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スリーライティング・上 Three Lighting  作者: タイニ
第六章 覆いたい傷

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37 仲介しちゃだめだった?


※口悪いケンカが続くので苦手な方はこの回をお避け下さい。



「なんで電話に出ないの?」


モデルのようなスラッとしたきれいな女性が、章を見下すように見て、さらに吐き捨てるように言った。

「ほんと、使えない。」


「!?」

それを章に言ったのだと分かると、尚香は思わず大丈夫かと章を見た。

「…………」

章はその女性を睨んだまま動かないでいる。



「何度も電話したんだけど。そんであんたん()に行ってもいないし……

そもそもなんなわけ?オートロックで玄関も入れないじゃない!」

「っ!」

急に怒るので、尚香が思わずビクッとする。



でも分かる。


分かってしまう。



日本人なのに、今一つ掴みどころのないようなどこか浮世立った風貌、そして空気。

少し人を見下したような話し方。



そっくりな二人。


章を見ても女性っぽいとは思わないけれど、この女性にそっくりな顔。目の前の女性を見ても男には見えないのに、章を思わせる顔立ち。



完全に章の身内だ。


そして、少しだけ人生を感じさせる女性の年季。



「………」

尚香には分かった。


母親だ。


道さんは章の継母。なら、この女性は実母だろう。

もしそうでなかったら、叔母か。



そして(くすぶ)る、遠い何か。





「……ねえ、あなた新しいマネージャ―?この男に、ちゃんと親の電話に出るように言ってくれない?」

「…!」

親確定である。

しかもひどい。自分の子供を「この男」と言っている。尚香も苛立っていた時は心の中でそう呼んだりしていたが、口に出してはいないし、まだ正体不明だと思っていた頃だ。



「またタクシー拾うために電話しないといけないし、帰りの場所を伝えるのも大変だったんだから。私が電話嫌いなの知ってんでしょ!人通りのあるとこ通ってって言ってさ。」

ものすごく神経質そうである。そうして人通りのある所を通って、章を見付けたのである。尚香は人の顔が覚えきれないタイプなので、夜の車ごしに街中で知り合いを見分けられることに驚く。


「………ちょっと、何か言ったらどうなの?」

「…………」

何も言わない章に代わって、尚香が答えるた。


「………あの……、お母様ですか?」

「さっき親って言ったのに分かんないの?!」

「あっ、すみません……」


「………おい。いい加減にしろよ。」


ここでやっと章が口を開いた。



「……何?」

「この人は仕事関係じゃないから。それにウチのマネージャーだとしても、その言い方はないだろ?なんで、あんたの用事を取り次がなきゃいけないんだよ?」

「は?何なの?親に向かってその口の聞き方は!」


「……うるせーな。用なんかねーよ。行けよ。」


…………。

章の言い方にも唖然としてしまう尚香。


「親に向かって何言ってるの?」

「謝れよ、この人に。」

「なんで私が?」

「だったら去れよ!」

「……なに?マネージャ―じゃなかったら何なの?その人。」

「あんたに関係ないだろ?」

章が一歩前に出て、尚香を後ろにする。


「……はあ……。もしかして道さんの次のお手伝いさん見付けたわけ?うまいこと言って……」


「黙れよっ。今ここでタクシーまた拾って帰ればいいだろ!?」

「なんなの?暴力?!」


「あの……」

人が少ないとはいえ、それなりに人通りはあるのだ。

「章君のことそんな風に言わないで下さい。章君も……」

この二人をどうにかしないとと思いつつ、前に出るも母親がまくしたてる。


「この男はね、暴力で人を黙らせる男なの!あなただって近付かない方がいいから!!」

「………?」

「っ!?違……」

と、章が言いそうなところで尚香が今度は前に出た。


「こんなところでやめて下さい。章君はそんなことしません!」

「するから!こいつ、それで2回も警察に行ってんだから!!」

「!」

「!?」

尚香が一瞬ひるむも、章はもっとショックな顔をしていた。そして反論もしない。


「……あの、とにかくここではやめて下さい。」

「……でもねっ…」

と母親が言ったところで、章が怒鳴る。


「マジ、黙れつってんだろ?!!」


「……っい!やめて!」

しかし、章が本気で凄むと、今度は母親が委縮した。


尚香は章の剣幕にも驚くが、急に怯えて身を守ろとするこの女性にも驚いてしまう。

「…………っ。」

どうしたらいいのか。



「帰れ。」

「………」

「話すことないから、とにかく帰れよ。道さんにも絶対連絡するなよ。」


「………帰れないんだけど。」

「ああ?なんでだよ。さっさと帰れ。金か?」

「…………」


章も母親も静かになる。


「……金じゃないけど、やりたいことができなくて、ほしい物が買えないの……」

「……はっ」

と、声には出さないが、章がバカにした顔で横を向いた。



「……………」

女性は黙ってしまったが、少しだけ引いて話し出す。

「………少しだけ、そこで話しましょ……。」

と、少し先にある洋食店を指した。

「……帰れ。」

と、章が言うも、尚香は先怯えた顔が脳裏をよぎり、一人にしない方がいいような気がした。


こんな堂々とした女性なのに、

立ちどころがなくて、消えてしまいそうに見える。




「………章君。ちょっと……ちょっとだけ話し聴いてあげよ?」

「……尚香さん、この人頭おかしいから構わない方がいいよ。」

「…章君、私もお腹空いたから……少しだけ……」

「………」


間を置いて、章が「デカい口叩かないなら」と約束させる。

「あの、そっちのビルに車止めてるから、そっちに行きましょう。」

と、尚香が誘って3人はビルに入った。




***




ビルに入るもカフェは1階で外からも目立つから、入り組んだ席のあるダイニングがいいと母親が言い出し、少し高そうな店に入る。地下や上階にもカフェはあるらしいが、人が気軽に入れない場所がいいらしい。


まあ、確かに分かる。

この背の高い二人。普通に目立つ。




そして、何か話すのかと思いきや、二人とも無言なので、仕方なく尚香から話を振った。

「……あの……」


「何食べます?軽く食事でも?」

正直尚香は、そこまでお腹が空いていない。この時間、夕食は済んでいるだろう。ただ、章は仕事もしてきたし食べ盛りだ。

「章君、お腹空いてる?」

「………」

二人とも何も言わないので、単品でつまめるものを幾つか注文することにする。


「飲み物は……」

「私はロゼ。」

そこだけすかさず注文する母親。こんな状況で酒を飲むのか。

「………」

章はまだ無言なので、ジンジャーエールを頼んだ。最近気が付いたが、章はお酒を飲まない。


注文に来るとすぐにロゼと口に出るくらいなので、母親はワインに詳しいかと思えばそうでもない。

「よく分からないし何でもいいから。柔らかくて風味がスッとするの。」

と、種類を聞かれてお任せでテキトウに頼んでいる。




「……………」

「……………」



そして、尚香。

どうしたらいいのか分からない、さらなる沈黙。

尚香は章の横に、母親は対面に座るも二人とも目も合わせないのだ。



「あの……お母様。ところでお話とは………」

お金の無心に来たのか。聞いてしまってもいいのか。


でも、間が持たないので聞いてしまう。



母親は、章に目線を合わせず話し出した。


「ここ数年、猛暑が続いたせいかピアノや他の楽器がおかしくて……。」

「………」

章の音楽の流れは母親から来ているのかな、と考える。


「ずっとエアコン入れてたけど、いつも無駄遣いしてるって言われるから、少し気温が下がった日にしばらく切ってみたら、一か所カバーにカビが生えてて……。拭けばいいのかケースもカバーも買い替えればいいのか分からなくて……。菌とか一つあったら、もう充満してるって聞いて……。

うぅ……気持ち悪い……。」

「……」


「ほら、調律師とか呼ぶと大事だし、家に人いれたくないし。店に持って行くにしても、吹っ掛けられるかもしれないでしょ?付け替えや張替えしないといけないもの、何から手を付けたらいいかも分からないし、ちょっと手に負えなくて。」

「……そんなもの、自分でどうにかしろよ。管理もできないもの使うなよ。」

「っ?!………仕方ないじゃないっ。京子おばさんも体を悪くして日本に来れないし………」


「…他人によくしていれば、日本にもそれくらい手伝ってくれる人間もいただろうに、自業自得じゃね?」

「……っ!何?その言い方っ。あんたのせいで!」

「節約したらいけないもの節約すんなよな。」

「私だって、努力したんだから!」

「的外れなその感覚なんだよ。だいたい、あんただって菌だらけだし、人間だって菌でできてるようなもんじゃん。」

「やだ!やめてっ。気持ち悪い!」


「章君。」

尚香が落ち着けさせると、お互い怒ったまま黙った。



考えてみれば、あの状態の会話しかできない二人を一緒にしたのはまずかったか。

どう見ても毒親な気がする。いや、毒親だろう。


そして章もそれを引き継いだ息子か。




「ねえ、あなたはなんなわけ?」

すると母親は、今度は尚香に話しかけてきた。

「新しいマネージャ―じゃなくて、お手伝いさんでもないわけ?」

「友人です。」


「……友人?」

「……道さんの仕事経由で知り合ったお友達です。」

先の感じだと道のことは知っているのだろう。

「へぇ。じゃあ、家政婦とか介護とかするの?」

「違います。ただ、そういうので知り合った友達です。」

「……………」

章は目を逸らしたままだ。


母親は章の顔を見ずに嫌みを言う。

「あんたに、仕事以外で友達なんているの?」

と、嫌そうな顔をして少し考えている。


「あー!もしかして、夜、会うってそういうこと?」

と、突然ひらめいたようなことを言うので、尚香は少し動揺して否定する。

「?!違いますけど。」

「あんたももう、ガキンチョじゃないもんね。頭ん中、どうせガキのくせにさ。」

この女性、普通にしていれば上品に見えるのに、言葉がとにかく悪い。


章は、要件以外で母親の言うことは完無視だ。



「はー。あんたこういうタイプが好きなんだ。ちょっと脅せば、なんでも言うこと聞いてくれそうだもんね。」

「!?」


好き勝手言う母親に、今度は尚香が少しキレる。


「すみません。一言いいですか。」

「………」

「お母様?人を侮辱するにもほどがありますが?あまり言うなら、それなりの対処をさせてもらいますけど。」

怒っているが笑っている。いや、笑っているのに怒っているのか。

「………っ」

急に様子が変わった尚香に母親がたじろくも話を続ける。


「それとも、お母様にはストレートに物を言わなければ分かりませんか?」


「………」

「………」

章と親が少しビビって尚香を見てしまう。


「……そうじゃなくて、この男がそれくらい人を威嚇する男だから………、誰だってっ……」

「もういいです。やめて下さい……」



「……………」

そうしてみんな無言になってしまった。




***




「……はぁ………」

と、尚香はトイレに併設された、広めのパウダールームに座って一息する。


まさか、母親に会ってしまうとは。

しかも驚きの性格である。あの時ほど表には出さないものの、章に出会った時と同じくらいのショックだ。



実は仕事でも、これまで相当厄介な人間にたくさん出会っているのだが、プライベートはそこまで濃くなかったので困ってしまう。もう、仕事もプライベートもこんなふうに生きていくのか……。


と、そこに入って来る、今や物語の悪役「ヴィラン」に見える、長身美人。


「ねえ、あなた。」

章の母親である。


心の中で、ひょえっとなってしまう。




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