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スリーライティング・上 Three Lighting  作者: タイニ
第四章 あの日のライブ

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25/90

25 あの丘で

※外国人、帰化の話が出てきます。グローバル化が今より進む前の時代に作ったお話ですので、登場人物の人生背景以上の意図はありません。

物語そのものの年代は、現代に近付けています。




「だからさ、尚香さん。真理ちゃんが他のライブも来ないの?って。」

「……行かないよ。」

「チケット用意するからさ。」

「行かないってば。」


お母さんも体調がだいぶ良くなり、居間の低い机で朝からこの家に入り浸っている章。

「尚香さん。まずきちんと話そうよ。そっちじゃなくってこっち座ってってば。」

「だったら足伸ばすのやめてくれる?章君の足が邪魔なの。」

「そんなのいいじゃん。こたつとかでも与根も気にしないよ。蹴られるけど。」

「………」

男のようにはいかないし、そんなこたつ、絶対に入りたくない。



「章君、今日土曜なのに仕事はいいの?」

「今日は夕方と夜だけ。」

「………」

こんなに暇そうなので、もっと働けばいいのにと思う。



「あ、そうだ!章君英語の歌、すっごく上手だね。」

「…まあね……」

人の話を聞かずに急に嬉しそうに話を変えてくるので、不愛想に答える。


「英語の歌が歌えるってどうして?私、英語、全然分かんないんだけど。ほら、聴き取れない!」

「……尚香さん、けっこういい大学出てんでしょ?英語分かんないの?」

「他はそれなりだったんだけど、英語はギリギリのラインだったから……。言語の才能ないんだよね……」

「でも東京のいい会社に入ってるのに、英語必要ないの?」

「………そうだね…。周り、それなりに話せる人たちいるんだけど、日本の会社って必須の場合もあるけど大手でもそこまでって感じだし……」

「ふーん。俺、アメリカに住んでたから。」


「……そうなんだ……。」

そんな顔と性格をしている。むしろ宇宙にいそうだ。

「あ、そういえば、韓国にいて、そこで仕事してたってことは韓国語も話せるの?」

「もちろん。」

「へー、すごい………」

「今、外国人やハーフも多いし、2、3か国語話せる人、いくらでもいるでしょ。音楽の世界もそんなに珍しくないよ?」

珍しくないのではなく、そういう人が集まって来てなおかつ選ばれるのだろう。ただ、章の周りは2か国語以上できる人が多いので、言語話でこんなに話が盛り上がるとは思っていなかった。


「……英語で歌える人は、みんな英語できるの?」

いつの間にか、机の方に来ている尚香。英語が聞き取れる人の頭の中が知りたい。

「…さあ、歌だけ上手い人もいるし。英語は少ししかできないのに、歌の発音は分かる人もいるよね。」

「不思議だね…」

そんなことが不思議なのかと始めて知る章。

バイオリン以外あまり自分に関心がなかったのに、言語ができるということに食いついてきてくれてちょっとうれしい。


「私も話せるようになりたかったな…」

「今からでも大丈夫だよ。」

「でも、やっぱり必要な環境にどっぷりつからないと無理だよ…。大学だとけっこう独学で話せるようになる人もいるんだけど、あれは頭の良さと才能だよね……」



「あ、でもね。私、中国語、少し出来るんだよ。」

「え、そうなの?」

「旅行先で、トイレの場所を聴けるくらいは!」


と言うと、章がサッと返す。

「请问厕所在哪里?」


「え……?」

一瞬固まる尚香。


「中国語もできるの?」

「トイレの場所を聴けるくらいはね。」

「うそ!章君すごい!!」

「バカだと思ってった?」

「そんなことないよ。」

しかし、真面目に落ち込む。

「言語ができたところで、バカはバカなんだけどね……」

「え?すごいよ!大丈夫だよ!」


そして、章は中国語の歌を歌い出す。





花是风  风是花―――




―――花は風、風は花

どれもあなたの黒い髪を飾る、髪飾り


そう言っていたあなたは

都のキラキラした腕輪を持ってきて私を笑うのかしら


たくさんの未来の約束をしたのに

同じ風を見ることはできるのでしょうか


それでも待つわ


あの高い丘で待ちましょう

あなたの帰りをいつまでも―――





「わあ!」

と尚香が喜ぶと、隣の仏間でロジックをしていたお父さんがやって来た。


「章、中国の歌を歌えるのか?」

「いくつかは。」

「おお!すごいな!私は、中国からの帰化人なんだよ。」


「??」

え?となる章と、びっくりしてしまう尚香。


「……お父さん……」

「え?なら尚香さんは血は在日二世?」

「違うよ。私は生まれながらの日本人。」

「え?」


「帰化と言っても親の代から戦後ずっと日本にいたから、ほぼ日本人なんだけどな。もう中国語もほとんどできないよ。」

と、お父さんはお菓子を持って来て机に置き、自分は横の椅子に座る。尚香は、大学の第二外国語で覚えたのだ。


「……??……おばあちゃんは?」

「妻もだよ。妻の方が中国語ができるな。」

「へー。……あれ?じゃあ、尚香さんは?」

「私は養子です。」

「え?そうなの??」

二人の顔を交互に見てしまう。


「………」

まさか先週道と話したことを、お父さんから言ってくるとは思わず、尚香は困ってしまう。章相手にどういう反応をしたらいいのだ。


「………養子と言っても親戚だよ。ちょっと遠いけどな。」

「………」

章も黙ってしまった。中国からの帰化人ということ、養子ということに戸惑ったのではない。実の親はどうしたのだろうと思ったのだ。捨てられたのか、何かの事情で育てられなくなったのか、亡くなったのか。それをここで聞いてもいいのか。スルーした方がいいのか。



お父さんがもう一度よっこら立って、棚から中国茶を出してきた。


「私の兄弟たちは戦後中国に引き上げたから、尚香の甥や姪に当たる子たちは半分中国にいるんだ。これは時々送られてくるお土産だよ。」

あとの親族はその後また、日本や他の国に分散している。甥や姪と言ったのは、尚香と同世代は甥姪やその下の世代になるからだ。


章は、玄関通路の壁に、漢字で書かれた『福』が、逆さになっているのはそのせいかと分かった。

道の家にも、知り合いに貰った中国土産の『福』があるので、まさかそんな理由とは思っていなかったのだ。


「……そっか………」

「そいういう外国人は嫌いか?」

「あ、いえ、違います。道さんも韓国人だし。」


「え?」

今度は、お茶を入れていた尚香とお父さんが「え?」となる。

「道さんはずっと日本にいたんじゃなくて、家族の都合で行き来してて、高校と大学は韓国で行ったみたいだし。道さんとこは日本に残った親族もいるけど、道さんの祖父母はもうずっと韓国だよ。」

「………」

「道さんは帰化してないです。結婚前はチェ・キルジャ。なので国際結婚になるのかな?読み方が違うだけで、名前はそのまま道子です。向こうでは昔の古い名前になるらしいんだけど。

……あ、道さん。俺の継母です…。」


「知ってるよ。大丈夫。」

尚香が言うので、今度は章とお父さんが驚く。

「道さんに聞いています。」

と、尚香は笑った。


「なんか、お祖父ちゃん同士が……俺のお父さんと道さんにとっては父になるんだけど、日本で知り合って仲が良かったみたいで、それで結婚話で盛り上がって出会ったみたいで。」

酒の席で盛り上がった話を、道の父が覚えていただけの話である。そこで一度、章はその話を区切る。



「尚香さんはなんで養子か聞いても?」

「ウチは、親が亡くなったから……」


本当は、この間に他の経緯もあるのだが。


「そうなんですね………」



今度はお父さんが語りだす。

「………うちの父がね、戦時中けっこう嫌な目にあったらしくて、日本が嫌いでそういうもんだと思ってたんだけど、戦後に一度中国に帰ったら、ずっと現地にいた大叔父が子供を三人も引き取ってて。」

お父さんは少し遠くを見る。


「自分の子供が日本に殺されて、奥さんと二人きりだったけど、その後生まれた自分の子以外に、孤児になった中国の子と日本の兄妹を育ててあげたみたいでね。気になって大人になってから尋ねに行ったら、中国が大変な時代も出生を隠して大事にしていたらしいんだ。」


「……へぇ……」

尚香も初めて聞く話らしい。


「それで、私もなんだかこれまでの自分が申し訳なくて、人生の最後に何かしたいと思ってね。もうほとんど日本人のようなものだったけど、あの時はまだ帰化前で自分たちにはなかなか養子が見付からなくて。


そうしたら、親戚の法事で愛知の養護施設にいる子の話を聞いて親戚ならと訪問して……


……それが尚香だったんだよ。」



手続きがスムーズに済むように帰化したのだ。


章は、尚香が養護施設にいたのかと驚く。


「…………」

横の尚香を見ると、少し行き所のないような、恥ずかしそうな顔をしていた。嫌な顔ではなく、多分、お父さんたちとの様々な思い出があるのだろう。お父さんをチラッと見てそっと笑っている。



気が付いたら道も来ていたのか、部屋の向こうで静かに聞いていた。そして、話が一段落すると、寝室の方にいたお母さんの方に行ってしまった。





しかし、そこで尚香はさらに気が付く。


……そういえば……


「………章君って、英語も韓国語も中国語もできるの?」

考えてみたら4か国語である。

「中国語は、日常会話くらいだよ。」


………それってすごく頭がいいのでは?と思ってしまう。


「章君、大学とか行けなかったの?」

章は数学も物理も、何なら文法も全然分からない。外国語ができても筆記は0点に近い。唯一記憶力でカバーできるものならどうにかなり、文法は謎でも本は読んでいるので国語能力自体はある。


「10越える算数も指を使えばできる……」

「!!」

驚く尚香。


「九九は?」

「九九は歌なら分かる。だから、全部の掛け算を九九みたいに歌にしてくれれば、多分記憶そのままならイケる。」

「??」

「丸覚えするの?」

「それしか分からない………」

「もしかして、円周率分かる?」

「円周率を歌にしてくれた人がいるから、歌になってる分までは分かる。でも、円周率が何なのかはよく分からない。πって言うのだってことは知ってる。でも、πが何者なのか分からない。日本的にパイって言われると、リンゴとブルーベリーしか思い浮かばない……」

「もうそれ、学術書丸暗記すればいいんじゃない?!それで、頭の中であっちこっちつなぎ合わせれば!」

「………」

少し困った顔をする。


「自分でも分からないけれど、何か様子が変わると、ある時点で空中分解して、カオスの世界に言葉が逃げていく。」

「??」

「数式とかいっぱいあったり、文字以外の記号っぽいのとか、上下前後する表記は分からなくなる……。物語になってた方がいいかな……。おもしろいと思えなかったり、自分も全体像を把握していない上、複雑な変なのは消滅する……」

言っていることが分からないが、何か領域があるのだろう。

「推薦とかで入れなかったの?特別枠とか。」

「………」

章はタジタジしてくる。

「入ったところで何をすれば………」

父も兄も大卒。本当は同じように大学も行きたかったのだ。


実は音楽科のある芸大も入試はしている。物好きな先生が出席をどうにか枠までもっていき、推薦してくれたのだ。けれど筆記はほぼ白紙。実技では先生たちの顔を曇らせる。散々であった。


「……………」

「あ、ごめんね…章君……」




ものすごく落ち込む章を前に、尚香は思う。


正直章君は、何か感情の障害や発達の障害、学習障害などあるのではと思っていた。実際そういう部分もあるだろう。


けれど、人の気持ちの理解に欠如部分があるのかと思ったら、そうでもない気がする。尚香は対人の仕事も多いし人材育成もしているので様々な人に会う。「ああ、これはもう話ができない」という人にも会ったし、人や事象に相対を向けられない人に出会ったこともある。


最初は章もそういう感じだと思っていた。



けれど、章は自分の気持ちにも人の気持ちに敏感だ。敏感過ぎて、何もできないのともまた違う。



でもきっと、たくさんのことを理解しているのだ。






※私のPC知識では、中国語簡体字のみのフォント入力ができず、日本語に当てはまる言語があると、入力時に日本の書体に変わってしまいます。PC環境によってはどちらかに書体を揃えることもできず、書体がでこぼこしてすみません。





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