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スリーライティング・上 Three Lighting  作者: タイニ
第四章 あの日のライブ

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29/90

29 またすぐ来た



戸羽は思う。

今、功の最大の強みは、高齢のご両親を受け入れてくれる相手ということだろう。



「尚香さん、1回付き合うだけ付き合ってみたら?案外当たりかもよ?」

ナオ、言えることは言っておく。

「前回失敗したので、できる限り安全な案件を選んでいきます……」

なぜ30手前で、こんな冒険を選ぶのだ。選ぶわけがない。

バンドの若いボーカルと付き合うとか、下北や吉祥寺のサブカル女子ではないのだ。自分も20前後ならともかく……いや、20前後でもありえないであろう。その頃の尚香は、合コンにも行かず真面目に大学とインターンに通っていた。飲み会も経済や文芸サークル、インターン関係のみだ。


「だいたい言わせてもらうけど、功君は自分有名じゃないっていうのに、なんでそんなにネットアンチが多いの?」

「……そんなの俺も知らない。ただ細々と生きてただけなのに。」



気の強い人たちに囲まれて、与根がぼそっと答える。

「………昔、たまたま功が見ていたネットで、知らず知らずに掲示板に飛んで、『韓国でアホな日本人がアイドル面してイキってる』とか『帰ってくんな』とか書かれてて、何も考えずに返信してて、本人降臨と騒ぎになったからです……」


一本指で不器用にタイピングし、『バーカ.帰って来たよ』『お前ら何?』など返して、初めは『フリすんな』『クソ笑う』だったのに、『こいつ本物じゃね?』『まさか』となってその晩、真相はともかく大いに盛り上がったという。与根が気が付いた時には、既にかなりのスレッドになっていて、ネットや機械に疎い功はすぐに返信ができず言われたい放題であった。最後に与根が『嘘です。本人のわけがない』と、打って終わったが、それ以来バンド関係ない人間にも狙い撃ちにされている。


「…………」

一晩の騒ぎにはなったものの、隣に与根がいてよかったと思う尚香である。むしろこの場合、功が変なことを書き込むよりは言われたい放題の方がよかったであろう。もちろん、その後徹底的に功にネット教育がなされた。なにせ、また履歴から入ってしまい、懲りずに次の日口汚く『うるせえ』など反論していたからだ。



功、今日の最後の一押し。

「でも尚香さん、そんなこと言ってたら、結婚無理だよ?ここに、3人男がいるから、えーと、えーと、1.5人分もうだめじゃん。誰とも結婚できないよ。」

先尚香が、男の半分は信じてないと言ったからであろう。


目の前のミニコロッケ3つを分け、1つは半分にするしかないので切って計算したのだ。コロッケを割っても数字は表れないが、功も1の半分は指10本分の半分ということは知っている。章は初め、1が割れるという意味も分からなかったし、それが数字になるという意味も分からなかった。1の半分は2だと思っていたのだ。なにせ、コロッケを真ん中で割ればミニになってしまうも2つになる。

「あ!功君よく1.5って分かったね!」

道が褒めるも、そんな計算もできないのバレてもいいの?と、みんなでこの親子を見る。


尚香は思う。芸能事務社長にバンドマン2人。与根君はゼミにいた学生みたいで好感が持てるが、知ってしまえばダメな部類である。なにせ、そこそこ売れているバンドのベースだ。無条件モテるらしい。


尚香の信用できる男性、この場の正しい答えは0人である。



「………放っておいてください。出来なければそれまでです。ガチキャリアを目指します………」

結婚までの努力はしたし、両親の希望の着物も着れた。実家暮らしで力尽きるまで働けば、老後もどうにかなるであろう。もう十分である。今はそんな気分だ。



そう言って、その日は解散したのであった。




***




「尚香さ~ん!」


「………」

この男に呆れるしかない。昨日の今日で、この家に現われるとは。


「社長が~、これ、昨日来てくださったお礼にって、水まんじゅうセット。」

「水まんじゅう?」

「おじいちゃんも好きそうだからじゃない?桃とシャインマスカット、グレープフルーツゼリーも付いてる!喉詰まらせないように少し刻んで渡した方がいい?」

「??私がご馳走していただいた側だけど?」

こんなお歳暮も廃れそうな時代に、なぜお礼。でも全部経費か。

「あんまり食べてないから、お口に合わなかったのではと心配されていました。なのでお詫びも含め。」

「………」

これまた意味が分からない。

「手切れ金?」

「そんなわけないし!」


「章君、もう来ない方がいいよ。」

「お礼だから。」

と、またゴソゴソカバンを探る。

「あとこれ、尚香さんのじゃない?」

「ん?」

そこに出てきたのは入浴剤。


「あ!」

「車に置きッパだったみたいで、道さんが俺のだと思って俺の家に置いといたって。自分風呂入んないのに。風呂に目覚めたとでも思ったのかな。」

忘れていた。だいぶ前のだ。


「章君、道さんと一緒の家じゃないの?」

「道さんは1Kに住んでて、俺は親戚のマンションそのまま借りてる。元々ピアニストの人がいた家だから防音がある。」

「……ふーん。道さんにも、もっといいところ住んでもらえばいいのに。」

「道さんがそれでいいって言うから。」

「………」



それにしても、やはり音楽は家系なのか。都内に防音の家を買えるほどの演奏家など、そうそういまい。

「その人も音楽で食べてるの?」

「敬虔なクリスチャンで、教会音楽もしてるけどそれはお金にならないって。フルオーケストラ抱えてて、かなり本格的な楽団にいるらしいんだけどね。普通に会社員で、ライブはよくしてたみたい。海外に移住するけどなかなかない家だから手放すのももったいないって困ってて、俺がいるってことになって。」

「それ、普通の会社員じゃないよね………」

かなり裕福であろう。家をそのままに海外移住までする気とは。


「よく分からないけど、道さんはちゃんとお金出してるって言ってた。最低管理費出せばいいけどもっと出してる、家賃。時々教会の人が来てスタジオ借りてくけど。しかも外国人多くて、ついでにパーティーとかしてく。早く帰ってほしいのに、言うこと聞かない。」

「家の中にスタジオってただの防音ルームとは違うの?」

「ふふふ、見に来る?」

「……行かない。」


尚香は入浴剤を見ながら数袋差し出す。

「ねえ章君。体動かす仕事なら、時々ちゃんと湯船に浸かった方がいいよ。ライブの後とか疲れ取れないでしょ。」

「………俺?」

お風呂なアドバイスをされて、非常に驚いている。


「そう。……あ!もしかしてシャワーもしないってこと?」

「…そんなわけないし。」

「変なところで神経質そうだもんね。他人と同じ湯船に入れないとか?」

「まさか……。家族は大丈夫。でも湯船には入らないけど。」

さすがの章君もそこまでではない。ただ、人生に置いてお湯につかる意味が分からないし、昔は小粒がスピードを持って肌に降り付くシャワーすら嫌いで、桶の水を汲んだ物しか受け付けなかったが。小学生でで言葉が喋れるようになってからシャワーもできるようになったのだ。


「1日3回はシャワーしてるし。」

「3回?!すごい潔癖??」

「あの……。これ以上俺の私生活に踏み込んで来ないで下さい。結婚嫌なんでしょ?夏は汗かくし。尚香さん臭いまま生きてるの?」

「…………」

踏み込んで来ないでと言いながら、嫌な男である。


朝運動してシャワー。それ以外でジムに行ってからシャワー。でも、ジムのシャワーは使わないので、家までダッシュ。夜に帰って来てシャワーである。そして実は、夜もずっとバイオリンを弾くことがあり、一応エアコンも入れているのだが、そうするともう一度シャワーをすることもある。


「章君ってテキトーなの?潔癖なの?ちゃんと毎回洗濯してるの?洗った後同じ服着てない?洗濯できるの?」

「……踏み込んで来ないで下さいってば。」

「………分かった。」

そう言って幾つか入浴剤を押し付け立ち上がると、尚香は仏壇に水まんじゅうを供えて、庭先にいるお父さんに報告に行った。



帰化人なのに日本人みたいな仏壇だなと、章は小さな仏間の小さな仏壇を見ていた。




***




それからパタッと章は来なくなる。



「金本さ~ん!」

「………」

「金本さん、無視しないで下さいよ。」


兼代君である。ここは尚香の職場だ。


「最近功に会ってます?」

「最近は来ない……かな?」

「理由知ってます?」

「……さあ。」

道は来ている。


「全国ツアーっす!」

「……全国ツアー?」


「LUSH初5都市11公演!!」

「11公演!!」

それは驚きである。

「今、北海道……終わって…一気に九州飛んでますね。

って、マチューブユーで宣伝してるじゃないですか!」

「……そうなんだ……」


章君は生きて帰れるのか。そもそも席は埋まるのか。


「単独公演?それ、完売するの?」

親心が抑えられない。これは道さんの気持ちが分かる。ガラガラだったらどうするのか。

「ドームとかスタジアムとかじゃないよね?」

「前座は入るけど、単独です。基本的には最大でアリーナ規模みたいですけど。地方はそこまで大きくはないかな。」

ホッとするも、そうじゃない。アリーナでも場合によっては万超える。


「大丈夫ですよ。既に全部売れてます。」

「うそ?!」

「ほんとです。俺、東京3公演だから買ってみようと思ったけど、もう終わってました。」

「……ほんとに?」

「………金本さん、俺ら招待されたけど、普段都内でしてるライブハウスも公表分は全部売れてて普通には取れないですよ。」

「………」

それは驚きである。そんなことがあるのか。


「……功君、ちゃんと寝れるのかな……」

「何を心配してんすか。」

「すごく神経質なところありそうだから。途中で緞帳(どんちょう)裏に逃げていきそう……」

「緞帳ってあるんですか?」


そこで柚木が入って来る。

「金本さん、応援メールくらい送ってあげたらどうですか?親心で。」


「……私、功君の連絡先知らない……」

「?!!」


「マジっすか!!まだ?()()()()、馬鹿なん?」

「総合マネージャーさんや真理ちゃんなら知ってるんだけど。でもマネージャーさん、LUSH専属じゃないって言ってたし。LUSHメンバーは知らない……。」

「何言ってるんですか!ビンセント・真理もLUSHです!!」

「え?真理ちゃんもそうなの?」

「今更何言ってんですか!普段裏に引っ込んでるんですけど、彼女もそうですよ。男で始まったバンドに女がいるのもどうかって、いつも出てくるわけじゃないみたいですけど、作曲や編曲、演奏にかなり関わってます。」

川田も教えてくれる。しかも詳しい。


「じゃあ、真理ちゃんも出るの?」

「北海道には……出たみたいですね。」

「功君が、真理ちゃんあんなんでも、中身男と変わりないから強いって言ってたけど、真理ちゃんも大丈夫かな……」

「大丈夫ですよ。みんなプロだし若いし。」

「……コンサートって赤字にならないの?」

「さあ、そこはバランスとってんじゃないですかね。他の宣伝目的とか。」


前に3都市公演をして、手ごたえがあったからこそである。すごいスピード出世に見えるが、ネットで数回バズっている土台の上で、功のビジュアルもあったこそである。





尚香はなんだか想像ができない。


自分の中の功君は、うちにいるおじいちゃんの孫のような章君だ。この前のライブハウスはLUSHではなく、レリアの舞台の中の、聴き心地のいいしっとりとした空間。


それでもその歌は、自分の存在を通り越すようだった。

お互い見えない存在のように。



LUSHと言われても、周りが騒ぐだけで尚香にはピンとこない。



彼らも、湧き上がる観客も、


それは雲の彼方の人たちのよう。




けれど真理ちゃんは友達だ。いろいろ考えながら、応援メメッセージを作り、アプリに送信だけしておく。趣味じゃないかなと思いつつ、かわいいスタンプ付きで。他の知り合いや仕事のメールで埋もれてしまうかもしれないけれど。





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