37 仲介しちゃだめだった?
※口悪いケンカが続くので苦手な方はこの回をお避け下さい。
「なんで電話に出ないの?」
モデルのようなスラッとしたきれいな女性が、章を見下すように見て、さらに吐き捨てるように言った。
「ほんと、使えない。」
「!?」
それを章に言ったのだと分かると、尚香は思わず大丈夫かと章を見た。
「…………」
章はその女性を睨んだまま動かないでいる。
「何度も電話したんだけど。そんであんたん家に行ってもいないし……
そもそもなんなわけ?オートロックで玄関も入れないじゃない!」
「っ!」
急に怒るので、尚香が思わずビクッとする。
でも分かる。
分かってしまう。
日本人なのに、今一つ掴みどころのないようなどこか浮世立った風貌、そして空気。
少し人を見下したような話し方。
そっくりな二人。
章を見ても女性っぽいとは思わないけれど、この女性にそっくりな顔。目の前の女性を見ても男には見えないのに、章を思わせる顔立ち。
完全に章の身内だ。
そして、少しだけ人生を感じさせる女性の年季。
「………」
尚香には分かった。
母親だ。
道さんは章の継母。なら、この女性は実母だろう。
もしそうでなかったら、叔母か。
そして燻る、遠い何か。
「……ねえ、あなた新しいマネージャ―?この男に、ちゃんと親の電話に出るように言ってくれない?」
「…!」
親確定である。
しかもひどい。自分の子供を「この男」と言っている。尚香も苛立っていた時は心の中でそう呼んだりしていたが、口に出してはいないし、まだ正体不明だと思っていた頃だ。
「またタクシー拾うために電話しないといけないし、帰りの場所を伝えるのも大変だったんだから。私が電話嫌いなの知ってんでしょ!人通りのあるとこ通ってって言ってさ。」
ものすごく神経質そうである。そうして人通りのある所を通って、章を見付けたのである。尚香は人の顔が覚えきれないタイプなので、夜の車ごしに街中で知り合いを見分けられることに驚く。
「………ちょっと、何か言ったらどうなの?」
「…………」
何も言わない章に代わって、尚香が答えるた。
「………あの……、お母様ですか?」
「さっき親って言ったのに分かんないの?!」
「あっ、すみません……」
「………おい。いい加減にしろよ。」
ここでやっと章が口を開いた。
「……何?」
「この人は仕事関係じゃないから。それにウチのマネージャーだとしても、その言い方はないだろ?なんで、あんたの用事を取り次がなきゃいけないんだよ?」
「は?何なの?親に向かってその口の聞き方は!」
「……うるせーな。用なんかねーよ。行けよ。」
…………。
章の言い方にも唖然としてしまう尚香。
「親に向かって何言ってるの?」
「謝れよ、この人に。」
「なんで私が?」
「だったら去れよ!」
「……なに?マネージャ―じゃなかったら何なの?その人。」
「あんたに関係ないだろ?」
章が一歩前に出て、尚香を後ろにする。
「……はあ……。もしかして道さんの次のお手伝いさん見付けたわけ?うまいこと言って……」
「黙れよっ。今ここでタクシーまた拾って帰ればいいだろ!?」
「なんなの?暴力?!」
「あの……」
人が少ないとはいえ、それなりに人通りはあるのだ。
「章君のことそんな風に言わないで下さい。章君も……」
この二人をどうにかしないとと思いつつ、前に出るも母親がまくしたてる。
「この男はね、暴力で人を黙らせる男なの!あなただって近付かない方がいいから!!」
「………?」
「っ!?違……」
と、章が言いそうなところで尚香が今度は前に出た。
「こんなところでやめて下さい。章君はそんなことしません!」
「するから!こいつ、それで2回も警察に行ってんだから!!」
「!」
「!?」
尚香が一瞬ひるむも、章はもっとショックな顔をしていた。そして反論もしない。
「……あの、とにかくここではやめて下さい。」
「……でもねっ…」
と母親が言ったところで、章が怒鳴る。
「マジ、黙れつってんだろ?!!」
「……っい!やめて!」
しかし、章が本気で凄むと、今度は母親が委縮した。
尚香は章の剣幕にも驚くが、急に怯えて身を守ろとするこの女性にも驚いてしまう。
「…………っ。」
どうしたらいいのか。
「帰れ。」
「………」
「話すことないから、とにかく帰れよ。道さんにも絶対連絡するなよ。」
「………帰れないんだけど。」
「ああ?なんでだよ。さっさと帰れ。金か?」
「…………」
章も母親も静かになる。
「……金じゃないけど、やりたいことができなくて、ほしい物が買えないの……」
「……はっ」
と、声には出さないが、章がバカにした顔で横を向いた。
「……………」
女性は黙ってしまったが、少しだけ引いて話し出す。
「………少しだけ、そこで話しましょ……。」
と、少し先にある洋食店を指した。
「……帰れ。」
と、章が言うも、尚香は先怯えた顔が脳裏をよぎり、一人にしない方がいいような気がした。
こんな堂々とした女性なのに、
立ちどころがなくて、消えてしまいそうに見える。
「………章君。ちょっと……ちょっとだけ話し聴いてあげよ?」
「……尚香さん、この人頭おかしいから構わない方がいいよ。」
「…章君、私もお腹空いたから……少しだけ……」
「………」
間を置いて、章が「デカい口叩かないなら」と約束させる。
「あの、そっちのビルに車止めてるから、そっちに行きましょう。」
と、尚香が誘って3人はビルに入った。
***
ビルに入るもカフェは1階で外からも目立つから、入り組んだ席のあるダイニングがいいと母親が言い出し、少し高そうな店に入る。地下や上階にもカフェはあるらしいが、人が気軽に入れない場所がいいらしい。
まあ、確かに分かる。
この背の高い二人。普通に目立つ。
そして、何か話すのかと思いきや、二人とも無言なので、仕方なく尚香から話を振った。
「……あの……」
「何食べます?軽く食事でも?」
正直尚香は、そこまでお腹が空いていない。この時間、夕食は済んでいるだろう。ただ、章は仕事もしてきたし食べ盛りだ。
「章君、お腹空いてる?」
「………」
二人とも何も言わないので、単品でつまめるものを幾つか注文することにする。
「飲み物は……」
「私はロゼ。」
そこだけすかさず注文する母親。こんな状況で酒を飲むのか。
「………」
章はまだ無言なので、ジンジャーエールを頼んだ。最近気が付いたが、章はお酒を飲まない。
注文に来るとすぐにロゼと口に出るくらいなので、母親はワインに詳しいかと思えばそうでもない。
「よく分からないし何でもいいから。柔らかくて風味がスッとするの。」
と、種類を聞かれてお任せでテキトウに頼んでいる。
「……………」
「……………」
そして、尚香。
どうしたらいいのか分からない、さらなる沈黙。
尚香は章の横に、母親は対面に座るも二人とも目も合わせないのだ。
「あの……お母様。ところでお話とは………」
お金の無心に来たのか。聞いてしまってもいいのか。
でも、間が持たないので聞いてしまう。
母親は、章に目線を合わせず話し出した。
「ここ数年、猛暑が続いたせいかピアノや他の楽器がおかしくて……。」
「………」
章の音楽の流れは母親から来ているのかな、と考える。
「ずっとエアコン入れてたけど、いつも無駄遣いしてるって言われるから、少し気温が下がった日にしばらく切ってみたら、一か所カバーにカビが生えてて……。拭けばいいのかケースもカバーも買い替えればいいのか分からなくて……。菌とか一つあったら、もう充満してるって聞いて……。
うぅ……気持ち悪い……。」
「……」
「ほら、調律師とか呼ぶと大事だし、家に人いれたくないし。店に持って行くにしても、吹っ掛けられるかもしれないでしょ?付け替えや張替えしないといけないもの、何から手を付けたらいいかも分からないし、ちょっと手に負えなくて。」
「……そんなもの、自分でどうにかしろよ。管理もできないもの使うなよ。」
「っ?!………仕方ないじゃないっ。京子おばさんも体を悪くして日本に来れないし………」
「…他人によくしていれば、日本にもそれくらい手伝ってくれる人間もいただろうに、自業自得じゃね?」
「……っ!何?その言い方っ。あんたのせいで!」
「節約したらいけないもの節約すんなよな。」
「私だって、努力したんだから!」
「的外れなその感覚なんだよ。だいたい、あんただって菌だらけだし、人間だって菌でできてるようなもんじゃん。」
「やだ!やめてっ。気持ち悪い!」
「章君。」
尚香が落ち着けさせると、お互い怒ったまま黙った。
考えてみれば、あの状態の会話しかできない二人を一緒にしたのはまずかったか。
どう見ても毒親な気がする。いや、毒親だろう。
そして章もそれを引き継いだ息子か。
「ねえ、あなたはなんなわけ?」
すると母親は、今度は尚香に話しかけてきた。
「新しいマネージャ―じゃなくて、お手伝いさんでもないわけ?」
「友人です。」
「……友人?」
「……道さんの仕事経由で知り合ったお友達です。」
先の感じだと道のことは知っているのだろう。
「へぇ。じゃあ、家政婦とか介護とかするの?」
「違います。ただ、そういうので知り合った友達です。」
「……………」
章は目を逸らしたままだ。
母親は章の顔を見ずに嫌みを言う。
「あんたに、仕事以外で友達なんているの?」
と、嫌そうな顔をして少し考えている。
「あー!もしかして、夜、会うってそういうこと?」
と、突然ひらめいたようなことを言うので、尚香は少し動揺して否定する。
「?!違いますけど。」
「あんたももう、ガキンチョじゃないもんね。頭ん中、どうせガキのくせにさ。」
この女性、普通にしていれば上品に見えるのに、言葉がとにかく悪い。
章は、要件以外で母親の言うことは完無視だ。
「はー。あんたこういうタイプが好きなんだ。ちょっと脅せば、なんでも言うこと聞いてくれそうだもんね。」
「!?」
好き勝手言う母親に、今度は尚香が少しキレる。
「すみません。一言いいですか。」
「………」
「お母様?人を侮辱するにもほどがありますが?あまり言うなら、それなりの対処をさせてもらいますけど。」
怒っているが笑っている。いや、笑っているのに怒っているのか。
「………っ」
急に様子が変わった尚香に母親がたじろくも話を続ける。
「それとも、お母様にはストレートに物を言わなければ分かりませんか?」
「………」
「………」
章と親が少しビビって尚香を見てしまう。
「……そうじゃなくて、この男がそれくらい人を威嚇する男だから………、誰だってっ……」
「もういいです。やめて下さい……」
「……………」
そうしてみんな無言になってしまった。
***
「……はぁ………」
と、尚香はトイレに併設された、広めのパウダールームに座って一息する。
まさか、母親に会ってしまうとは。
しかも驚きの性格である。あの時ほど表には出さないものの、章に出会った時と同じくらいのショックだ。
実は仕事でも、これまで相当厄介な人間にたくさん出会っているのだが、プライベートはそこまで濃くなかったので困ってしまう。もう、仕事もプライベートもこんなふうに生きていくのか……。
と、そこに入って来る、今や物語の悪役「ヴィラン」に見える、長身美人。
「ねえ、あなた。」
章の母親である。
心の中で、ひょえっとなってしまう。




