33 2歳差ってそんなに重要?
「功ーー!」
「あ、おはよ。」
イットシーの事務所で美女ユアに腕を引っ張られる功。
「だから、こういうことしてると叱られるってば。」
「いい。付き合えばいいんだし。」
「だーかーらー。いろんな人に俺とユアは無理だって言われてるから、無理だってば。」
「………何なの?なんで他人にそんなこと決められるの?功に自分の意志はないの?」
「俺もユアに決められてるんだけど。」
「だからって、あの女と飯食いに行くことないし!」
「……あの女……?」
「メックで!あんな小学生の保護者みたいな女と!」
「……尚香さんのこと?」
「コウカって言うの?」
「何で知ってるの?」
「私の家の最寄り駅って知ってた?」
「え?知らない。ユア、あんなところに家借りれるほどお金あったの?」
「………」
あんなところの穴場のボロ屋に住んでいる。ただ、あの駅より数駅先で買い物が出来るのでそこでは早めに降りただだけだが。それにマネージャーの助言で近々引っ越す予定ではある。
章は物の相場をよく知らないが、この駅の周辺、安くないだろうということはなんとなく分かった。先日、駐車場で値段に驚かれ尚香にグチグチ叱られたばかりだ。
「オートロックじゃないし怖いの。功が彼氏になってくれたら安心できるよ?」
「………そうなんだ。」
「他人事みたいに言わないで。」
「ダメダメ。俺とユアは似た者同士だから、一緒にこの世の不条理に飲み込まれる。」
「そんなの分かんないし!あの女ならいいわけ?結局、それ、生活管理してくれる人のヒモになろうとしてるだけだし!」
面倒な生活や家のことを任せられそうな女と結婚すると見破られている。
「私だって、章と住んだら、家のことくらいするよ?」
「尚香さんのこと、あの女とか言わないでよ。それにユア、生活できるの?」
「………」
九州から出てきて一人暮らし。炊事洗濯くらいはできるのに、完全にバカ扱いで相手にされていないことに怒りを覚えた。
「あの女に言ってやったんだから、身の程を知ったらって!」
「……?」
「ユア!」
そこで怒って間に入ったのは、ゼネラルマネージャ―のナオであった。
「相手にされないのは、こんなところでそんな話をするくらい、考えが足りてないからだって分からないの?」
***
「……尚香さん、本当にごめんなさい。」
昼休み、尚香の会社から少し離れた場所でランチをしながらナオと章は謝る。
「…………いいですよ。別に。
私も今人気上昇中の功君と外で食事なんてしたから悪かったんです。」
「尚香さん!」
「功は黙ってて。」
ナオが怒る。今は功に喋らせない方がいい。付いてこなくてもいいというのにこの場にも来たのだ。
「うちのモデルが、引っ張ったって言ってたけれど、他には何も?」
「………」
イットシーに報告するか黙っているか悩んでいた時、イットシーの方から連絡が来たので話すことに決めたのだ。黙っていてもよかったが、ぶつけられたあの子の怒りは、尚香の心でくすぶっている。
なんだかんだ言ってイットシーと関係を続けているのは避けるべきと思いつつも、自分の中に溜め込んで傷をしこりにするより報告しておくべきだと思ったのだ。業務上、そうすべきことでもあるだろう。
「私の帽子を髪ごと掴まれて、顔に投げ返されました。痛くはなかったですけど。」
「!」
「?!」
「……ごめんなさい。本当に………」
そう言ってから、ナオは頭を抱えてしまう。
しかも尚香は滞りなく話していく。
「それよりも気になったのは、私が最初に皆さんに会ったライブハウスで、タオルを被って逃げたことをその子が知っていたことです。ウワサになっているんですか?」
「………あ、それはこちらでも調べました。少しファンの間で掲示板に書かれていたけれど、誹謗や中傷に関わることではなく、あった出来事だけの感じでその場で終わっています。」
尚香は一息呼吸をしてお願いした。
「見せてもらえますか?」
ナオは少し迷うも、会議結果の参照ページを開いて見せた。
「近日までに、これ以外で書かれたことは見付かっていません。」
「………」
尚香は少し確認して、ほっとする。バスタオルを被っていた女性らしき人が、スタッフにつかまっていた。変なファンかな。という話だけであった。尚香のよく知らない掲示板である。
でも尚香はこういう残ったものが燻って、後の火種になるということも知っている。あの子がなにかを煽れば、一気に火がつくこともある。
「……一応、これも削除をお願いしています。」
「………ありがとうございます。」
少し対応の話をして、それから章も連れてきた理由をナオが話す。
「あの、尚香さん。」
「………」
「一つだけ確認したいのですけど、功と二人で食事をしていたということは……ちょっと二人の展望があるかもと考えてよくて?」
「!?」
それは付き合いということか。
「無理です!ネットにいろいろ書かれるのは本当に無理です!!」
と、言いながらも、隣の章君を見て少し顔が赤くなってしまう。
「………」
パチクリする功とナオ。
「え、え?尚香さん、もしかしてちょっといいと思ってた?」
「……違います!」
今度は顔を見合わす、功とナオ。どう考えても、顔が赤い。
「尚香さん、俺のこと好きになれそう?」
功、楽しくなってくる。
「違いますってば。なんか、章君見てるとホッとするっていうだけで………」
「え?それ、もう少しすれば、いい感じになるよ!」
「私もそう思います!もう一度友好を結んで、今度はうちにMV見に来てください!!おいしいもの準備して一晩MV見まくりましょう!!」
「でも、正直、7歳差はちょっと……」
尚香、そこを突破することに悩む。せめて23歳。社会人になってからの7歳差ならともかく、高校までの同級生と会うのが楽しかったり、飲み会やサークルでウキウキする大学生の年齢である。そこは超えておいてほしかった。ただ、章にそんな学校友達はいないが。孤独である。
「……?」
しかし今度はナオが驚く。7歳差?
「あれ?尚香さんおいくつですっけ?」
「28で……もうすぐ29です………。正直、章君のような若者を繋ぎとめられる気はしません………」
シたい盛りであろう。いろいろと。
「………28?25くらいだと思ってしました……。」
思えば、25でこのキャリアはないであろう。28でも若いくらいだ。
しかし、もっと気になる。7歳差?
「…………」
ナオ、今度はチラッと功を見る。
「功君。あなた尚香さんに何歳って言ったの?」
「え?知らない。22くらい?って。26よりはいいし。」
「!?」
ナオは戦慄する。
「へ?功、今年で20歳でしょ?」
「え?そうだっけ?でも、22歳くらいがかっこよくない?」
「はぁ?」
ナオが初めて功を異物でも見るような顔で見る。
「功?お見合いしたんだよね?そんなてきとうでいいの??ちゃんと年齢言い直してないの??」
「2歳差なんてそこまでこだわることじゃないし。」
「………っ。」
年齢偽証していたのは知っていたが、自分も分かっていないとは。
ナオは信じられない顔で功を見てしまうが、もっと信じられない顔をしていたのは尚香であった。
放心している。
「あれ?……大丈夫?」
「……尚香さん?」
「尚香さーん?」
「…………」
しばらく沈黙である。
「………章君……22歳じゃないの?」
そして、やっと声が出た。
「20歳だってさ。」
「!!?」
「………免許証見せなさい。」
「?」
「免許証出して!!」
急に怒る。
「あ、はい!」
と、急いで免許証を出した。
尚香はそれをじっと見て、もう一度章を見る。
「…………。」
信じられない尚香。
「……尚香さん?」
そして、どんっ!と免許証をテーブルに置いた。
「っ?!」
「!」
ビクッと怯える二人。
「章君、今まで何を考えていたのか知らないけど、
あのてきとうなお見合いの後には、様々心改めて物事に誠実に取り組んでいるのだと思っていたけど………」
「………?そうだけど?」
「今まで生きていく上で、年齢聞かれたりしなかった?」
「だからそうやって免許とか見せてた。高校卒業してから年齢が分からなくなって………。1年に1回も変わるんだよ?で、韓国では数えとか使われるから、あれもあってもっと分からなくなった。」
「……………」
尚香は思った。
ちょっと身近に感じ始めていたけれど、やっぱり章君は異星人だと思うしかない。どこの惑星から来たのだろう。少なくとも地球の話はできないだろう。
章君にどういう顔をしていいのか分からない。22でもアウトだと思ったのに、20歳?
7月1日誕生日。出会ったあの日は…………
10代である。
「!!」
頭の中で少し整理して、もう一度衝撃を受ける尚香。
10代!!!!
7歳差ではない。9歳。………の上に、今年までこの男は10代…………。
これは章がバンドマンだったとは違う意味で、最高の衝撃であった。
こんなパンクで、ロックな話があっていいのだろうか。
このエネルギー旺盛そうな男が、仕事で日々疲れているアラサー会社員とどうやったら一緒にいられるのだ。漫画ではありそうだが、現実これはないと思う。
半年……3か月……、いや、みんなの助言があっても、1週間後には浮気されていそうである。そもそも尚香は家にいない仕事人間だ。
それに尚香が大学4年生の時にかわいい中学生だったということになる。
「尚香さん、大丈夫ですか?」
ナオが心配そうだ。
「……10代………。無理だ………、子供だし………」
呟く尚香。
「?尚香さん、僕10代じゃないし、成人してるよ?大人だよ?」
「………」
「尚香さん?来年、大型免許も取れるんだよ?」
しかし尚香は、机の下から功の脛をガシっ!と蹴る。踏もうと思って空振ったのだ。
「う゛っ!!」
「嘘つき!!!」
「なんで蹴るの?暴力だし!」
「普通に言ったところで、章君にはなんっっにも応えてないでしょ?!!どうせ痛くないのに!」
「………そんなことない。ちょっと痛いし……心も痛い………」
「っ……」
もう、ナオもアワアワ見ているしか出来ない。
「私がどう思うとか考えなかったの?」
「……?」
お互い成人しているのに、たった数歳年齢が違っただけで、なぜ尚香がこんなに怒るのか章は分からない。むしろ自分が若かったら、将来体力のある期間が長い便利な家族がいていいのにと思ってしまう。
「………あー、だめだ……。これ………」
と言って、尚香は混乱したまま立ち上がる。
「尚香さん?」
「あの女の子の件はもういいです。ネットの方だけお願いします。章君、もっと若い子か、もっと章君のために時間を割ける人を探した方がいいよ。」
「……」
「時間なので行きます。ご馳走様でした。」
尚香は礼をして去っていく。
「尚香さん!」
ナオは、立ち上がろうとする功を押さえ、尚香の方に向かう。そして入口で何か揉めてそれから尚香だけ去っていった。
「…………。」
一連のことが呑み込めない章。
「………」
席まで戻って来たナオは、ぐたっと椅子に座る。
「……ナオさん……?」
「…………はぁぁ…………」
そして項垂れて、今日一番の大きなため息をつくのであった。




