27 バンドはモテる
少しの沈黙が続いて、社長が話し出す。
「それで金本さん、功とお付き合いする気はあるのですか?」
「………え?………」
付き合ってすらいないのだが、別れて下さい一択でなくて、尚香は戸惑ってしまう。それとも意思確認した後の一択が待っているのだろうか。こういう時、金一封はどのくらいの厚さだろうか。ちょっと気になる。
でも、答えはこれだ。
「………基本、ありませんけど…。」
いろいろ思索はあれど、一旦そう言っておく。
「?!」
「!!」
みんな驚く………も、その心の内はそれぞれ違う。
本当に、今売れそうなボーカルと付き合う気がないのか!という人もいれば、
やっぱり家族ぐるみの和気あいあいはいいのかな?という人。
それから、章君は「『基本』??」となる。何、その添付されてるの。
「絶対いやです」一択思っていたのに、それはイレギュラーな可能性も含んでいると考えていいのか。
「……んん??尚香さん???」
功は、ちょっとうれしそうになる。もしかして、自分。気付かないうちに何か一点突破してる?
今度は尚香が聞く。
「あの、あまり回りくどい言い方をしないでほしいのですが、距離を取ってほしいのならはっきりそう言ってもらえませんか?」
「いや、そうでなくてね。」
業界関係者に囲まれて、多勢対1でビビっているのかと思いきや、しっかり発言する尚香に社長は少し怯んだ。
「お付き合いできるなら、むしろきちんとお付き合いしてほしいのです。」
「?」
「元々のファンはいますが、バンドからのファンは半分男です。
バンドの人間が今更女性と付き合っていないと思う人もいないので、これならアイドル時代を引っ張るファンができる前に、彼女持ちと認識してもらった方がいいというか。」
その頃の動画の掘り起こしがされ始めている。
「………はあ……」
尚香はなんとも気のない返事をするも、納得いかない。
「付き合っていませんし、お付き合いするにしても、そうでなくとも、うちの場合は私の事情も家庭事情もあるので、勝手に押しかけてきて話を進めて決められても困ります。もとはと言えば、功君がうちに来なければ、収まる問題です。道さんにはこのままお仕事をお願いしたいですし。」
こんな自分でもいいと言ってくれる、結婚相手を探していたのだ。章のように遊べる年齢でもないので、少し焦って真剣に将来を考えているのに、この人は真面目に交際をしたいのかも分からない。その気がないなら次に進めないので来ないでほしい。
みんな、「確かに」と思いながら、また黙ってしまう。このとぼけた男が女性のいる家に出入りするから悪いのだ。
こういう人たちに最初に手の内を見せてはいけない。
「でも、尚香さん。どうしたの?お付き合いの可能性を示唆するような言葉が含まれて、期待しちゃうんだけど?」
功は、楽しそうだ。
「…………」
尚香は、なんて図々しいメンタルの持ち主なんだろうと思ってしまう。
「功君も、最初が違ったら印象よくて考える余地もあったのに、もっと老けるよとか、あの私を見下したような顔とか、もう少しどうにかならなかったの??あれで、普通に付き合いたいと思う女性いる?」
「えー。平和解決したし!」
「少なくとも、本性を見極めるための期間はまだまだ要るでしょ。」
「家に入ってる時点でそれは過去の話じゃないの?」
「………」
それは言えている。だめだと思った時点でこの男を家にいれるのもいけない。本当に嫌だったらそれこそ通報一択である。そこで考え、恥を忍んでみんなの前で聴いてみる。
「………功君は………本当に私と結婚したいの?」
話の本質に戻る。
「したい、したい。」
「……なんで私としたいの?理解できないんだけど?」
「…………」
これにはみんな黙るが、この男は即答。
「一番気楽な結婚生活ができそう!」
「!!」
「うわ!」
それは言うなと言われていたことを、堂々宣言するので、与根もナオもダメージを食らう。嫌われて当然だ。
「もう今、既に尚香さんちめっちゃ気が楽だし。義家族問題もクリアしてるし。冷蔵庫に毎日箱アイス入れておけば、おじいちゃんが安心するってのも覚えた。おじいちゃん、コンビニのミルク杏仁が好き。海老せん各種も。俺も好きだからちょうどいい。」
「?!」
なぜ、尚香も知らないことを知っているのかと思う。海老せんは知っているが、ミルク杏仁とか初めて聞く。
「章君は快適さと気軽さを求めているみたいだけど、私、結婚しても、多分そんなに家にいないよ?掃除も時々しかしないし。夕飯も外で食べること多いし。」
「道さんいるからいいじゃん。」
「っ!!?」
こんな業界で、それこそまともな生活をしていないだろう、社長と戸羽でさえ引く。それを一番の回答に持って来るのか?思っていても、最初に言う言葉でもあるまい。少なくとも、好意のない女性の好意を導くために使う言葉ではない。
「でも、そういうの、尚香さんもメリットに思ってるんじゃない?」
「!!?」
尚香、驚く。この男、一本抜けていると思っていたが、まさか尚香が感じていた最大メリットを向こうも察知していたとは。
高齢の両親を抱えた結婚。介護ができる家政婦の道さん。未来の目処が立つまで、仕事としてこのままずっとお願いしたいなと思っていたところだ。外国への理解もある。東京にいるだけなら金本家はもう日本人と変わりないが、親戚で集まる際にはどうして多国籍になるし、実家だってどうするかお義兄さんといつか話し合う時が来るのだ。
ただし、この男は成長すまい。血の繋がっていないまだ若い親に甘えまくる人生である。
でも、それでも、この状況を受け入れてくれる人がいるのはありがたいのだが。
尚香、本音を言ってしまう。
「道さんには申し訳ないけれど………、自分もそう思っていたのは確かです………」
「……尚香ちゃん!」
道が、そうじゃないのと乗り出す。
「それは気にしないで。私も分かって場を設けたわけだから!」
「でも、道さん以外でデメリットも大きいし…………。」
道さん以外とは、デメリット章君のことである。
「まず、有名人で………ネットにもアンチがいる人で………。
見た目もあまり私と釣り合うとは思えないし………。そういう茶髪で、何ていうんですか?ギャルと歩いていそうだし……無理です………」
尚香、今度は話しながらしぼみだす。
「え?いいよ、尚香さん。尚香さんが嫌なら、おれ、坊主にでも丸刈りにでもするよ?」
「それはダメです。」
戸羽が怒る。今は、まんべなく様々な層にLUSHを聴いてもらいたいので、女性層が避ける髪型はできない。
「それに、俺、ギャル系とかそういう系統じゃないと思うけど。」
「そうことだけじゃなくて!」
尚香。ドン!と机を叩く。
「功君、何頭身ですか?」
「等身??頭身?知らない。」
「8頭身以上あるでしょ!」
「???」
またしてもみんな、??になる。
「私ね、大正明治生まれのおばあちゃん体型だって言われたことがあるの。分かる?」
「そう?いいんじゃない?」
「よくないです!!」
本気で怒る。
「しかも、功君小顔でしょ?私より顔や頭、小さいんじゃない?」
「頭も小さいって、何にも考えてない人みたいじゃん。」
「私ね、155センチくらいなんだけどね、150センチの女子より背が低いと思われていたの。」
「ふーん。で?」
「いい加減、悟りなさい!!」
「だから何?」
「頭がそれだけデカいってこと!!」
「??」
それでも、尚香が何を怒っているのか分からない功と、
我慢できず、
「ぶっ」
と、遂に笑い出す社長。
「そんな人と並んで歩くなんてごめんです!!スーパーでも目立つじゃないですか!」
ナオも顔を隠して俯く。
「え?一緒にいた社員さんたちも、綺麗だったし今更だし。」
美香や退職したソナは、長身のそれなりの美人だ。柚木や川田も、飲み会で複数の男性に声を掛けられるくらいではある。もちろん尚香も女性なので、男社会にいれば声を掛けられるが、その他みなさんの方が男性に受けはいい。
「そんなどうでもいい事で嫉妬するの?」
「あのね、なんで今注目されている人と、わざわざ自分の体形を晒して歩かないといけないわけ??」
「尚香さん、そんなこと気にしないタイプだと思ってたのに……」
言いたい放題の功だが、普通に話題にするには非日常すぎる自分のスタイルを理解していない。
「それに、こういう業界は、みんなすぐに人の容姿や体系を見ていそうで、今も落ち着きません!」
そう言われると、みんな言い返せない。モデルやダンサーもいるので、初見の人間のスタイルをすぐに見てしまうのは確かだ。
が、この男だけは言い返す。何も分かっていない顔で。
「尚香さん、何?自分もスカウトされたいの?」
「そんなわけないでしょ!」
「大丈夫だよ。誰も尚香さんに注目なんてしないよ。」
「っ!」
ちょっと切れそうな尚香。
「功、そうでなくて、あなたがいるから相対的に比べられるってこと!」
道が功に言い聞かせる。
「あ、でもそれは俺も嫌だったけど、吹っ切れるから……」
ここで初めて、身長170ない与根が発言した。小声で。
一旦落ち着くも、尚香はさらに言う。
「それに、ネットアンチがいるんですよね?ファンも。そういう人たちに何か書かれたら最悪です。絶対に、ネットに残る何かを書かれたくないです!」
「あー、それは無理かも。」
ナオ、言ってしまう。
「まあ、一般人の女性を晒したりはしませんよ。何かあれば対処しますし。」
社長は冷静に返す。ただ、『元k-popエナドリメンバー、LUSH+の功。一般人と結婚』くらいは書かれるであろう。ファン以外誰も見ない芸能記事として。
「……アイドルでなくなったなら、まだいいのかもしれませんけど……」
と、言うところでナオがまた言ってしまう。
「え?バンドはモテますよ?」
「………モテる?
でも、ビジュアル系とかでないし、全然容姿で主張する感じじゃなかったですよね?」
この前のダイジェストを見た限りそんな感じだ。
一応、難関のkpopアイドルができたほどの見た目ではあるのに、そこは金本さんの琴線にはふれないらしい。看板商品の容姿をするっとスルーされて不満な皆さん。
「バンドっていうだけでもモテるんです。容姿は関係ありません。」
「え?ナオさん、何でそんなこと言うの?!」
功がやめてほしそうに言うが、ナオはバンドを語りたい。
「アイドルと違って、バンドはバンドというだけでモテるんです!!!!」
「!!」
これは衝撃の尚香。アイドル時代以外のファンは歌に付いてくるだけだと思っていた。前に聞いた時も、モテる理由はアイドル時代の話であったのに。
「なんなら、よっぽどでない限り、歌が良ければその辺を歩いている普通のおじさん風でもモテます!」
「!!?」
「与根もモテるよね?」
というと、反応しづらそうである。
「若いなら、背が低くても、少し太っていてもモテます。尚香さんが聴くシルバールトンや夏樹佳だって、見た目は普通で服装もそこまで凝ってないのにステキだなーって思うでしょ?」
ステキな歌を歌っているだけで、確かにステキな人には感じる。
「ボーカルとギター、ベースは無条件モテますね。なので、容姿がいいとさらにモテます。」
「……でも、ナオさん。私、いろんな歌手を見て、ステキだなーとか、彼女さん幸せだろうなーとは思いますけど、眺めている感じで、自分がそこに代置する感覚にはなりませんよ?あてはめたとしても、それはそれというか……」
「尚香さんはそうでも、そうじゃない人も多いんです。いろんな人がいますし。逆に尚香さんくらいの感覚の人の方がいいです。変にベタ惚れの相手よりも。」
今度は戸羽がそう答えた。
「なんでそんな話するの………」
功が責めの目で見ている。折角、一点突破だったのに。尚香さんは、静かに生きたいのである。
「ああ……つい、バンド熱が………」
ナオは、洋楽バンドを追いかけて海外まで飛んでいた、元追っかけである。
というか、当初の目的と話がズレていて、これは良くないと思う功。付き合うならきちんと付き合ってもらおうという方向性だったのだ。事務所での話しでは。




