26 する気があって?
出先から会社に戻る帰り道。
東京の街を歩きながら尚香は考える。
案外、章君もありなんじゃないかと。
尚香が願っていたような、支え合いはできないかもしれない。でも、章君の心証は悪くない。難しいことは無理でも、今のところ許容範囲だ。そして、ずるい話かもしれないけれど、道さんがいる。考えてみれば、高齢の両親を抱えて結婚相手とその義家族がそれを受け入れてくれるということは、なかなかない。
自分は仕事ばかりで親には何もできなかったのに、道さんや章君がいてくれると家が明るい。
今のこの穏やかな日が続いたらいいのにと思う。
と、同時に、あの性格や収入以上に気になるのが、功の人間、女性関係だ。まだ触れないでいるけれど、本当に込み入った女性関係はないのだろうかと思ってしまう。婚活なら、一線を越えなければ複数の女性に目星をつけていても咎められないのだし。
それにきっと、もし結婚したらお互い仕事の方が生活を占めてしまう時期もあるだろう。
そんな時、章君は自分を思い出してくれるだろうか。
………思い出さない気がする。
あの日のジャズシンガーだってそう。自分より遥かにきれいで魅力的で、積極性もありそうな女性たちが功の周りにいくらでもいる。
ただいるだけじゃない。触れあえるほど、距離が近い。
ハモった声が、胸に溜まるほど熱い。
あんな風に息の分かる距離で熱を分かち合える誰かがいて、その声を知っていて、
どうして自分と一緒にいたいと思うのだろうか。
きっと思わない。
あんなに功を構ってくれる女性スタッフたちもいる。功みたいな人間でもきちんと世話できそうな逞しさ。自分である必要がどこにあるのだろうか。少なくとも自分は、功タイプの男性に自分をアプローチできる部類ではない。
「………はぁ………」
少し気持ちが浮き立っていたのに、女性関係のことを考えると尚香はどんよりしてしまった。
「金本さん?」
その時、声を掛けてきたのはコンビニに来ていた久保木本部長だった。
「あ、本部長。ただいま戻りました。」
「今日は直帰してよかったのに。」
「まだ4時ですし明日代休取ったので、必要なものを置きに来ました。少し報告いいですか?」
そうして、社内に戻って他の社員と本部長に仕事上の報告と相談をする。
「………それで、西紀製造に家庭部門を立ち上げるにおいて、三課の岡田さんにチームをお願いしたいです。参考は、ゼネラルカンパニーの時の実例を見て下さい。」
家庭部門は、子育て世代だけでなく、介護も増えてくる中で会社ができる支援制度や勤務の形を考えていく部門だ。
子育ては終わりも時期もある程度はっきりしている。けれど、介護は時期も先も、家庭の実情も不明瞭だ。女性の働き手を掘り起こしたい中で、誰もが直面する介護世代も含めサポートする体制を作っていく。前例があるのだが問題の方が大きかった。介護の一時休暇でそのまま心身を崩してしまい、社員自身が出社できなくなった例もある。大きい会社でも余裕がないのに、小さい会社だと社内ではサポートしきれない。
「こういうことは、社内福祉だけでなく街ぐるみで行政の制度にも入っていく必要があります。掛北市の取り組みが………」
と、簡単に説明して行く。
「働き手の確保においては、リーマンショックで一旦解散、崩壊に近い形になってしまいましたが、蓑中市が海外労働者を誘致した時、無料の日本語教室や生活文化教室を開いています。住民と乖離しないために…………」
「範囲に限りがないな………」
久保木がため息をつく。
「国にもよるが、海外では企業の存続は企業努力の方が大きい場合が多いからな……」
「大丈夫です。美河三市も西紀製造がなくなる危機感を持っていますから、美河三市側からも依頼を受けました。」
「……そうなのか?」
西紀製造は地元の最大手の一つだ。昨年までに大きな企業が2つ撤退したので歯止めをかけたい。
「まだお願いをされただけの状態です。美河三市が動けば、周囲の郡町村も動きます。」
「どこが負担を負うかは?」
「美河三市と話が進んで、もう少し形になり次第進めます。でも、基本は美河三市ですね。地方は郡だけで回せないので、美河三市がこの辺の中心行政を担っています。まだ都内の案件もありますし、規模によってはうちだけでは無理です。」
細かい話までするのは、初めての久保木に向けての説明も含んでいるんだろう。
そこで尚香が、地図を映していくつかの企業を丸で囲っていく。
「今、この辺りで困っているのがこの辺りですかね。西紀製造をモデルに、似たようなシステムが必要になるかもしれません。」
「それから、こっちは河川事業公社から受けたお話で、年々イベントの実施が難しくなっているらしくて………」
と、どんどん話を挙げていく。説明は簡単でも、既に要所はまとめてあった。
少し休憩を入れて、久保木は隣にいた男性社員に話しかけられる。
「金本さん、ああやって、本職営業じゃないのにどんどん仕事取って来るんです。他の社員の実績になっているけれどかなり噛んでいるのもあるし。中小企業を存続させるか、畳むかも手伝ってるんですけど、畳むときもきれいだし、跡地にもきれいに次を入れるし。まあ、最近は駐車場が多いんですけど。」
「…………」
「出張や異動になるから地方はやめてくれっとは言ってるんですけどね……」
その社員が、冗談でめんどそうな顔をした。
「……前のプロジェクトで結局今、タクスフォース(一時支部)作ってますし。」
「あれは金本さんがしたのか?」
「そうですね。飛ばされる方は嫌なんですけど、えげつない給料交渉までしてくれたから若手が飛びついて丸く収まりました。お金引き出すのもうまいんです。」
「地方や行政で儲かるのか?」
「それがあるんですよね。金が無い無い言ってる行政にも。ほんとにないところは、うちら呼べませんし。」
「中部と関西にも支店があるから、今はそちらに回せますけど。」
「尚香さんは、今の日本で将来この人口を回していける力が無いと思っているので、ローカルグローバリゼーションで会社や地域を変えていこうとするんです。一つだけでがんばっても、数年後に倒産する企業もありますから。
で、取り敢えず自分と自社の仕事が回ってればいいという兼代さんが、うちのキャパを見て金本リーダーの進撃をセーブしてくれるという構図が出来上がっています。」
「なるほど。」
あのチャラけた社員にそんなことができるのかと驚くと、別の社員が付け足す。
「兼代は、仕事は最低限に基本遊びたい男ですからね。ただ、大きな話は部長や私も入ったりしますが。」
「でも、金本さんと仕事するとおもしろいですよ。いろんな知り合いできるし。」
今度は向かいにいた女性が言った。
「去年なんて、愛知経営者クラブのクリスマス会に金本さんが呼ばれるから、うちの中部支店の顔を立ててから東京をお願いしますって、お願いしたりしていました。」
「中部支店、事情を知って怒るから、尚香さんがすっごい宥めてたよな!」
もちろん支部も本気で怒っていたわけではないが、尚香は愛知支部にけっこうなクリスマスプレゼントを贈るはめになった。
「………」
久保木は考える。
これまでも様々な人間の間に入っているので、金本をジノンシーに仲介した事はそんなに大きなことでもなかったし、その後に一緒に仕事をするとかしたいとかも考えたことはなかった。
ただ、金本のことを頼まれた相手ゆえに気になってはいたが、今が上手くいっているならそれだけで十分である。
履歴書や社内管理のために撮った写真の顔しか知らず、会ってみたら思ったよりもこじんまりした人だなと思っただけだ。キャリアを積んできた、いかにもな仕事人を想像していたから、拍子抜けしたともいえる。
みんな笑っているところに、尚香がコーヒーを持って戻って来た。
「………」
一旦会話をやめる中、ふと尚香が言う。
「あ、そうだ。」
「……っ。」
先の話を聞かれていたのかと姿勢を正す。
「あと……私……、今度から兼代さんとチーム組みたくないんですけど。席も離してください。」
「え?あ?」
と、みんなが戸惑っていると、尚香が怒っている。
「仕事ならともかく、プライベートまで話されて困ってるんですけど。」
「………」
………結婚とか、従弟とか、バンドのことか。
しかし、あの男は絶対に移動しないであろうと、みんな思った。
***
そんなある日の夕方。
尚香は思いもよらない人たちに囲まれて食事をしていた。
都内の飾らない……と言っても、やや値が張るダイニングの個室。
「…………」
道にお願いされてきたものの、まさか社長まで来ると思わず固まっている。
そう、道と尚香の前には、イットシーの政木社長と、戸羽総合プロデューサー、そして総合マネージャーナオ。
「…………」
女性だけと思っていたのに、少しロン毛の顎ひげの男性もいて、何?と思えばイットシーの社長であった。
社長と戸羽、名刺を出して自己紹介に握手を交わしたところで、空気を変えてくれる人物が現れる。
「おまたせしましたー!!」
章と、尚香としては初めて見る与根村こと、与根であった。彼とは会釈だけする。
「どうも、章とバンドをしている与根村と申します。」
「あ、はい。金本と申します。」
それから着席し、尚香は章を睨む。
「えーー!!尚香さん!僕じゃないよ??社長が会いたいって言うから!」
道も、ごめんね~と申し訳なさそうにジェスチャーしている。
これはなんだ。
『うちのボーカルと関係を切っていただけないだろうか』とかいうやつだろうか。
言葉だけか、脅しが入るのか、金一封も出て来るのか。
どうしたらいいのか分からなくて、ナオを見ると、ナオもすまなさそうな顔で笑った。
社長を中心に少し世間話をしてから、本題に入る。
「あの、それで金本さんは功とお付き合いする気があって?」
「………」
これには黙ってしまう。
奴が家に出入りしているだけだが、章の素性と事情を知らなければ、男性が出入りするということは、そういうことと思われても仕方ない。
「…………」
尚香も世間が分からないわけではない。一度お見合いをして、しかも愛はなくとも結婚したいと口だけでのろける男が出入りしているのだ。そもそもどんな事情があれど、そういうことと思われるのは仕方ない。
現に尚香は、数日前にふと、こんな日々が続くのもいいのかなと思ってしまったのだ。
※ここで使われている、ビジネス用語は現実でも使われていますが、意味の範囲は小説内の社内用語と考えてください。




