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スリーライティング・上 Three Lighting  作者: タイニ
第四章 あの日のライブ

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30 君の寝顔



今、尚香の周りは何事もなく、ただ仕事が忙しい日々を送っている。



全国ツアーって何?と思うほど、世の中の何も追っかけずに生きてきた。


なので時々気にはするも、何の連絡もなくニュースの芸能欄に何か出ることもなければ、章たちのコンサートは平穏に済んでいるのだろう。道の話では、連日決行するわけではない。ただ、行く場所によっては現地や近隣都市のライブハウスでライブしたり他の仕事をするため、そのまま留まることもあるらしい。


予定を見せてもらったら、尚香には考えられないような強行スケジュール。屋外ライブではないし、身内の前座以外他のゲストもおらず凝った演出もしないので、必要な楽器さえ持ち運べれば、アイドルのコンサートに比べてかなり楽だ。

あの頃は衣装合わせに打ち合わせ、合わせリハーサルなど前準備も死ぬほどすることがあったらしい。舞台も複雑で出演者もスタッフも驚くほど多かった。


今は、小規模のライブ会場では一部機材以外は現地にある物しか使わない。あとはスモークをモクモクさせるくらいだ。衣装もほぼ普段着。





そして、関西が終わったその後である。



尚香がただいまーと帰ってきた日であった。


「あ、尚香さん、お帰り……」

「!?章君?」


居間でお父さんとニュースを見ている。

「これ、お土産。こっちは真理ちゃんから。」

と、机の上にある豚まんや丸いチーズケーキを指す。

「尚香、これおいしいぞ。」

「あ、うん。お母さんは?」

「お隣さんに行ってる。」


「…そう………って、ツアーは?」

「中休み。」

「そうなんだ……。ずっと行ってるわけじゃないんだね。」

「まあね。」

覇気がない。相当疲れているのだろうか。枕が合わなかったのだろうか。また何かやらかしたのだろうか。


手を洗って着替えてから、座って豚まんを貰う。

「これ、からし付けるんだって。」

「からし?直接?小皿に出して?」

「何でもいいんじゃない?俺は割って直接付けた。」

と言って、小袋から練り出されるのでそのまま付けてもらい頬張る。

「うん、おいしい!」

辛すぎてからしの効果はいまいち分からないが、それも慣れとクセであろう。

「からしはお皿にしてほしいな。効き過ぎ……」

「ほい。」



それから少し片付けなどして戻ってくると、章がそのまま机の床に倒れ込んで寝ていた。

「…………」


小さな薄手の夏用掛布団をお父さんが掛けている。


「章君?」

「疲れているんだろ。そのまま寝かせてあげよう。」

「………うん。」


ジーと見てみると、骨格は大人なのにまだまだ子供のような面影がある。最近多い、背は高いのに顔は子供なまま男子か。ただし、丸顔ではない。そしていかにも現代っ子な顔立ちだ。濃いか薄いかでは薄い顔をしているのに、鼻筋は少し高くてきれいだ。


整形かな?と思ってしまう。


そしてこんなスケジュールでも、驚くほど肌がきれいだ。若いってすごいな、と思う。


人形のような顔で、人形のように動かないけれど、よーく見ると布団が呼吸に合わせて動いているのが分かった。


「…………」

そういえば章はイギリスの血が入っているはず。日本人顔なのに、どこか浮世離れしているのもそのためだろうか。でも決まり過ぎておらず、ちょっと不格好なところもあって、なんとなく親しみの持てる顔。



そして気が付く。


あれ?

私。



章君の顔、好きかも。



「………っ?」

自分に戸惑う。


今までも嫌いとかではなかった。普通に普通だ。好きとか嫌いで言えば、好きだ。でも、異性に向ける好感とかではない。それを言ったら、誰の顔もとくに嫌いなわけではない。

章君はアイドルになっただけあって、かっこいいとは思う。写真で見ると普通でも、実物は顔というより全体の醸し出す雰囲気がきれいで目立つ。



けれど何だろう。かっこいいとか、整っているとかじゃない。

なんか、安心できる。



頭のどこかで突っかかる、見えそうで見えない顔。


でも違う。何か違うのだ。

こんなに筋が細くない。



あれ?何が?


だから何が??と、自分に問う。




何だろう。


これはなんなのだ。

急に胸がドキドキしてくる。


へ?何?これ。



何を考えているのだ。相手は22歳の大人になりかけの大人である。大学生ならまだ学生現役ではないか……と、心を落ち着かせた。




バッと立ち上がって、お父さんの寝室でもある仏間に枕を取りに行く。


……枕いるかな……起きるかな……と考えて頭の淵に寄せて置いておき、そのままにすることにした。




***




その20分後、無音にしてあるが、章のスマホがずっと着信を示している。尚香は仕方なく道さんに電話することにした。


『章、尚香さんちにいるの??』

道さん驚きである。

「お父さんにお土産持って来てて、そこで寝てます。」

『寝る?章が?』

「ずっと電話かかって来てるので、仕事関係かなって……」

『………私、今、他のお宅なの。叩き起こして。』



ということで、呼んでも起きないのでお母さんの和裁の定規でペチペチ叩く。

「章君、仕事だよ。多分。」

と、数回叩いたところで、バシっと定規を掴まれるので、ひぇッとなって離れる。


「……マジ?」

むくっと起き上がった。

「ほら、章君、ずっと着信きてるよ。」

「…………」

また鳴った着信を、イヤそうな顔で受けた。


「はい。」

『ふざけんな、すぐ来い!!』

「…………はい。」


「尚香さん、俺行くね。」

「……大丈夫?疲れてない?」

「寝たから大丈夫。」

「寝てないの?」

「寝たけど眠かった。」

「栄養ドリンク飲んでく?1本1500円のあるよ?」

「…………すごい高いの飲むんだね……。道さん買ってくるの70円か120円だよ?」

「………まあね。」

尚香もかなり激務で、時々瀕死に至っているため、何なら年に数回2000円の物を飲むことがある。



章は姿見で髪を整えて、カバンとバイオリンケースをガツっと担ぎ玄関に向かう。と、尚香の様子がいつもと違う。

「…………?」

いつも見送りに来ないのに、先の掛布団を畳んで抱えたまま玄関に来ている尚香をスニーカーを履きながら見てしまう。


「何?」

「………章君、また来るの?」

「なるべく来ないつもりだけど。」

すぐ来ておいて、そういうことを言う。でもなぜ、尚香さんはそんなことが気になるのか。

「なんで?」

「あ、全国ツアーしてるんだよね?また出発するんでしょ?」

「………それもあるけど、行くなって言われてるし。でも、今日はおじいちゃんに呼ばれたから。」

「…………」

なぜ父は章を呼ぶのだ。


「………そっか。」

そして、尚香が何か動揺しているのに気が付いた。


「…………ん?」

かったるくダルそうだったのに、急に頭が覚醒する。


「……あれ?尚香さん、もしかして俺の事待ってた?」

「…へ?」

「ずっと待ってた?」

「え?待ってない。」

「でも、さみしかった?」

正直待ってはいない。みんな元気ならいいなと思っていただけだ。


この動揺は、先、顔を見ていてから。


「ねえねえ、さみしい?」

「……!?」

「俺がまた行ったら、さみしい?」

「そんなこと!」


ふふっと笑っている。

「尚香さん、また会おうよ。」

「……」


「1回でいいからさ、このツアー終わったらご飯奢ってよ。テリバーガーセットでも牛丼でもいいからさ。」


「!」

どこかで聴いたこの言葉。


「………」

否定も肯定もできない。どうしてだろう、胸が震える。


章君、テリバーガーじゃ絶対に足りないのにと思う。



「約束ね。」

触ると尚香が嫌がるのを知っているので、玄関先で小指を示した。



…………。

私は約束をしていないよ?


それでも、彼は嬉しそうだ。




「じゃあね、ばいばい!」

と、それから章は手を振って去っていった。







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