31 贈り物
ジノンシーの社内。
「尚香さ~ん!」
いつもの如く、うるさい兼代が外周りから戻って来た。
「LUSH。最後、埼玉で終わりですよ。今日です!いい加減応援メールしてあげたらどうですか?」
「……事故怪我問題なく終わりならいいよ。それに、功君の番号知らないってば。」
「ふふふ、俺、知ってます……。」
「!」
「なんで?!」
尚香だけでなく、川田も驚いている。
「……あいつは俺の弟分ですから………」
「だからなんで??!」
「………男の盟約に口出ししないで下さい。」
「だったら言わなきゃいいのに。」
と、柚木が鬱陶しそうだ。
「でも、知ってるんで何かメッセージします?」
「しない。」
これ以上敢えて道さんにも聞いてないのに。
そう言って、尚香は自分のスマホを見て笑う。尚香がメールを送った後、真理から動物のオーバーリアクションなうれしいスタンプがたくさん張られてきたのだ。まり頑張る!の一言と共に。
「何すか?実はもう交わし合ってるとか?」
「真理ちゃんです。」
そこに、別の部署の社員が入って来る。
「金本さん、マクアファーシングの件ですけど、相談いいですか?」
「マクアなら、うちよりも他のコンサル紹介してって伝えたんだけど。タイジンさんとか。分野じゃないし。」
「それがウチを通してほしいらしくって。金本さんに間に入ってほしいなーと。」
コンサルのマッチングのようなものだ。尚香がじっと資料を見ている。
「金本さんどうですか?」
「ちょっと待って。」
一緒に入って来た久保木が近くにあった椅子を持って来て彼も同じ資料を見る。
「ちょっと、余分な仕事が多過ぎないか?業績にならないだろ。どれだけ利益があるんだ。」
「………」
尚香は答えず、資料を見ている。
そして、顔を上げた。
「………しましょう。今、タイジンさんからも依頼を貰ってるんです。」
コンサルが提案だけでなく、実地の場も作っていくようになったため、共同や委託のような感じで一部任されることもある。
「この案件自体は大したものでないかもしれませんが、もっとコネがほしいです。西紀の仕事も別の仕事を通して受けた依頼が元です。」
そこで地域開拓をして地域ごと持ってきた仕事だ。
「加山さん空きましたよね。彼、一人で行けると思うんですが、聞いてみますか?話が進められそうなら最初は一緒に行きます。」
「金本さんは行かない方がいいですよ~。」
企業が雰囲気が柔らかい尚香を担当や仲介に入れたがるのである。尚香の分野が広いのと、仕事が多い理由はそこにもあった。ただし、仕事をしだすと鬼だと言われる。
が、そんなこと、相手企業は知らない。最初だけは圧のない尚香さんなのである。
ガチな大手だと逆で、最初は甘く見られて相手にされないので後ろに下がっているが、実際仕事が動き出すと、金本さんに頼ってくる人も多い。
「一緒に行こうか……」
「本部長がですか?」
「仕事っぷりを見てみたい。」
「そうですよねー。これで仕事取って来るんですから、知りたいですよね~。危なっかしいというか、見てみないと不安というか。行くなら、おいしいお店調べておきますよ。」
兼代は出先のおいしい物を食べるのが趣味である。
「加山さんもいるから、兼代君は来なくていいよ。忙しいでしょ?」
「兼代さんの代わりに私行きましょうか?来週なら空きますけど!」
他の女子社員も入って来る。
「そんなに人、要らんだろ。」
そう言って、その日は飲み会になるのであった。
***
その次の日のイットシー。
ツアー最終、埼玉の会場は夜間のうちに全撤収になり、次の日の昼間に集まれる関係者に簡単にお礼をふるまい、その後に全国ツアーのリフレクションと内部打ち上げになる。
なのでさらにその後の夜に、イットシーの最寄駅から1駅離れたメックで、尚香は章にバンバーガーを奢ってあげることを約束していた。
なんだか怖いので、尚香はメガネをして帽子まで被ってしまう。
駅から歩いて少し先を見ると、物陰に座り込んだ男が見えた。
「章君?」
「尚香さん!」
章も眼鏡に帽子を被っている。目立つのでしゃがんでいたのだがかなりヤンキーであった。しかも、いつもはシンプルなのに、柄付きのジャージを着てバカみたいに目立って余計にヤンキーっぽい。ただ、それ故に周囲は避けているが。
「…章君、お疲れ様。大丈夫?疲れたでしょ?」
「全然。走れない日があったから、昨日と今日は10キロ走って来た。」
「毎日走ってるの?……すごいね………」
尚香なら普通の一日イベントスタッフでも、次の日の昼まで寝る自信がある。
「ぷっ、尚香さんおもしろい。」
夜なのに日焼け防止の帽子に眼鏡に、カーディガン。
「巣鴨とか観光してるおばあちゃんみたい……」
「失礼なんだけど……」
章君の姉でもなく母でもなく、祖母なのか。
「大丈夫、そういうのも好きだから。」
「あのね、父さんに今日、章君にご馳走してあげるって言ったらお金くれて……」
尚香が3万円を出す。
「今日は私が奢るから、これはお疲れ様ってことで章君がもらって。残りは章君のお小遣いにしてっ言ってたし。」
「……いいよ。今日は尚香さんに奢ってもらいたいから。」
「でも、お父さん、返しても受け取らないと思うよ。」
「ならこれは今度にしよう。尚香さん持ってて。」
「いいよ、章君のお小遣いで。」
「尚香さんが持ってて。」
と、受け取ってくれない。
メックくらい後腐れのないものならと思ったけれど、お父さんにこれだけもらってしまうと、尚香も安いハンバーガーでは示しがつかない。
「………章君。焼肉とか行く?」
「…そういうのだと気を使うから安いのでよかったんだけど。取り敢えず今日はそこ行こ!」
と、目の前のメックを指す。
「……そうだね。」
そういえば、なんの流れで章に奢ってあげることになったのか。
「俺、注文できないから尚香さんして。」
そう言われて、好きなバーガーセット2つに、2つ単品でイベント期間中のハンバーガーを買っておく。片方はLサイズセットだ。2選択以上あるセットだと混乱するというか、その場で焦ってしまうらしい。
「とにかく、お疲れさまでした。」
コーヒーで乾杯をする。
「章君足りなかったらもっと買うからね。」
「ふふふ、めっちゃ楽しい。」
「何が?」
「ねえ、尚香さん。本当にお付き合いしようよ。めっちゃ気が楽。与根ぐらい楽。」
「……章君は本当に人に恵まれてるね……。戸羽さんやナオさん、それに道さんや与根君でしょ?」
「………そうなのかな?」
「そうだよ。」
その代わりアイドルになる前までは、友人は与根しかいない。あの頃は友人という感じでもなかったが。
「道さんがいたのは本当に感謝だったんだけどね。」
「……そろそろ、親離れしてあげたら?」
「だから尚香さん、結婚しようよ。」
「……寄生先を変えるだけだし。」
「寄生ってひどい……。道さん、親なのに!一応、別居してんじゃん。」
やはり足りなかったのか、章はすぐに2個目を食べている。
「ねえ、聞いたんだけど章君、多国語話せるだけじゃなくて、1回で歌やダンス覚えられるの?」
兼代情報である。
「多言語では無理だけど。」
「………それって、サヴァン症候群とか言うの?」
「…………」
嫌な顔をする章。
「……ごめんね……。」
サヴァン症候群は発達や知能、脳などに障害がある場合に持つ特殊能力の持ち主だ。
「……あ、違う。ギフテッドとか言うの?神様の贈り物とか言う……」
「………」
もっと嫌な顔をする。
「え?違うの?……、あ、決めつけられたら嫌だよね………」
会社での指導役の時も、違和感があっても基本本人に進言してはいけないことになっている。
「俺はクリスティーナとして言わせてもらう。」
「クリスティーナ?」
「神を信じて神に仕える人間だから、ギフテッドという言い方について言う資格がある。」
「よく分かんない。ゲームの話?」
「ギフテッドとかよりまだサヴァンと言われた方がいい。」
「……そうなんだ……」
「教会でアーティストチームだったから、サヴァンの人も2人いたけど嫌いじゃない。リバー君は性格が吹っ切れててクソ生意気だったが、友達がいない同士で俺は好きだった。俺のこともクソ生意気だと言っていた。もう一人は一切会話しなかった。絵を描く人だったけど。でも、横で見てて真似しても何も言わなかった。」
章はその横でよく一緒にずーとずーとスケッチをしていた。
「いろんな人に会ったんだね……」
「アメリカは変な国だからね。」
たくさんの人が居場所を求めて、時に人生に折れて、アーティストチームに集まって来ていた。小さなバンドも合わせると、音楽関係だけで10チームほどあったくらいだ。その半分は、完全なプロレベルのチームである。他の教会や、一般の人にも売れるようなアルバムを作れるチームもあった。
「でも能力だけ持ってても、それで人生が根詰まりしてたら意味ないし。
神童だって10年過ぎればただの人だし。そんな力は、付属品に過ぎないよ。俺も、未だ人生が不自由だ………」
「そうかな……。私も大学ですごい人たちがいっぱい見たけど、大手とか研究所とかで仕事してる人も多いよ。頭の造りが違うんだよね。私も高校まではけっこう上位だったんだけど、大学で凡人だって思い知らされたって感じ。
英語やラテン語で数学の勉強してるサークルの知り合いを見た時、びっくりしたよ。日本人で親も普通の日本人だよ?英才教育も受けてないの。そういう人もいる……」
「…………」
章は、そうだったらいいなと思う。
自分も本当は普通に生きたかったのだ。記憶能力が異常なほど高くても、優秀なのは章より凡才な兄であった。
章が望む未来。大学に行って、きちんと仕事をして、家庭作って、みんなで幸せになって。バイオリンはそれしかなかったからするだけで、それ以外の仕事でよかったのだ。出来るだけ、社会に馴染めるような。
「すっごい才能があるとか言われても、嫌味な奴にいっぱい会ってるし。俺がギフテッドと認めるのは、アメリカの教会で会ったインド人だけだ。」
「インド人?」
「よく分からんけど、すっごい数学ができて高校の時点で有名な会社に務めているらしい人がいて、そんで、俺に優しい。めっちゃ優しかった。俺によくしてくれた人は、無条件ギフテッドだ。」
「………」
尚香、なんとも言えない顔をしてしまう。
「音楽界でクソみたいに指が動く、異常な人間に数人会っているが、俺を蔑んだ目で見たやつは、もれなく、地獄行きだ。神の才能とは認めん。」
「……ぶっ!」
理由が分かり、思わず笑ってしまう。
「章君だって、最初私をすっごく見下した目で見てたよ?」
「え?そんなことない。」
「あるある。」
「それは、違う次元層で見た幻だよ。眼鏡してたし顔、分かんなかったでしょ?」
「都合良すぎ!」
章は3つ目のハンバーガーに手を出している。
「きっと章君もすっごく生意気だったけど、出会った人が良かったんだよ。それに、きっと、そうなるように、章君自身も一生懸命努力したんだなとは思う。音楽にも、人に対しても誠実で。方法がつかめなかっただけで。
でも、誰だって若い内はそうだよ。誰が人生の仕組みや労苦なんて分かるの?経験しなきゃ、自分の愚かさも不足も分からないし。
たくさん失敗したことを言い訳にしないで頑張ったからだよ……」
「…………」
「章君は失敗したと思ってるかもしれないけど、アイドル時代だってその土台があって、今があるんだしね。当時からのファンもいるんでしょ?
能力に関しても、ただ物を覚えられるだけじゃなくて、それを活かす他の才能もあるわけだし。歌が歌えて、踊れて。でも総合的に活かすのは難しいからね。すごいことだよ。」
「……でも、俺は尚香さんの方がずっとギフテッドだと思うけど?」
「…?」
「それが神様の贈り物だって言うならね。」
「……ん?それはない。」
話が自分に飛んで、尚香、意味が分からない。




