36 電話番号は?
こんな時に限って週末章と家で会えない尚香は、月曜日の仕事終了後、強硬手段に出る。
兼代にその飲み会に連れて行けと言ったのだ。月曜日がバンドの休みと聞いたので、飲むならこの日の夜の可能性が高い。
「嫌です!尚香さんが来たら、話したいこと話せないじゃないですか!」
「何が?だったら断って。」
「だから、俺と奴との関係ですし~。」
「それが納得いかない。やめるか、私も連れていくか。」
「男子会です!女人禁制です!」
柚木と川田は、口出しもしない横で聞いている。
最終手段は、道かナオに連絡することだ。けれど、他人を巻き込めば巻き込むほど、毎回深みにはまっていく気がする。
「どこでいつ?」
「ヤですってば!説教するつもりでしょ?!」
「説教??当たり前の抗議ですけど?」
「それにもう、終わっちゃったし。」
「……え?」
「日曜日の夜にライブが終わってから飲んで来ました~~!」
と、大声でないにしても楽しく発言するこの男。
「…………」
「尚香さん、怒ってます?」
「何を話したの?」
「大丈夫です。尚香さんのことは一切話してません。」
「…………そうなの?」
「あいつと趣味が合うんです。アニメマクシムのオープニングは旧作第2シーズンが最高だと!!」
「………オープニング?歌?」
「そうっす。」
「……………」
気が抜けた尚香。
「お互いの人生観とか、世界観とか、そういうのです。見てた少年時代の漫画やアニメとか映画とか、どのシリーズが好きかとか……。都庁のデザイナーは誰かとか、中が本物だから俺は犬丘城が好きだとか。奴は見に行ったことがないので今度つれて行ってやるとか、男の話………」
「…………」
尚香は、困った顔になってしまう。自分のことに繋がらなかったのなら、そこまで口出しできるものなのか。
「………」
ただ、絶対に違うだろ、という顔で横から見ている柚木と川田であった。
兼代がそんなわけがない。
「兼代さんはいくつなんだ?」
そこで話に入って来る、近くにいた本部長久保木。
「だから久保木本部長~。もうオフなんですから兼代と呼んでください。敬称は要りません。俺26ですよ。人生の先輩じゃないですか!それに、趣味の話に年齢は関係ありません!」
「……26………」
少し引いてしまう。
「兼代君、社内だしオフって言ってもまだ残業中の人もいるからね。」
「金本さんだって俺のこと君呼びじゃないですか。オフ扱いじゃないですか。久保木さんどう思います?」
「……いや、大人なのか子供なのか分かりにくい性格だなと……」
社会人で、この業界で、大手の社員でこのノリを保てるとは。
「……私の知っている26とはずいぶん違うな……」
「………そうですよね、私の知っている26とも随分違います……。」
「何すかそれ。いろんな26がいますよ。26なんてまだまだですよ!」
「……私の知っている26は、もっとしっかりしてる……」
と尚香まで言ってしまうので反抗の男。
「尚香さん、どういう世界で生きてきたんですか?男なんて30からですよ。ねえ、本部長!」
「……どうだろうな。仕事はそうかもしれんが。」
人生は30が切り替えの一つの節目だ。ここをなおざりにすると、後の半生に響く。
そして、尚香。考えて復活する。
「………あ、そうじゃない!兼代君。電話教えて。」
「え?俺の個人番号ですか?」
「違う!功君の!」
「??…………本当に知らないんですか?」
真面目に驚いてしまう。
「だから聞いています!」
小声で話すも、従弟の話だと気が付き、近場の席の人間は興味深々で耳を澄ませてしまう。
尚香は心配事が多過ぎて、もうあの男を野放しにできないと思うのであった。それに、兼代と一緒にさせたら余計な女遊びなど覚えさせられそうだ。道さんに申し訳なさすぎる。
***
都内のライブハウス。
物凄い騒音の中、裏方に引っ込んでいた章は見知らぬ電話番号をじっと見つめる。
………誰だ?
未登録の番号。
未登録には出るなという人と、「重要なことの場合もあるから、名乗らず一旦出て、知り合いに関係ないことなら切れ」という人もいるので、いつも悩んでしまうのである。
出るか出まいかじっと悩んで、8回目のコールで受け取る。
「もしもし?」
『………』
「もしもし?」
『……………章君?』
「………!」
章、驚愕する。
「……尚香さん?」
『章君の番号だよね?』
「え?そうだけど?どうしたの??え?なんで?」
『……章君こそ、何でそっち、そんなに騒がしいの??』
「知り合いのライブに参加してた。」
『……今日、休みじゃないの?』
「LUHSのライブが休みってだけだし。暇だし。」
『仕事なの?』
「今日は仕事じゃない。」
『え?よく聞こえない!』
「仕事じゃないよ!!」
『………』
仕事じゃないのに休まないとは……と呆れるが、20代前半だ。力が有り余っているのだろう。章はもう少し音のない場所に移動する。今日はライブというより半分クラブ。まだデビューしていない弟グループの盛り上げヘルプに行っただけだ。
「何々??尚香さん、俺の動向が気になるの?」
『気になるに決まってるでしょ。何やらかすか分からないのに!』
「今日はこうしてライブしてるよ。」
『そんなこと、どうでもいいの!』
「………」
気になるとかどうでもいいとか、章にはよく分からない。
「なんで尚香さんは俺を惑わせるの?」
『なに言ってるの。章君、兼代君と飲んだでしょ!』
「………」
『どうして私の同僚と、私の知らないところで飲んでるの?』
「……映画やアニメの話してただけだし。あと、遊び行ことか。」
『兼代君と遊んでどうするの!?』
「観光地行こってだけの話だよ?」
そんなわけがない。功を釣りにして遊びそうだ。
なにせ兼代。尚香と同部署になってからまだ2年ほどなのに、2回も彼女が変わって、さらに3人目とも別れて。その間、合コン三昧らしい。なお、どうしてそこまで?と呆れたら、「仕事の鬼の金本さんに付き合ってたら、彼女が離れていきます」と多忙が理由と説明してくれた。彼女を見付ける以外、その後構う暇も遊ぶ暇もないそうな。
章は不満である。
「……俺の勝手だし………」
『…………』
そう言われると困るが、そういうわけにはいかない。
『そのこと、ナオさんや三浦さんは知ってるの?』
「尚香さんには関係ないし……」
『あります!』
「………俺、尚香さん嫌い………。」
『はいはい、知ってます。でも兼代君関連は断って下さい。』
「やだし。」
『やだじゃないし。』
「ほんと、親戚のおばちゃんだよね。」
『っ………』
「別に付き合ってもないのに、指図しないでくれる?うるさすぎるんだけど。俺はともかく、兼代先輩のあれこれ、尚香さんがとやかく言える立場じゃないしさ。」
『…………』
しばし沈黙の後、尚香は言った。
『出て来なさい。』
「……はい?」
『出て来なさい!どこにいるの!!』
「……俺、仕事中………」
と言って断ろうとするも、…………尚香さんからお誘いが来た!と気が付く。
………って、3曲奴らと歌ったからもういいや!と、尚香に聴こえないように答え、早速トンズラすることにした。裏方にいたスタッフに、今掛って来た電話を「従姉」で登録してもらうようお願いする。自分で頑張るといじって変な人に掛けたり、よく消してしまうからだ。そして伝言だけして会場を抜ける。
目立たないだろうという駅まで、残業後の尚香に直行してもらった。
何でもない、いつもの東京のいつもの夜。
駅のロータリーで待っていた尚香を章が車から呼んだ。
「尚香さん!」
現在夜の9時半。
「尚香さんの方が早かったね!」
「…………」
尚香が、おばさん認定されたUV加工帽子を被り眼鏡を掛けて黙っている。
「俺がおばさんって言ったからって、そんなおばさんな格好しなくても……」
「章君こそ、顔隠して。」
「大丈夫。この辺はライブハウスとかないし、ファンとかいないよ。」
「そんなの分からないでしょ?前だってそのはずだったのに。」
「そんなカッカしないでよ。ご飯食べた?どっか行く?あんま停車できないから乗ってよ。」
「ご飯は食べません。もう少し停車できる場所に移動して。」
「……そんなの人気のない大通りくらいしかないよ。夜は嫌でしょ?」
「………。」
この前の二の舞にならないようにと思ったけれど、それも困る。
しょうがなく一旦大きな商業施設の地下駐車場に入ってもらい、街灯が明るい広場に出た。食事や買い物、施設利用をして行けば駐車料金がその分引かれるので、あとで朝のパンでも買って行けばいい。
二人で閑散とした場所で話を始めるも、章はダンマリだ。
「章君、うちの社員とは距離を取ってほしいんだけど。」
「………。」
「兼代君は、章君が思っているより口が上手いからね。ああいうタイプは嫌いだって距離置いてる人を顧客にできるくらい、人たらしで愛想がいいから。すぐ丸み込まれるよ?」
「………」
「それにね、思った以上に兼代君はドライだから。」
すぐ騙されそうなので、あとで章君が傷ついても困る。
「章君が兼代君みたいなタイプに、警戒せず人も挟まず飲みに行くのにも違和感があるんだけど。」
「……………」
「ねえ、何か言ったら?」
「…………なんで尚香さんは、兼代先輩のことそんなに知ってんの?」
「知るわけないでしょ!すぐに自分のことべらべら話すし、裏で本音を言うし。それにね、大学のサークル関連で学生の頃会ってた子なの。」
あれはもう9年前か。
そして、また再会した社内の通路。
『……あれ?』
『…………?』
『あの……金本さん……?やっぱ、お会いしたことありますよね?』
思い出せない尚香であったが、美香が会自体は覚えていたので、その日のうちに飲みに行ったのは2年前。
大学当時、兼代と尚香に会話はなかったが、少し華やかな顔ぶれの中に一人地味過ぎた子がいたので兼代の方が覚えていたという。バリバリ営業職に就きそうな面子に、研究職?みたいに真面目そうな女の子が混ざっていたからだ。
「大学のよしみで仲良くなったので兼代君には多少言える立場です。」
「………」
「というか、会社の知り合いに絡んで来ないで。」
街灯の下。
尚香がむくれている章にため息をつく。
そんな時だった。
急に近くの通りにタクシーが1台止まり、人が降りてきた。
尚香、初めはどこかに向かう通行人だと思い、気にしてはいなかった。
けれど、気にしないわけない。
「!」
章が反応しているし、なぜかそこから降りた女性が、こっちに向かって来たのだ。
「………なんで……」
そう言った章は表情が固まっている。
「え?章君………誰?」
この駅なら大丈夫だって言ったのに。
ファンか、それともまた同業者か………。夜なのに尚香と同じく多分帽子を被っている。
文句を言いたかったが、章を見て驚く。
「………章君?」
今までにないほど、こわばった顔をしていた。
「…?」
そして、尚香もその女性がはっきり見える範囲に来て驚く。
あまりにも長身でスタイルがいい。
高い腰、長い手足。
フワッと弾むような、カールの首までのブロンズヘア。
170越えていそうな身長。おそらくブランドであろう、シルエットの美しいワンピース。こんなに背が高いのに高めのヒールを履いていて、それでいてスッと伸びた背筋。長い指。短く切ってあるのに、きらびやかに光る整えられた爪。
動き一つ一つが控えめなのに艶やかだ。
何よりも、人生、誰にも屈服したことがなさそうな、強そうな目。
その目がじっと、尚香と章を見つめる。
「こんなところにいたんだ。」
と、発した声は、落ち着き重みがあった。
…………。
どうしていいのか分からない尚香。
でも、
でも分かってしまった。
この人が誰なのか。
あまりにもそのままだ。
自分の横の、章君に。




