」

「私の会社はティーバッグもあるけど、コーヒーの方が簡単に淹れれるからどうしてもコーヒー派です。……コーヒーに慣れるとほんと飲み易くて手軽で。あと、日本茶もボタン1つなので日本茶も飲みます。」

「……会社ってなんでもあるんだね……。お店屋さんみたい。」

「ものによっては有料だけどお菓子もあります。」

「会社とか職場って、もっと殺伐とした怖い所だと思ってた。ニュース見てると、怖いことばっかり言ってるもの。」

尚香の会社は、社食はないがその他の福祉が充実している。しかし、言葉の端々(はしばし)が気になる。洋子さんは世の中をどう見ているのだ。


「最近は水に溶かす栄養補給のスティックやタブレットとかも置いてあります。」

「何それ?」

「ビタミンとかミネラルとか摂れるんです。」

「へー。便利な世の中なんだ。私は偏食だから栄養を取れっていつも怒られてたのに。それを飲めば、ご飯食べなくてもいいの?」

「どうでしょう。」

いいわけがない。



洋子さんはおそらく外で働いたことがないのだろう。


いや、会話をすれば分かる。働けそうにない。それはなんとなく分かった。



それにしてもどうやってこの生活を維持しているのか。

都内では裕福な部類に入るマンションであろう。章のお金か。実家がそれなりの家?それとも章の父である初めの旦那さんが亡くなっているのでその遺産?

章の実母であるこの洋子さんは、確か再婚しているはず。でも、こんなふうに暮らしているとはまた離婚してしまったのか。それとも別居か。夫がお金を出してくれているのか。子供に頼っているにしても、章が20歳なら、兄以外はまだ学生の可能性もある。兄がよっぽど優秀なのか。



「……はあ。でもティータイムは嫌い。」

いくらか話してから洋子は急に不機嫌になる。

「………」

これだけ楽しそうに語って嫌いとは。



そうして、ソファーに背を丸め、しんみりする。

「……もう、京子おばさんも来てくれないし、一人でしても楽しくないし、疲れるし………。

だから、ずっとしてないんだけどね。」

「…………」


尚香、思う。章と同じだ。会話相手の知らない人間を、友達や親戚、親だとか言わずに、知っているものとして名前で自然に会話に出してくる。


「ずっとお一人なんですか?」

「………」

「あ、変なこと聞いてすまいません……」

「別に。ずっと一人だけど?離婚してるの。」

「………………」

これは、二人目の旦那さんとの話であろう。



「もうずっと前の話だから。それに時々海外にいる京子おばさんが来てくれてたし。娘も時々………」

「………」

時々?こんな人が今までどうやって一人で生きてきたのだ。それに娘?

「娘さんがいらっしゃるんですか?」

「……時々しか会えないけどね。でも息子は全部嫌。どうせ顔も見せに来ないし。息子は嫌い。」

娘は夫が引き取ったのか。章の父との子?次の夫との子?

「最初はちゃんとできたのに。なのに………みんな、私に子育てはできないって言うから………」

きっとできないであろう。出会ったばかりの尚香でも分かる。洋子は先のストールで目を隠して、ちょっと泣きそうだ。本当にこんな人、どうして一人で生きてこれたのか。



「あの、すみません。私がこんな話をしたから………」

「ねえ、尚香さん!たまにうちに来てお食事かティータイムしましょうよ。」

心配をしたのに、もう機嫌が直っている。

「………」

「尚香さん?」

「……あっ、あ、はい?ティータイム?」


ティータイムってなんだ。普通のカフェ気分でいいのか?


「私、誰かといないと、全然食欲が湧かなくて。何も食べなくてよく叱られるの。」

「…………」

本当に食べなさそうだ。


「普段、どうお食事されてるんですか?」

「好きなものを、無理やり押し込んでる。あとね、子供を産んだから、これを食べなさいって言われてて。そんな食生活だと、(こつ)なんとか症になるって脅されて。」

と、テーブルの横の箱からいくつかサプリメントを出してきた。

「錠剤は飲み込めないって言ったら、おいしいラムネやゼリーにしてくれて。15年くらい食べてる。」

カルシウムや鉄、亜鉛、ビタミンなどだ。

「これはね、昔はおいしかったのに、途中からお薬みたいな味になって最悪なんだけど。今度変えてもらわないと。」

「…………」

パッケージを見るとシュガーレスだ。多分甘味料の味が変わったのだろう。



「あとね、あの男には黙っていてほしいんだけど…………」

と、内緒話でもするように慎重になった。


「本当は、道さんに月1、2回この家を見てくれるようにお願いしてる。」

「え?!」


「……………」

固まってしまった尚香に、洋子はむくれた顔をしている。

「ちゃんとお金は出してるし、その時はご飯も食べるよ。道さんがいろいろ持って来てくれるし。たまーに一緒に食べてくれる。」

もう、なんと返したらいいのか分からない。前妻と後妻である。章からの印象では関係が良さそうには思えなかったのに。


「あと、昔からのお手伝いさんもいる。その人は月2回……。でも私だって掃除くらいするし。」



そんな話をしているともう終電近い。

「あの、私そろそろ帰らないと………」

「泊まって行けばいいよ。」

「?……??」

「泊まっていって。」


「えっ、そんなわけには!明日仕事ですし、着替えもないし。」

「下着は私の新品あげるから……服は一日ぐらいそれまた着たらだめ?」

「同じ服で会社には行けません、外周りもするし!」

「なら私の服を着て行って。」

「無理です!!」

「なんで?趣味じゃない?」

「身長が違い過ぎます!」


「…………」

すると、あからさまに落ち込む………。地の底に落ちたように。



「……………あの……なら、朝までなら………」

「!」

ぱあっと、明るくなる顔の変化が章そっくりである。


「どうしても着替えはしないといけないので、始発で帰りますけど……それでも良ければ。」

「ほんと!?」

明け方帰るので、下着も一晩くらい同じものでよいだろう。洋子の下着など新品でも無理そうである。


「ならお風呂使って!」

「明日朝、家で……」

「道さんや笹井さんにもあげたんけど、すっごくいいバスボムがあるの!せっかくもらったのに、私、薔薇とか苦手で。薔薇、大丈夫?」

「………はい……。」

また変な顔になってしまう尚香。ちなみに笹井さんはお手伝いさんである。




***




「……はぁ……。あったかい………」


ぽわーんと湯気が漂うお風呂。


薔薇の泡ぶろに入りながら………

………寛いでいるのか、疲れているのか分からない。


信じられないことにジェットまでついていて、腰が気持ち良い。


その後、バスローブを着て英語だらけの高級そうな化粧品でケアされた。パックまでされて、リラックスチェアで休んでしまう。



「………」

天井を見ながら、自分は何をしているのだ……と途方に暮れる。



考えてみればまだ数時間前は、兼代に説教をしていたのだ。

それからどうしてこうなった。



「尚香さん……。

あなたが着れそうな部屋着、見てみたんだけど………」

「…………」

「これ、京子おばさんが来る時に着てるのがあった。38って書いてある。」

Tシャツと普通の短パンだ。38は9号、見た感じ着れそうだ。

「……それ!それ着ます………」

自分に身近過ぎて泣けてくる。あまりにホッとするも、タグを見ると尚香が着たことのないようなブランド品であった。しかも、あまりアウトレットなどに入っていないようなお店である。


………プニクロでいい。プニクロを着たい。


この家にいるとくらくらしてしまう。




ドライヤーをしているうちに、洋子がシャワーを済ませてきた。


バスタオルを頭に巻いて、やはりバスローブ。足しか拭いていないのか濡れたままだ。思わず洋子の導線をじ~と見てしまう。というか、見惚れてしまう。

そのまま、寝室に入っていき着替えて出てくると、今度は絹のノースリーブとショートパンツのセットアップであった。スラっと伸びた足にとにかく目がいってしまう。


「………」

隣りで肌ケアをしているのだが、何と言うことか。アラサーの尚香より肌に艶がありキレイである。


そして整った横顔。


「………何?」

「…………あ、いえ、その、お肌がきれいだな……と。」

「そう?」


何だろう。この既視感。

「………………」

と考え、多分これだ。


「あ!章君!」

「………」

洋子は急に嫌そうな顔をする。

「あいつが何?」

「……いえ。章君もすっごく肌がきれいだから、お母さんからの遺伝なのかなって……」

若いからだけでなく、遺伝なのか。


「……あいつムカつくから。私の肌を他人が褒めてたら、外にも行かないし苦労もないからとか言うの。……ほっんとムカつく……。運動しろって言われてるから散歩くらいしてるのに。」

「…………」

今、章の名前を出すのはやめにすることにした。





そして、寝る時さらにビビる。


床かソファーに寝るつもりだったのに、寝室で一緒に寝ましょうと言ってきたのだ。


「は?」

である。


「えっ、大丈夫です。布団一枚あれば……。床ならマットか何かほしいですけど……。」

「どうして?ベッドがあるのに。セミダブルだから、女二人くらいどうにかなると思うけど?」

「??」


「でも、洋子さん背が高いから、セミダブルでも狭すぎます!」

「横に同じ高さのソファーも付けられるからダブルになるし。」

「はい?」


「………お願い……。一緒に寝て………」

人生打ち捨てられたような顔をする。

「……っ?!」


「毎日毎日、怖い夢を見ないように寝入るまでお祈りしてるの………」

「……怖い夢?」

「一人で何も考えずに寝ると、ずっと頭の中で怖いのがグルグルしてて……。朝まで寝られない時もあるし………」

「それで、ずっと助けて下さいって繰り返してる……。」

「あの、京子さんとかが来た時も一緒に?」

京子さん、誰だか知らないが。

「時々、寝入るまでいてくれるけど、京子おばさんは最近は人がいると寝られないみたいで別々。そういう時はずっと怖いまま…………」

尚香が人と寝られないとか思わないのだろうか。京子さんの寝床でいいのだが。京子さんがいやがるのか?


「………お願い!なら一回だけ!少しだけ!!」





子供みたいにそう言われて、しょうがなく同じベッドに転がる。


とくに特徴もない、けれどそれなりのシンプルな寝室。



………???

なんだこれは。何なんだ……。


これまで章と出会って、信じられなかったあらゆることを思い出すが、今日、今この時。いろんな意味で思考が整理できない。



横を向くと、ブロンズ色めいた髪の、きれいな女性。

彼女は目が合ってニコッと笑う。


????



尚香の手の上に、そっと手を寄せられる。

??


柔らかい、でも指や節々は思った以上に硬い手。



しかも、この顔。

正に章にそっくりではないか。


???


なんだこれは?



なぜ私はこんなことになっているのだ。




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