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スリーライティング・上 Three Lighting  作者: タイニ
第六章 覆いたい傷

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38/90

38 どうしてそうなるの?

※言葉の暴力的表現があります。苦手な方はこの回をお避け下さい。



「ねえ、お友達さん。」

「……え?あ、あの、はい!」


パウダールームで呼ばれて、ひぇっと反応してしまう。


「ちょっと、そこで待っててくださる?」

と章の母親が言うと、尚香の横にそっと化粧品ポーチを置いて、トイレに向かって行った。



先と打って変わって、上品な東京のマダムである。



心臓に悪い。


そして出てきて水道を使ってから戻って来て横に座る。



うわっ、怖……と、身が縮む。




母親は、尚香とは比べ物にならないようなツヤツヤの長い指で自分のポーチを開け、シウムというデパートに入っている日本ブランドのパウダーを軽く(はた)きながら尋ねた。

「あなた、お名前なんだっけ?」

「あ、はい。金本尚香と申します。」

「…コウカさん。そう、名刺は?」

と、言われるので咄嗟に会社の名刺を出してしまう。


そして母親はその名刺の漢字ををじっと見る。

「これで「きんもと」って読むんだ……。えっとコウカさんね。これ、コウって読むっけ?栄コウのコウだっけ?」

「……違います。栄光のコウは光です。」

「……ふーん。」

名刺を置いて、リップを塗り直している。


大雑把な章と違って、動作一つ一つに艶があってきれいだ。なんと言うのか分からないが、とても女性的なことをしているのに顔がクールなためか、女々(おんなおんな)していない、媚びない優雅さ。おそらく狙ってそうしているのではないのだろう。


そういう中で、生きてきた人なのだ。


そして、こんなに嫌味なことを言う性格なのに、あっけらかんとしてシンプルでさっぱりもしている。



「…………」

何歳なのか分からないが、章に兄がいるなら40半ばはいっているのか。50過ぎ?大人っぽい顔なので子供っぽくは見えないが非常に若く見える。なんと言うのか、若い祖母にもなれそうな年齢だとは分かるのだ。分かるのに、でも、若いという不思議な感覚。


そして、モデルのようなのに、もっと世離れしたような、もっと存在感のないような、儚い感じもする。


奥様雑誌にいそうなモデルともまた違う。

どこまでも強いのに、細くて消えていまいそうな儚さ。




「私はね、洋子って言うの。」


「……よう子……さん?」

突然の自己紹介に戸惑うも、人に名乗らせるなら先に名乗るのが道理であろう。


「あいつの親。一応。」

「……あ、はい。」

繊細な細い細工のイヤリングに気を使いながら、軽く髪を整えている。


「洋子って呼んで。大平洋の洋。」

「え、あ、はい。洋子さん。」

いいのか。


「でね、この後あなたとお話ししたいんだけど。」

「へ?」

「でも、あの男が絶対に嫌がるでしょ?尚香さんはあいつと来たの?車?」

「違います。地下鉄です。」

「……電車に乗れるの?切符とか買ったり。電話とかカードでピッってするんでしょ?できるの?」

「できます。」

「すごいんだね……」

「……え、はあ……」

何もすごくない。

「最近、何でもカードやスマホで嫌になるんだよね。顔パスにしてほしいわ。顔、見られたくないけど。」

「………」

顔認証清算。画期的である。



「だからさ、一旦お互い帰ったことにして、あいつがいなくなるまで少し待ってて。」

「…………」


「何?イヤなの?」

「………息子の章君を差し置いてそれは………」

「いいの。あいつはあいつでしょ?あとで道さんには報告してもいいから。」

「…でも、章君とお友達ですので。」

「道さんに後報告しておけば何でもいいの。分かった?」

「…………」




そんな会話をして席に戻ると、章が不満そうな顔をしている。


「なんで一緒にトイレ行くんだよ。変なことしてないだろうな。」

「何でもかんでも私のこと悪く言わないでくれる?女の化粧直しにああだこうだ言うなんて、無粋過ぎるんだけど。」

「………」


ドリンクを飲み切って外出ることにしたら、またここで揉める。




「あんたが払えよ。」

「なんで私が。たまに会った親に、孝行しようとか思わないの?」

「何もしてこなかったくせに。クソかよ。親が子に奢れよ。」

「そんな道理知らないんだけど。」

「あんたのせいで食事になったんだろ?」

「は?私がお金ないの知ってんでしょ?!」

物の管理のことが分からないだけかと思いきや、本当にこの親はお金がないのか。


ただ、おそらくそれなりの物を全身に身に付けている。金がなさそうには見えない。


「他人がいるのに、みっともないとか思わないのかよ。」

「今更、繕うものなんて何もないから!」

「じゃあ、スーパーの安売りの服でも着てろよ。なんでブランド着てんだよっ」

「あんたみたいなのにも、ブランドって分かるんだ?だいたい着たくて着てんじゃないし!だって、スーパーで服のお買い物なんて分からないしっ。肌触りの悪い物を身に付けてたら気持ち悪いでしょ。虫が這ってるみたいで!」

「はっ、あほらし。この都心から投げ出してやりたい気分なんだけど。水もない、虫が這ってる場所で暮らしてみたらいい。」

「やめて!」

本当にそうなるわけでもないだろうに、本気で怯えている。



「すみません、会計お願いします。」

と、章が店員を呼んで清算をお願いする。


しかしおかしい。

「……あれ?」

章のスマホで決済ができない。カードを出して切ってみるもだめ。もう1枚出すもそれもだめ。

「……あれ?なんで?また止められた?」


また?

黙っているものの、章君ならあり得そうだと呆れる。



「何?あんたバカなの?カードも使えないの?」

自分で払う気がないくせに急に威張りだす母親。

「あ?何なんだよ。そっちが店に入りたいって言ってくせに金出せよ。タクシー乗り回してるなら金あんだろ?」

「チケットなんだけど!」

「金ないくせに立派なもん使ってるな。無いわけないだろ!出せよ。」

「人前で金が無いとか、何度も言わないで!!あるし!」

「だったら出せよ。」


店員が戸惑っている。


「あ、すみません。後で払うことできますか?すぐ戻るし、身元は保証するので。」

「……お待ちください。確認してきます。」

こんなに情けない話をしているのに、おそらく二人の風貌を見て、食い逃げされる相手ではないと思われたのだろう。けれど、さすがに尚香が止めた。

「あ、待ってください。私が払います。」

と、サッと支払いを済ませた。



「………」

「………」

章と母親。何とも言えない顔で尚香を見ている。


「尚香さんごめん……。今度返すから。」

「返さなくてもいいけど、章君も人のいる場所でひどいことこと言わないで。」




そんなやり取りをしてエレベーター前に行く。


「尚香さん、今日は送るよ。」

「いいよ。」

「でも、また何かあったら……」

この前のユアの件である。

「大丈夫だって。さすがに今日はひと悶着あったし。もう何もないでしょ。」

それよりこの危なっかしい女性を送ってほしいと思うが、後で会うと決めつけられてしまったのでそうもいくまい。


「章君のお母さんをタクシーに乗せてから帰るから。」

「……俺も着いてく?」

母親完無視で章は話しを進める。

「いい、大丈夫。」


そうして、エレベーターで章と別れた。







「………」

手を振ってからなんとも言えない空気が漂う。


「私ね。タクシーチケットはいっぱい持ってるの。」

「……そうですか……。」

「私の家に一緒に行きましょ。」

「家??」

「だって、聞きたいことや話したいことがあるのに、またどこかのお店に入るの?」

「………」


途方に暮れる尚香であった。




***




いいのか、いいのかと思いながら洋子と移動する尚香。


年季の入った紙に地図とお店の住所が書いてあり、それをタクシー運転手に見せて、どこかの通りで降りる。

「マンション前まではダメって言われたの。防犯上だって。普段は女性の運転手さんにお願いしてるけど、その方いつも動けるとは限らないから。」

「………なるほど。」

女性の運転手までは指定しないが、尚香も家の前までは行かないようにしている。



そんな洋子に付いて行くとまた勝手にしゃべっている。

「でも、今度はマンションまでが怖いでしょ?だからそこまで神様にお祈りするの。」

「………?」

お祈り?

「私に悪さをする奴がいたら、地獄の鬼どもにそいつを地獄の底の槍の海に投げ入れさせて下さいって祈るの。怖いから誰も近付くなって。犯罪者はむち打ちの刑でさっさと野垂れればいい。」

それは呪いではないのか。

「………」

そもそも何を言っているのだ、この人は。





立派なマンションの前まで来た二人。


ただ、真理の家が凄かったので、それに比べれば随分普通の家だ。


そして、あらゆることにあんぐりしてしまう。

「ドアを開けて、家の中を確認するまでが勝負。」

「勝負?」

「悪い奴がいませんように、お化けがいませんように、神様助けて下さいって言いながらドアを開けて電気をつけるんだけど……今日はあなたがいるから大丈夫かな。」

「……???」

尚香、全くよく分からない。一人暮らしだから怖いのか。犯罪者が怖いというのは分かる。でも、お化け??霊感でもあるのか。


「お化け見えるんですか?」

「何言ってるの。見えるわけないじゃない。」

「…え、あ、そうですか……」





一旦家の中に入ると、電気が勝手についた。ここは玄関先しか見えないようになっている。洋子が脱いだ靴を見ると、やはりハイブランドであった。


「入って。」

「……おじゃまします……」


家の中は、最初に洋子を見た印象そのままにシックできれいであった。


「鞄はそっちのカゴにでも入れて。」

と、指さす方にシンプルなカゴがある。洋子も居間のバゲージラックにカバンなどを置き手を洗い、尚香にもタオルを渡してくれた。


手を洗ってきながら部屋を見渡し、ホテルみたいだ……と思うも、洋子は急に羽織っていたストールをソファーの背にバッと投げ、自分もドンっと座り込む。

「……疲れた………」

そう言ってこめかみを押さえている。


「あなたも適当に座って。家にいると気持ちが塞がるし、だからって出掛けると、ほんと、死にそう………」

ぐったりしている。尚香は緊張しながら、もう1つのソファーにちょこんと座った。


「あ、おととい掃除してもらったから綺麗だけど、普段は服だらけでコップもいっぱいでキレイな家じゃないから気にしないで。」

「………」



「飲み物ほしかったら、勝手に冷蔵庫から好きなもの飲んで。コップは洗い物のところにあるし、ワインやウイスキーグラスはそっちの棚。食べ物も適当に出して。台所とこの部屋は戸棚も好きに開けて。私もよく分からなくて。」

「あ、はい。洋子さん何か飲みますか?」

「……私はいい……。でも、水だけもらおうかな………。シンクの水道の右の細い方が浄水だから。冷たい浄水なら浄水機はあっちね。」


尚香も水だけ準備して、グラス2つをローテーブルに置いて座った。



洋子がソファーに項垂れた姿が、ファッション雑誌の1ページみたいで思わず見とれてしまう。



けれど、何を言いたいのか、ここできちんと話をしておくべきだろう。

「あの、それで章君のことですよね?」

「……?」


「きちんとお話しておきましょう。道さんに伝えたいことがありましたら、私から言えることは言いますから。先の楽器のお話も。でも、私も章君自体のことはそこまで知りませんけど。」


「………なにが?」


何がって……と思うが冷静を努める。

「話し合えることは話し合いましょう。」


「……?」

洋子は、何言ってるの?と言う顔をしている。


「違うけど?私、あなたとお話ししたかっただけだけど?」

「え?」


「あいつの話なんてしたくないんだけど。」

「??」

「ただお話ししたかったの。」

「へ?」

「普通に、好きなごお店は?とか、食べ物何が好き?とか。」

「へ?」



「お話相手がほしかっただけ。」


「はい?!?」


尚香。今までにない新手の登場に、世界が反転した気分であった。





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